自分の心

自分の心
天女と蓮の花びら


お四国を四周も廻っていると

人から

「坊さんみたいな雰囲気やな」
「お寺の方かと思いました」

と、普通の生活をしていても言われるようになりました。
さて、これはどうしたものか。
多分抹香くさい話をしたり
仏教の本を読んでいるのからかもしれません。
人からは、
遍路修行が進んでいるように見えるのでしょう。

でも現実は全然変わっていません。
変わりたいと思う自分がいるのですが
本質の自分が強すぎて煩悩まみれなので
それに打ち勝つ力が足りません。


【人の噂話、悪口を言う自分】
人の悪口を全く言わない人がいて、
とても羨ましい。

「君は人のことは『好き』か『嫌い』しかないね」
と言われた事があります。

確かに嫌いになった人は、徹底的に嫌いになります。
ほどほど、というのが極端に少ない。
ですから嫌いな人のことはよく言わない。

お遍路をやっている中で嫌いな連中が出てきて、
彼らのことは徹底的に嫌いです。

みんな仲良く遍路修行ができるといいんですけどね・・・



【僻みっぽい自分】
「三つ子の魂百までも」
のとおり、
僻みっぽい自分が幼児期に作られた。
三人兄弟の真ん中である自分は愛情を兄と妹に持って行かれた気がする。
今冷静に分析しても、そう思える。
いつも拗ねて泣いていた覚えがある。

親もまだ若かったから
そのときの次男の気持ちは理解できなかったのだろう。
今でも理解できていないことが判った時は悲しかった。
実際兄と妹は今でも親に頼っている。

ですから自分の心の奥底に僻みっぽい心が滓のように沈んでいて
時々顔を出す。

それがお遍路をしていても出てくる。

お接待をやっている所で最初気づかれず、構われなかった。
あとで気がついて一生懸命埋め合わせしようとしてきても
頑として受け付けない自分


「是非お会いしたい。お立ち寄りください」
と言ってきたので楽しみにして
行ってみたらその日は休みで留守
ちゃんと日程も示していたのになあ・・・
あとで言い訳してきても、
いったん曲がったヘソは元には戻らない。



「もっと大きな心で赦してあげなさい」
と人は言うけれども自分の心の底の厄介な心が
それを赦さない。
いったん壊れた人間関係、信頼関係は
完全には元に戻らないんではないの?
と、思ってしまう。

今後の課題は
この煩悩を払うこと。
この悩みは、自分の心から生じたもの。
心の作用から生み出されたもの。
死ぬまでになんとかできないもんだろうか。


34番種間寺 のコピー
今の自分にできることは、
「思う心に出る言葉」
心に浮かんだ想いを、口に出さないようにすること。
これならば今の自分にできる。
マザーテレサの言葉ですが、
マザーテレサの言葉

こうありたいと考えています。
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No title

おやっさん、
 判ります、解ります、よくわかります。
 似たとこの多い私ですから・・・

 さて、今年の歩き納めは来週でしたね、
 11番さんまでゆっくりお楽しみ下さい。

No title

時々止めることができない自分の性格を持て余すことがあります。
四国を廻って修行せよ、とお大師様にいわれたのか・・・
来週は今年最後のお遍路であります。
楽しみ。
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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