至誠に悖るなかりしか

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「自分は○○なので○○はできない」
こういった言葉をよく聞きます。
あなたは言ったことありますか?
わしもあります。

本当にそうでしょうか。
できないと思った瞬間から、歩みは止まってしまいます。
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どうすればできるのかを考えましょう。
自分で考えて答えが見つからなければ人の意見を聞きましょう。


「自分は○○なので○○はできない」
もしかして逃げてはいませんか?
病気?怪我?時間?仕事?居住環境?子育て?介護?
できない理由にすがりついて、言い訳にして、
楽な方向に流れていく。

その姿勢を指摘されるとムキになって反論する。
気分が悪くなる。傷ついたという。
攻撃的になる。根に持つ。
それは、うしろめたいと思う自分を知っているからです。
正面から見つめたくないからです。
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わしは勇気・気力を振り絞って
安易に走る心を戒めています。


最近出会った方の影響を大きく受けています。
出会うべくして出会ったのでしょうか。



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お遍路の話です。
「暇がない」
時間がなければ、通しが出来なければ
区切って歩いてもいいじゃない。
一年に一度だっていいじゃない。
そうやって、5年かけて結願をした年配の母娘と
志度行のバスで一緒になりました。
ゆっくりと自分のペースで歩いている老夫婦とも一緒になりました。


「身体が悪いから」
「医師に止められているから」
立って歩けないほどの重病人ですか?
好きなスポーツはできるなら、駐車場から歩くことができるなら、
区切って区切って少しずつ歩けるはずですよ。
そのうち、距離・時間が増えていきます。
人間の抵抗力を侮ったらいけません。


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健康管理の仕事を30年やっていました。
持久走の季節になると免除してもらおうとする人が沢山来ます。
「あのな、俺、膝が痛いんで持久走免除な・・・」
「病院に行っています?」
「行っとらん」
「じゃ、医官から診断書貰ってきてください」
「ええやんか、頼むわ」
「あなた、テニスやソフトボール一生懸命やってますよね?」
「・・・・」
「持久走やりましょうね」
「わし、死ぬでえ!」
(膝で死ぬか?)
こういう人達は必ず根に持ちます。
そんな人達を相手に働いていました。
どこの世界に行ってもこういう人種は山ほどいます。


歩くこと、規則正しい運動は、
人間の心肺機能を高め、免疫機能を高めてくれます。
札所に漂う霊気に触れることによって元気を分けてもらえます。

昔の四国遍路は、業病に冒された人達が、
不自由な身体で歩いていました。
「砂の器」とか「娘巡礼記」にその記述があります。
今は医療が発達しています。
よほどの重病でなければ歩いて廻ることは可能です。


わしは
38歳で柔道始めたので腰・膝・股関節を痛めてガタガタです。
でも後悔はしていません。
冬の久万高原では遂に膝が壊れてしまい、
テーピングとサポーターで三坂峠を降りました。

それと、喘息と糖尿病、高血圧の治療を受けています。
主治医は当然「行くな」とドクターストップをかけます。
でも、自分の身体と折り合いをつけながら、
無理をせずに歩いているうちに少しずつ健康になっているような気がします。
自分のペースで無理をせず折り合いをつけています。

「お四国病院」
精神的、肉体的、社会的な病を持っている人を治してくれる力が
あると思います。


ここまで言っても
「できないものはできないんだ」
「わたしはあなたほど強くはない」
大概の人はそう言うでしょう。

凡人ならば、凡人のまま一生を終えるのも、それでいいでしょう。
だったら大人しく黙っていましょう。
人を羨んだらあきません。
批判してはいけません。
黙って凡人の生活を全うしましょう。


しかし、人より優位に立ちたい、
お山の大将になりたい、
人に意見する者になりたい、
メッセージを発信する人間になりたい
そう思う人は安易な方向に逃げてはいけません。
お四国で修行をしているのですから。
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ネット社会になって、誰でも意見を発信できる世の中になりました。
インターネット以前は、
意見を発信する資格のある者が雑誌、テレビなどで論壇を張っていました。
彼らは自分の意見に責任を持って、自己研鑽を重ねながら
自分を磨いていました。

今は、そういった覚悟のない烏合の衆まで、
安易に、責任感のない意見(意見と言えるかも怪しい)を垂れ流している。
はっきりいうと、意見する資格のない物まで物が言えるようになっています。

これは、人を批判したり、意見をする事によって
自分を優位に立っている、という勘違いです。
愚かな者は、そうすることで自分自身を保っているのです。

また、他人の意見・言葉を引用を多用して意見する者のなんと多いことか。
自分の考えを言葉にすることで「智慧」になる。
「知識」の羅列しかしないもののなんと多いことか。
自分で考えた「智慧」は自分のものです。
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江田島で教育を受けた
「五省」を規範にしていきたいと考えています。

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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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