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鯖街道と私(その2)

saba1994

第2章

鯖親父さんと鯖街道

 教育塾大手である「公文式」には、「くもん子ども研究所」という部門が
あり、当時は「ヒゲ先生」が代表として、青少年の健全育成のために数々の
意欲的なイベントを立ち上げていて、そのひとつに「鯖街道キャンプウオー
ク」というものがあった。

-鯖街道の由来- 
 昔、若狭で獲れた鯖に塩をして人の背に負われて小浜から京都まで一昼
夜かけて運ばれていくうちに塩が馴染み、京の都に着くころには丁度良い
塩梅になり、当時貴重な蛋白源として喜ばれていた。そして、その道は、い
つしか、「鯖街道」と呼ばれるようになった。

 若狭から京都までの鯖街道は幾つか存在するのだが、鯖街道キャンブウ
オークでは「根来~針畑越え」ルートが採用された。
 夏の暑い日に、着替え、水などの2泊3日分の自分の荷物を背負い、小学
4年生から高校3年生が4~5人の班を作り、大学生リーダーに率いられて
京都から小浜まで、キャンプしながら山あり谷ありの72キロの道のりを歩
きとおす。ただそれだけのイベントなのだが、異年齢の子供たちがお互いに
助け合い、励ましあいながら歩きとおすという経験を通して達成感、絆を澤
めていくというイベントです。

 多感な青少年達の心に、このひと夏の強烈な体験は彼らの心に深く刻み付
けられ、自身の成長の糧となってくれ、毎年新しい感動を子供たちに与え続
けていたのです。

 ところが近年の小子化の影響を受け、学習塾である公文は、経営状態の見
直しを迫られることになり、不採算部門の切捨てを余儀なくされ、鯖街道キ
ャンプウオークも打ち切りとなり、惜しまれつつも、多くの思い出を残し公
文の鯖街道キャンブウオークは終わりました。第1回からスタッフとして支
え続けていた鯖親父さんは、鮪街道保存会の長昭さんと小浜の食堂で二人だ
けで打ち上げをやっていたとき、彼の携帯が鳴りました。そこからは泣き声
ともうめき声ともつかない声が聞こえてきたそうです。

 「お゛や゛じさ゛あ~ん゛、鯖街道をやめないでくだざあ~い!」

 京都で打ち上げをしていた大学生リーダーたちは怒っていました。なんで
こんな素晴らしいイベントをやめてしまうんだ!どうか続けてほしい…彼らの
熱い心の叫びは鯖親父さんの心に深く突き刺さりました。

 この瞬間から鯖親父さんの無限鯖街道地獄が始まったのです。

 若者たちがなぜ、主催者であるくもん子ども研究所の代表者にではなく、
単にお手伝いをしていた鯖親父さんに訴えかけたのでしょうか。感情が激し
てきたり、土壇場になると人間の本当の気持ちが現れてきます。若者たちは
本能的に鯖親父さんを頼ってきました。私が思うに彼の懐の深い人柄が多く
の若者の心を強くひきつけていたのでしょう。
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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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