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チュンダよ、自分を責めるな

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身近な人の死に接する時、
自分の責任について考えてしまいます。
あのときもっとああしてやれば、
無理に呼ばなければ、
手術を勧めなければ、
抗がん剤治療を勧めなければ
色々と考えてしまいます。

遅れ先立つは世の習い、とは言いますが、大切な人を亡くすと、
私達は時に自分を責めてしまいます。

俯瞰的に考えれば、人の生死は結果は同じなのですが
凡夫であるわしは、
ついつい悔恨の念を抱いてしまいます。
自分を責めてしまいます。

自分の結婚式に母方の祖父を呼んだ後、体調が悪くなり亡くなった。
葬儀のときに兄に

「結婚式に呼んだのが死期を早めたのかもな・・・」

「うん、そうだろう」

(なんだこいつ、相変わらず空気読めないやつやな!)
即座に肯定されたのがショックでした。
否定して慰めてもらいたかったのか。

父親が原発性肺がんと診断されたとき
本人より先にわしは
「では、切除手術をお願いします!」
と医師に言ってしまった。
手術後、父親がボケはじめた。
あのとき手術をさせなければ
10年間ボケたまま生き、そして死ななかったかもしれん。
でもガンで苦しみながら生きるのがよかったのか。

心に痛みを抱えながら生きてきた。




先日テレビで
純陀(チュンダ)についての話を聴きました。
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-チュンダよ、自分を責めるでない-

涅槃会に掲げられる涅槃図の物語に欠かせないのは、お釈迦様に
「最期の食事」を捧げた鍛冶屋のチュンダです。

チュンダは、憧れのお釈迦様に食事を供養できることを誇りに思って
最高の食材で食事を作りましたが、その中に毒キノコがあったらしい。
お釈迦さまは激しい腹痛に襲われ、体調は悪化してしまいました。

チュンダは、自分の食事のせいでお釈迦様の死期が早まったことを嘆き、
人々にも非難され、
そして自分がお釈迦様を死なせてしまうと我が身を責めます。

このチュンダの心情と周囲の動揺を察したお釈迦様は、
チュンダに向け、
そして周囲の弟子らにも聞こえるように殊更きっぱりとこうお説きになります。

「チュンダよ、私が死んでいくのはお前のせいではない。
私が死んでいくのは、私がこの世に生まれたからである」

お釈迦様は、未来のすべてのチュンダに向かって語りかけているのでしょう。

「あの時に私がこうしていれば、あの人は死なずに済んだのではないか」
「いや、ああしていれば...」と、自分を責め、ひとり苦しむ多くのチュンダ。

そんなチュンダである私達に向かって、お釈迦様は、
「あなたのせいじゃない、心の重荷を降ろしていいのだよ」
と語りかけているのです。


長いこと気に病んでいたチュンダのわしは、
少しだけ救われたような気がしました。
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Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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