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安部文殊院参詣

安部文殊院参詣
令和2年3月17日

先週の五色台遍路をしたとき、
民宿で出会った善通寺学僧のO丸さん。
種智院大学三回生で、善通寺の専修学院での修行の仕上げに歩き遍路をしていた。

わしは若い僧侶の方々と宿を共にするのは有難いことで、
日頃から疑問に思っていたことを色々なことを教えて頂きました。

彼は奈良の安部文殊院の御子息だそうです。
そこは奈良大和四寺巡礼(長谷寺、岡寺、室生寺、文殊院)のひとつで、
図らずも最近、西国四十九薬師巡礼で近くの室生寺に参拝していました。
長谷寺と岡寺には西国巡礼で詣でていました。

「ぜひ文殊院へも来てください!」
「は、はははい!」
「私の兄がいまそこにいます」
「ぜぜぜひ!」

このご縁を大切にしたい。
翌週の火曜日、仕事が休みなので近鉄に乗って奈良へGO!
「桜井駅」で降りて駅前の「文殊院行き」バスは・・・1時間後に来る。

1kmと少しなので歩いて行きましょう。

本日天気晴朗なれど風冷たし。

歩くには気持ちがいいよ。
目的地までは緩やかな坂道になっています。
30分くらい歩いて

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文殊院に到着!
こちらは駐車場の入り口見たいやね。
門柱には安部清明の五芒星の晴明紋が見えます。

安倍文殊院(あべもんじゅいん)は、奈良県桜井市にある華厳宗の寺院で、
本尊は文殊菩薩(国宝)
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開基は大化元年(645)安倍倉梯麻呂とされ、日本三文殊に数えられる。
安倍氏の氏寺として、塔頭寺院二十八坊を従え大和十五大寺の一つとして栄えたが、
永禄六年(1563)松永弾正の兵火を受けほとんどが火災で焼失、
寛文五年(1665)に現在の本堂(文殊堂)が再建された。

遣唐使の阿倍仲麻呂や陰陽師として有名な安部清明も、お祀りされている。
また、安倍首相が石燈籠を寄進しているんですって。
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境内の古墳は阿倍仲麻呂のものだと言われています。

華厳宗なのに弘法大師を祀っているので(?)と思ったが、
空海が東大寺の別当になったことがある為、作法や行事に真言宗的に近いそうな。
また、華厳宗では葬式や法事などの仏事は行わないため、
繋がりのある真言宗の僧侶が行うそうな。
ここは華厳宗であって真言宗の寺院のようです。

ふ~~~ん、な事も多いが、
拝観料を払って本堂へ。
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納経所で、
「あ、あの~、ここにO丸様というお方はおみえでしょうか?」
「はい、いますよ。いま作業中なので呼んできます」
「ありがとうございます!」
「それまで本堂でお参りしていてください」

靴を脱いで本堂に上がれば国宝のご本尊文殊菩薩さまがおられる。
五体投地礼で丁寧に心を込めてお勤めさせていただく。
最近いささかコツを掴んできたので、五体投地の際に膝が痛くないよ。

お勤めを終えたら若い僧侶の方がみえました。
「あの、O丸さまのお兄様ですか?」
「はい?」
「じじ実は先週香川県のお遍路宿で御舎弟さまとご一緒しました」
「・・・?・・・えっ、そうですか!」
「立派な学僧さまで、いろいろ教えていただけました」
「そうなんですか」

善通寺の専修学院の修行は厳しく、何人もいた同級生は皆脱落して
彼だけが残ってやり通したそうです。
なああるほど、さもありなん。
彼の柔道で潰れた耳を見て、強い意志の持ち主だと思っていました。

お兄様もこのようなご縁で、
文殊院を尋ねてきた人(遍路)には初めてだそうで
感慨深いと言われていました。

他の参詣者も本堂内に来られたので、
案内と解説をしていただく事にしました。
文殊院と阿部氏の関係、御本尊様の由緒などを滑舌よく語ってくれます・・・が
なんか高座で語ってくれているような感じです。
オチのない落語を聴いているような・・・・
あとで聞いてみたら落語もされているそうです。

もひとつ気になったこと。
彼のお話を聴いているとき、御本尊さまに灯されている灯明の炎が片方だけ
ゆらゆら燃え始めたこと。
ご本尊さまとのチャンネルが開いたのでしょうか。

この現象については、四国遍路の際に導師様とか眷属様に実際に
この現象が起きていること見させてもらったことがあります。

なにはともあれ、有難いことであります。

このあと、個人的に話を少々させて頂きました。
僧侶と修行、位階について。
「わしはよく僧侶になれ、といわれるのですが正座ができないので、ならないのです」
「私も正座は苦手ですね」
「わしは1時間と持たないのです」
「それは私も同じです。ただ、我慢しようとおもわず、あきらめることです」
「えっ?・・・・・」
「我慢しようと思うと辛いので、あきらめてしまうと、せいせいするのです」
「・・・うう~む・・・放下著ですか」
「まあ、そうですね」

「何事も極端にすぎると辛くなります」
「そうですね」
「ですから、中道がいいんですが、いちばん難しい」
「わしは四国遍路しているときだけは十善戒をまもろうとしています」
「ははは、それでいのです」

「出家僧と在家の間にいるのが中道かもしれません」
「たしかに、先達は僧と遍路の間に立っている存在ですもんね」
「遍路修行をきちんと積まれれば、また道が見えてくるでしょう」
「そうありたいものです。ありがとうございます」
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納経所にはICカードの読み取り機があります。
「こここれは、もしかしてカード決済機ですか?」
「そうです。もともとお寺というのは、最先端でなくてはならないのです」
「なるほど。いつのまにか形骸化してしまっていたのですね」

彼は自分の息子のような年齢ですが、
きちんと修行を積まれた僧侶の方と話すのは勉強になりました。


放下著(ほうげじゃく):臨済宗の教えで、「放下」とは投げ捨てる、の意味で、
煩悩妄想はいうに及ばず、仏や悟りまでも捨て去る、すべての執着をもたず、一切をさっぱりと
棄て去ること。全くの無一物に徹することは至難の業であります。



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このあとお抹茶と落雁をいただきました。

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次に弁天堂があり、そこで「魔除けおさめ札」7枚つづりをいただき、
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「○○がありませんように」と唱えながらお堂の周りを7回廻ります。
自分にとって、(何がありませんように)かな・・・

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少し寒いながらもよいお天気で
気持ちのいい参拝が出来ました。
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帰り道にはわしの好きな古墳で締めくくりましたがな。
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今日のこのご縁は、とても有難いものでありました。
これぞ、お大師様の繋いでくださったご縁でありましょうか。

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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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