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「観光バスの行かない・・・埋もれた古寺」釘無堂(大阪府貝塚市)

「観光バスの行かない・・・埋もれた古寺」探訪
令和元年7月2日(火)
釘無堂(大阪府貝塚市)

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電車に乗っていたとき、向かいの座席に座っていた人が
気になる本を読んでいました。
そっと伺い、スマホで早速調べてamazonで速攻注文
古書の部類に入りそうな古さでした。
昭和37年初版です。
芸術新潮に昭和35年から2年間連載されたものだそうで、
わしの生まれた頃に連載されていたんですねえええええ。

「観光バスの行かない・・・」と銘打ってあるのですが
この頃の観光バスの規模ってどううなんでしょうかね?
古寺巡礼がブームになっていたらしい。
そうすると四国バス遍路もこの頃盛んだったのでしょうか??
でもインフラ整備とか情報の流通の様子は今とは違っていたでしょうね。

時は流れ、還暦間近のわしにとってこの本との邂逅は
どんな意味を持つのか?
いやいや、そんな難しい事を考えなくって
気軽に知らなかった寺院を訪れる楽しみを与えてくれた本
そういう立ち位置でいいんでないの?

関西を主とした23寺院が紹介されていますが、
この中には行ったことのある寺院もある。
新西国や西国薬師のお寺もあるからです。

しかし、知らない所も多い。
まず、目に飛び込んできたのは
「水間の涙痕<釘無堂>」
おお、新西国4番札所の水間寺の1km先にこんな所があるのか。

「なんば駅」から南海電鉄で「貝塚駅」まで行き
そこから水間鉄道に乗り換え「水間観音駅」で降りる。
歩くこと10分
水間寺に着く。ここのお参りは帰りにしよう。
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さらに10分歩くと、住宅街の中に静かに佇んでいます。
浄土宗孝恩寺の一堂で、国宝ですって。

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寺伝によると、
聖武天皇発願で、行基により建立された「行基建立四十九院」の一つとされている。
平安時代初頭までに七堂伽藍が揃っていたが、応仁の乱の戦火に巻き込まれ
大半の建物を焼失、その後豊臣秀吉の紀州攻めで観音堂以外のほぼ全ての建物を焼失した。
この際に、仏像を薬師池に沈めて消失を免れた、という逸話がある。
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唯一兵火を逃れ現存する観音堂は「木積の釘無堂」と呼ばれ、
鎌倉時代の密教建築様式を伝える貴重な文化財として国宝の指定を受けている。
なお「釘無堂」とは建築に際し釘を使用していないとの意味であるが、
伝統工法の木組みを用いた社寺建築では、釘を使用しないのは
必ずしもこの堂に限ったことではないが、何故でしょうね。
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確かにしっかりとした建築で、これぞ日本建築という風情です。
門扉は閉じられていて中を窺う事はできないので
「南無阿弥陀仏」を七回唱えました。
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ここは浄土宗だからです。
いきなり訪ねて拝観したい!と言ってみたかったが
あまりに失礼なので、やめにしておきます。

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村人により守られた19体の仏像は収蔵庫に納められていて
拝観申請をしておかなかったので拝む事かなわず・・・
しかし収蔵庫に陳列されている仏像はあまりありがたい気持ちが湧いてこない。
須弥壇や厨子の中に納められこその仏像ではないか、と思う。
野仏はまたその風情はありますがね。

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境内に咲くオレンジ色の花
クロコスミアというのですが、わしの家にも植えたはず。。。
咲いているかなあ??
LINEで家にいる娘に「咲いてる?」と聞いたら「咲いてるよ!」の
返事がありました。

梅雨の真っ盛りにもかかわらず、この辺は雨もなく
湿度は高いが気温はそれほどでもなく
気持ちのいい参拝が出来ました。

帰りに水間寺へお参りに行ったら、本堂では
多くの僧侶が法要を行っていました。
おお、ありがたや。ご利益を頂戴しましょう。

境内にある「聖観音出現の地」でパワーを充電し
足取りも軽く家路につきました・・・のはずが
途中のなんばで入った回転寿司屋さんで
キンキンに冷えたビールを昼間っから頂いてしまい
千鳥足気味で帰りました。

さて、次はどこの「埋もれた古寺」に行こうかな
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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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