門徒物知らず

「門徒物知らず」について

昨年亡くなった父親の新盆について、やるんかやらんのか?
という話を家内にしたら
「そういうのを『門徒物知らず』っていうんやよ」
「?」
またしても家内に教えられました。
作務衣の着用についても色々教えられる事が多いです。


「門徒もの知らず、法華骨なし、禅宗銭なし、浄土情なし」
と、
浄土真宗の信者を、他宗の仏教信者が「仏教の作法を知らない」
と批判する際に使われる言葉です。


確かに浄土真宗の仏事はシンプルですね。
しかし、何宗がシンプルで何宗が決まりごとが多いかすら
解らない人が大半だと思います。
自分が見てきたお作法が宗派を知らずに
全てだと思い込んでいるのではないでしょうか。

s-門徒ものしらず

阿弥陀仏一仏に帰依をして、他の神仏を顧みないために、
土地の神仏に関わる儀礼や風習にも関心を持たず、
死者儀礼などに関わる習俗にも従わない浄土真宗門徒の姿を、
他宗の立場から「物知らず」と揶揄されました。

本来は「門徒物忌みせず」という言葉でしたが、それが
誤って伝えられたものであるという説明が
法話などで語られることがあります。


調べてみると、
歎異抄第七条に、

「念仏者は無碍の一道なり。そのいはれいかんとならば、信心の
行者には天神・地祇も敬伏し、魔界・外道も障碍することなし」

とあります。

(阿弥陀仏の本願を信じて念仏する人は、何ものにも碍えられることなく、
生と死を超える唯一の大道を往くものです。
なぜならば、阿弥陀仏のみ名を称えつつ生きる信心の行者に対して、
天地の善神たちは尊敬し、信伏していきます。人の心を乱し、
さとりのさまたげをなすという悪魔も、仏教以外の宗教も、
念仏者の歩みをさまたげ、まどわすことはできません)



ということで、昔から門徒の人は日の良し悪しや方角の良し悪しを
問題にせず、諸神他仏を祀らず、霊や魔のたたりを恐れず、厄払い
や祈願祈祷、占い等を頼まず、ただ念仏の一道に立って毅然として
生きてきたのです。


昨年父親が亡くなり、今年は初盆ということになりますが
さて浄土真宗には初盆というものが存在するのか?
という疑問が湧き上がり、最初のような会話になりました。
自分は門徒という気持ちが薄いので、行事等についても暗く
むしろ家内の祖母や叔母は禅宗の曹洞宗なので
その仏事が賑々しく行われており、そちらの印象が強いのです。

お盆という行事は仏教のものではなく、日本で独自に発展したもので、
仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、
霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、
浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことは
しないそうで、新盆でも同じことです。

ただし、お盆の行事は、宗教行事というよりも地方独自の民族行事とも
なっており、日本全国一律の作法があるのではなく、地方ごとに、
その土地の特産物などを取り入れた独自の飾りつけも残っています。

ですから、
土地の風習に従ってやりたいようにやればいいのか
という、極めて曖昧な結論に至ったわけであります。
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柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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