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私と鯖街道(その6)

meisai

第4章

自分にとっての鯖街道

 最初は頼まれて引き受けた鯖街道だったが、回を重ねる毎に自分の人生に
とってかけがえのないものになってきた。子供たちとの触れ合い、リーダー
達の成長、裏方として鯖街道を支えることの充実感、これらに加えて理屈で
は語りつくせない鯖街道の魅力にすっかり魅せられてしまった。

 予算に恵まれた公文時代とは、比較にならないくらいの資金難のなか、独
りで東奔西走し、身銭も切っていた鯖親父さんを少しでも助けてあげたいと、
細かな消耗品や備品などはの寄付し、行動中に使うワンボックスカーは自分
の車を供出もしたりした。一体今まで鯖街道にどれだけお金を次ぎ込んだか
わからない。

 自分は昔から、人から頼まれると嫌とは言えない性格で、そのために色々
な事に関わり、色々なイベントをやってきた。身体障害者アメリカ西海岸ツ
アーのボランテイアを初めとしてアマチュア無線防災訓練、少年柔道の指導
員、子供の関係で言えば保護者会長、地域委員、学級委員などはほぼ毎年や
っている。「なぜ自分がやらなければいけないんだ?誰かやれよ!」とか、
「嫌だ!」と言って何もしない者が多すぎる。損な性格といえばそのとおり
で、苦労ばっかり背負い込んでいるような気もする。多分この先もそんな人
生を送るんだろうが、まんざらそんな自分は嫌いではない。

 鯖街道も回数を重ねるほどにのめりこんでいく自分を意識するようになっ
た。のめりこむならば徹底的にせねばならない。
フィールドワークには、ミリタリー(軍装品)が一番機能的だと思う。もと
もと屋外での機能的行動を目的としているので、使い勝手もいい。そんな装
備で身を固めていると、ちょっと目立つ。当然欲しそうに見ている視線も感
じる。「欲しいの?」「うん」「ほれ、やるよ」割と気前よくあげてしまう
癖もあった。だから、毎年迷彩ズボンの柄が変わっている。

2001年、仕事の都合でどうしても途中からの参加しかできなくなった。
それも2日目の夕方から。伍促たる思いで上根来山の家にたどり着いた時、
皆は温かく迎えてくれた。しかしキャンプファイヤーに参加しながらも、ど
こか居心地が悪いような、居場所のないような違和感を感じていた。
小浜にゴールしたときの達成感、皆が流している涙の中に入れない。共感で
きない。そんなわずかながらの気持ちのずれを感じていた。

やはり鯖街道は京都駅前から参加しなくては鯖街道ではないんだ。暑い夏の
目をみんなと一緒に歩かなければ鯖街道ではないのだ。そう考え始めた時か
ら、鯖街道は私の人生の一部になっていた。
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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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