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お遍路さん(その19)40番観自在寺~津島

40番観自在寺~津島

区切り遍路伊予の国 第1回 3日目

12月23日(月)
今朝は素泊まりなので朝食の時間を気にする必要はない。
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ホテルを出る。もっちろん料金はきちんと置いておく。
こんな早く出るのには訳がある。
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今回はゆっくり歩いているので、予定の時間に目的地に着くためには
早めに出ることにしているのです。若い人たちは早いペースで歩いているが
わしは自分のペースで歩く。無理は禁物。
この時間に開いているのは豆腐屋さんです。豆を茹でるいい匂いがしてくる。

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道に貼ってあるシールは、初めて見るデザインです。
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登り勾配の道路を歩いていくと、展望がよくなってくる。
まだ太平洋が見える。

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このあたりは真珠の養殖場らしく、道路の標識も人魚とアコヤ貝になっている。


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柏坂の登り口です。今日はこの上まで登る・・・。500mの峠越えです。
途中、昨日の女性に追い越されたが、途中公民館のトイレを使っていたそうで、
わしの後ろからまた現れた。男は立ちションで済ますことができるが、女性は
大変ですね。

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柏坂へんろ道標石がある。
いつ頃刻まれたものか不明ですが、
「坂上 二十一丁 よこ 八丁 下 三十六丁」と刻まれている。
近くの田んぼの傍に転がっていた石を、地元の方々が現在地に移転したそうです。
貴重な文化財やね。

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さて、登るとするか。
どうぞお先に登っておくれやす。
膝の調子もまずまず。なんとか行けるでしょう。
ひたすら急な山道を登る。暑くなってきたので一枚上着を脱いでリュックに結ぶ。
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柳水大師 東屋で休憩する。
ここの由来は、ここに弘法大師が立ち寄り、柳の杖をつき立てたところ、
甘露の水が涌き出てきた。それ以来この地を柳水と呼ぶようになった。
その杖は根付いて一本の柳として代々育っているそうです。
弘法大師さまは、水脈を見つける技術を持っていたのかもしれませんね。
泉にまつわる大師伝説って、結構多いですもんね。

へんろ地図にはWCの表示がある。
こんな山の上に?
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ああ、これだああ。
入る気も覗く気もしない。

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林道を横切って更に山道を登る。
尾根伝いの道もあり、歩きやすくなってきたよ。
このへんが峠かな?何も表示はない。
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山道の分岐点から案内板に従い清水大師に着く。
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ある夏、ここで一人の娘順礼が、
あまりののどの渇きに倒れてしまった。
そこへ通りがかった弘法大師が、
傍らにのシキミの根元を掘るように言い姿を消した、
娘がシキミの根元を掘りると清水が湧き出し、
その水を飲むと持病の労咳まで治った。
と、云う話が伝わっており、ここでは昭和15年頃まで
毎年旧暦7月3日奉納相撲で賑わい、市が立っていた。
と、看板に書いてあった。
え?こんな山の上に市が立つの??
と思っていたら
先に行った女性がそこにいて、この先には道がない、と言う。
確かにへんろ地図はアバウトな案内図しかない。

さてどうすっか?
確実なのは道を引き返して清水大師への分岐点まで戻り、
そこから宇和島の方角に歩く。
相談の結果こういう結論に至った。こういうとき連れがいると心強い。
彼女はお大師さまの化身か?

しばらく歩いたら清水大師かららしい道と合流した。
なんだ、心配することはなかった。
しばらく下り坂を降りていくと、すばらしい展望の場所に出た。
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宇和海に龍が泳ぐように見えた由良半島、
晴れた日には水平線の彼方に大分県佐賀関の精錬所のエントツまでが見えるという。
「つわな奥」とは何か?

写真右手の鉄パイプ足場は、
数年前この場所で開かれた芹洋子さんのミニコンサートステージの名残りとか。
「あすこの先まで行ったらもっと展望がよくなるかもよ」
「そうですね。行ってみます」
「えっ、本当に行くの?気をつけてね」
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落ちたり足場が崩れたらどうしようか、と気をもむオヤジを尻目に
おっかなびっくり足場を先のほうまで行く。
「どうだった?いい景色?」
「いや、ぜんぜんでした」
しばらく風景を見ながらお話をしました。
彼女は30台くらいかなあ?久留米から思い立って一人できたらしい。
通しで全部歩くつもりだそうです。
結願は1月の終わりころかな。するとお正月も歩くのでしょうね。

歩き遍路は、自分のペースで歩くので連れ立っては歩かない。
しかしお互い風景の写真を撮ったり看板を眺めながら歩いているので
後になったり、先になったり。
女性と連れになるとオジサンは元気になってしまい、歩くペースも速くなってくるよ。

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この道標は昭和初期に建てられたもののようです。
こんな石を刻んで山に上げるのは大変だったろうに・・・・
それとも山で刻んだのかなあ。

山の中に家があり、おばあさんが独り言を言いながら畑仕事をしていた。
そばを通りかかったら、
「お遍路さん!どこまでいくんかい!」
話しかけられた。
独りで住んでいるんかなあ。
長話に付き合わされた。
後で通りかかった彼女も、おばあさんにつかまったそうです。
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更に降りるとシイタケを栽培している。
わしの生まれた岐阜県の山奥もシイタケ栽培が盛んで、子供の頃の風景が蘇ったよ。

山を降りて畑地集落を歩く。
ここでまた彼女に抜かれ、先を歩いていく。
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家の前でおばあさんから何かお接待を受けているよ。
わしのほうを見て何か言っている。
わしがその家を通りかかったら、おばあさんからミカンのお接待を受けた。
彼女が接待を受けたとき、後からもう一人来るのでその人にもあげてください、と
言ってくれていたそうだ。ありがとう。

川沿いに進むと津島の町に入る。
ここは獅子文六の小説「てんやわんや」の舞台になった古い町だそうな。
わしは迂闊にもその小説の事を知らなかった。
帰ったら読んでみよう。

町並みも古い雰囲気が残っている。
そんな中にもポップな駄菓子屋さんもあるよ。
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今日は早いペースで歩くことができたんで、旅館にも早く着くことができた。
1450
三好旅館着 スタートから25km
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膝の具合も快調です。
三好旅館は100年前の由緒ある建物だそうです。
もともと三階建てだったのですが、三階部分を取り除いたそうです。
実はこの旅館、お遍路さんのネットを調べていたら評判の所だそうで、津島のお宿は迷わずここに
決めたのです。

夕食は別館へ移動する。なんか城之崎温泉の外湯巡りのような風情です。
評判どおり夕食は豪華絢爛
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今夜も宿泊はわし一人だけ。本当にお遍路シーズンオフやね。
これで二食付き6950円、儲けが出るのかしらん、と心配になってしまう。
今日はお洗濯ができたし、お腹も一杯になったし、早く寝るか。

余談ですが、部屋においてあった週間漫画誌で、高専柔道の真髄に関わる記述を見つけて
少し興奮しました。
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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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