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身体障害者アメリカ西海岸ツアー

ずいぶん前から自分のやってきたことを記録に残しておきたいと考えていました。
親子の柔道、鯖街道キャンプウオーク
これらは既に旧HPやブログで紹介してきましたが、もうひとつ私のした大仕事は
「身体障害者アメリカ西海岸ツアー」です。
ここで福祉の大変さを嫌というほど学びました。





-序章-
旅の始まり
1998-01

 平成8年頃はアマチュア無線にハマっていて、夜な夜な無線機の前にしがみついてラグチュー(無駄話)を繰り返す日々でした。凝り性なんで、無線機とかアンテナ、周辺機器なんやかんやで、結構お金をつぎ込んでいたっけなあ・・・。

 無線仲間に、身体障害者の方がいて、毎晩他愛もない話を電波に乗せていました。そんなある日「裏京都市主催の障害者アメリカ西海岸ツアー」に行くのに、ヘルプが必要なので、手伝ってくれないかと頼まれました。

 親兄弟親族に頼めばいいんでないの?と思ったんですが、障害者施設に入居している方々の生活環境とか人間関係っていうのは、傍で考えているよりも複雑で難しいのかも知れない。なにしろ身体障害者の面倒をみながらの外国旅行なんて想像もつかない。家内に相談したら「行ってみたら・・・」何事もチャレンジの精神で引き受けることにした。かくして7泊8日のツアーに介護ボランティアで参加することにしました。

 想像するよりもそれは過酷な旅行で、身体障害者と24時間寝起きを共にしてお世話をすることの難しさを実感し、併せて自分の人間性の限界も感じ、途中血圧も上昇し、心身ともに疲れ果ててしまった。もう二度と行くもんか!と思ったが、しかしなぜか達成感というか、高揚感を感じた不思議な旅行でもあった。

 もう2度とこのようなキツいイベントは実現しないだろう・・・と高をくくっていた私だったが、参加できなかった障害者の皆さんの熱い想いが、「身障者アメリカ西海岸ツアー・パート2」を実現させた。前回お世話をした障害者の友人は2度目は参加しないので私にはもう無関係だと思っていたが・・・

 ある日、主催者の方に「医療スタッフで手伝ってもらいたい。」と真顔で言われてしまった。熱意を持って困難な事業を行う人に頼まれると「いやだ」とは言えない私・・・・結局自腹を切って2度目のツアーのお手伝いをすることになった。医療スタッフがメインとはいえ、2度目の私は実質上の「何でもスタッフ」で、頭を使う仕事、口を使う仕事、力仕事、ちょっぴり医療・・・気分的には余裕はあるものの、やはり不安は拭い去れない。

 以下、私が旅行後に文集用に書いた7泊8日の悪戦苦闘の旅行記を紹介します。
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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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