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区切り歩き遍路2周目 第6回 40番観自在寺~十夜ヶ橋

区切り歩き遍路2周目
第6回 40番観自在寺~十夜ヶ橋


1月23日(金)の夜
大阪市内の高速バスは鉄道会社の本拠地を基準に分散しており、
大阪駅周辺では、JR大阪駅バス乗り場、阪急梅田バス乗り場、
今回乗る阪神バス乗り場は少し離れたハービス大阪にある。
間違うと大変!
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バスチケットには単に「梅田」と書いてあったので
いつもの阪急梅田バスターミナルに行ったのが間違いの元でした。
「あ、あの~、2230の宇和島行きは・・・」
「あ、ここからは出んよ。ハービスやない?」
「ええっ!」
あわててタクシーに飛び乗り
「ハービスまで!」
「ハービスの、どこ?」
「え?バスターミナルなんやけど・・・」
「ハービスちゅうてもいろいろあるしなあ」
ハービスのバス乗り場は、見覚えがあるんですが、
さてどうやって行けばいいのかわからん。
なんやかんやいってあちこち大阪駅周辺を走りました。
やっとたどり着いたと思ってタクシーを降りたら
そこはJRバスの乗り場

「ああっ・・・」

近くに停まっているタクシーに聞いたら
「そこの斜め向こうの通りの先」
100mくらい先には見慣れたハービスの乗り場があった!
あと10分、急げ!
夜の梅田をお遍路さんが走る。
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蛇足ながら大阪難波のバス乗り場は「OCAT(おーきゃっと)」が代表的なんですが
同じ所なのに呼び名が違う。「OCAT」「湊町バスターミナル」「なんば」などなど。
更に近くの南海難波駅にもなんばバスターミナルがあり、ややこしいね。

艱難辛苦の上バスに間に合いました。
やっぱりバス会社と乗り場を調べておかねばいかんねえ。
冬の夜中なのに汗をかきました。


1月24日(土)
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0730城辺(じょうへん)着
「え?城辺にも高速バスが着くの?」
松山の人に言われました。そんなに知られていないの?
バス停の建物で洗面とトイレを使わせてもらい・・・
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ここから宇和島行きのバスに乗り、観自在寺前の平成札所バス停まで行く。
150円の区間なので、すぐに着きました。

0750
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40番札所 観自在寺着
わしのお気に入りの門前の松の木・・・あれ?
短くなっているなあ。
思いを残しつつ、山門へ。

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朝の空気が清々しいです。
何故かは知らないが、わしこのお寺が好きです。
事前にfacebookのマイフレさんからここの納経所のOさんを
紹介して頂いていました。

「あの~、大阪の先達さんの○○さんから、腱鞘炎は大丈夫かとの伝言を頂きました」
「・・・・ああ!黄色の旗は?立てていないの?」
「えっわしをご存知で?」
「○○さんから聞いていますよ!」
「そおおおおですかあ」

納経所の方は親しみやすい人柄の人で
何故か初対面ながら掛け合い漫才ができましたがな。
おまけに、羊羹をはじめとしてお接待を沢山いただきました。
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「糖尿病ながら羊羹大好きなんっすよ。ありがとうございます」
「えっ、じゃ食べちゃだめでしょ」
「大丈夫です。食前の薬を飲んでから食べますから」
「・・・・」
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「それはそうと門前の枝ぶりのいい松の木、半分から切ったのですね」
「その理由は、これ」

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「えっ・・・(しばし絶句)な、なんと?」
「親指は男でしょ?小指は?」
「・・・・・・」

禅問答で「禅とは?」に対し、
親指を立てて「これです!」と答えたのを読んだことがある。
うう~む。深い、深いなあ。

すいません。Oさん、この公案の答えはまだ出ていません。
気になって気になって旅館ではその晩は眠れませんでした。


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心を残しつつ、門前の「平成札所バス停」から宇和島行きのバスに乗る。
バス停には定年後くらいのお遍路さんもいた。
歩き始めて20日くらい、もう今何月何日かわからなくなっているそうです。
羨ましい・・・わしも通しで歩くことができるのはいつの日か。

0856
来たバスに乗り、南予の山や谷を越えていく。
車窓に見える山
ああ、柏坂・・・あえぎながら登った思い出がよみがえる。
峠で見た「つわな奥」の絶景を再び眺めたい。でもそのためには歩かなきゃ!
更にバスは進む。

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車窓からわしの好きな町、津島の街並みが見える。
川向こうには枝ぶりの見事な松がある屋敷が見える。
ここをゆっくり訪問すると誓ったあの気持ち・・・来年こそは来よう。

1008
宇和島駅前着 1400円なり
今回は別格札所の納経帳を新調しました。
「別格も廻れ」とお大師さまのお声がかかったのでしょうか。

1017
別格第6番札所 龍光院着
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このお寺は広いし立派ですね。
今日は天気も良くて本当に暖かい。参拝日和です。
納経所で「湯上り足袋」をお接待に頂きました。
今日は札所のお世話になることが多い。ありがたいことです。
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「宇和島駅」から1137発の予土線に乗って「務田駅」まで行く。
この日、自転車をそのまま列車に乗せるサイクルトレイン実験が行われており
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駅構内でインタビューをしているのでそれが終わるまで改札が閉じられていたり
列車に乗り込んできたマスコミや広報関係者や自転車たちが
傍若無人(?)に振舞っていたのが気になりました。
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マスコミに協力するのが務めとばかり、一生懸命協力する乗客たち。
テレビに映るのが嬉しくて喜色満面の善男善女が多かったが
わしは天邪鬼なので
(マスコミってそんなに偉いの?)
と不機嫌でした。
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1153
「務田(むでん)」着
あれ?どっちに行けばよかったかな?
ちょうど駅にいたご婦人お遍路さんに龍光寺までの道を教えてもらいました。
列車遍路は遍路道とは離れた地点からスタートするので
方位をきちんと掴んでおかなくては最初迷ってしまうね。

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踏切を越えたら、おお、確かに見慣れた景色が目の前に広がった。
冬とは思えないうららかな日差しを浴びながら一本道を札所目指して進む。


1214 
第41番札所 龍光寺着
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ここのお寺にはお遍路さんたちの守らなければならない決まり(あるいはマナー)について
きちんと示されている。

「人の邪魔にならないようにお参りしなさい」
「他人の納め札を持っていかない」
「持鈴をやたらと鳴らさない」
「納経は団体であろうと個人であろうと順番です」
あたりまえの事ながら、これをきちんと伝えている札所は少ない。

車遍路の時、わしは納経所の住職から
「納経帳に御影の入った袋をはさんでおかないこと!」
「最初に言わないから1200年記念スタンプを重ねて押してしまったでしょ!」
と言われたことがあります。

ので

今日は服装容儀をきちんとし、納経帳もクリアーにして
いざ、納経所へ。

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納経所におられたのは奥様か?優しいご婦人でしたがな。
それに「記念スタンプの重ね印できます」
と貼り紙・・・・?
でも記念スタンプ重ね印は
ご遠慮申し上げておきました・・・・・・・・・・・・

次の佛木寺まで2.6km
ここは歩こう。
雲で日が陰ると風が冷たく感じるが
日が出てくると暖かくなる。
田園地帯の道をテクテク歩いていく。

すると小型車が停まり、ご婦人から声がかかった。
「黄色い旗のお遍路さんでしょ!Facebookの!」
「えっ・・そ、そうです!」
「私、この付近に住んでいるんです。今仕事中なんで、また後で書き込みますね!」
「ありがとうございます!」

Facebookの力はすごいなあああああ。
いま、「四国八十八か所」のコミュに入れていただいているんですが
ここへきて知り合いがぐんと増えたような感じです。
お大師様のお導きか。
いや、お大師様の時代にはネットもSNSもなかったなあ。
深く考えるのは、やめ!
人と人とのご縁を結んでいただいているのです。

1333
42番札所 佛木寺着
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ここの本堂の水煙が遠くからきらめいていて美しい。
納経所が本堂と大師堂の近くに移転してきているので、納経の際には便利ですがな。

さてここから次の明石寺へ行くためには歯長峠を越えていく10km歩きか
一旦宇和島までバスで戻り、そこから列車に乗って卯之町まで行き、明石寺まで行くか・・・
それともそれとも
ヒッチハイクをするか・・・・・
門前の休憩所で逡巡していたら
歩き遍路の若者がいた。

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「こんにちは!」
「こんにちは!ずっと歩きですか?」
「そうです!」
「今日は何処までいくんですか?」
「歯長峠を越えたところに東屋があるらしいんで、そこで野宿です」
「ええっ!この寒いのに・・・大丈夫?」
「寝袋あるから・・・それに多少寒くっても平気ですよ」

おおおおおおおおおお、若いっていいねえ。
彼は東大阪から来たそうです。
都会で顔を合わせても、こんな風に会話することなんてないやろうな。
お遍路さん同士では容易にこういったコミュニケーションが取れる。
四国の人たちの暖かいお接待を受け、感謝の気持ちを持つことができる。
若いうちにこういった経験をしておくといいやろうなあ。

「では、またどこかで会いましょう!」

若者は颯爽と去っていきました。

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オジサンのわしは来たバスに乗って宇和島駅に戻る。
そこから松山行の列車に乗り込む。
構内には変わった列車がある。
「?」
新幹線のようで、そうでないような・・・
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列車マニアのようなオニイサンが写真を撮りまくり、やがて乗り込むと満足そうに
シートに座っていましたがな。
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わしの乗る列車は一両編成の単なるキハです。
1521宇和島発~1556卯之町着
卯之町駅から明石寺までは約3km
わしの足では1時間くらいかかるよ。それでは納経所が閉まってしまう。
しゃああああない、タクシーを使うか!
あっという間にタクシーは卯之町を走り、

1605
43番札所 明石寺着
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やれ、これで今日の予定をこなすことができましたがな。

そういえばシーズンオフの札所では赤い錫杖の先達さんたちが巡拝しているのを
よく見かける。
彼らは昇任するためには、
決められた期間の間に決められた回数を廻らなくてはならないのですって。
先達さんも大変ですね。

明石寺から卯之町へは小山の中を通る遍路道を辿っていく。
ちょっと日が暮れてきて暗い山道を歩くのは気味が悪いね。
足早にお宿を目指します。

ようやっと街に出て一安心
ここは古い建物が残っているところです。
おお、シーボルトの娘のイネさんが医学の修行をされたところがあるんですね。
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国道沿いの歩道を歩いていると
向こうから金髪の女性が歩いてきた。派手なオバハンかと思いきや、
エリーさんだった。
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あああありがとうございます。
飴を口の中で転がしながら更に歩き、駅前通りの近くに本日のお宿の「西廼家」に到着
ここは前回の歩きの時に泊まったお宿で、おいしい料理と古い作りが気に入っていたお宿です。
今回のお部屋は・・・前回よりも狭いな。まあいいか。
今夜は団体さんの宴会が入っているようで、忙しそうだ。
「あいすいません、今日はちょっと立て込んでいまして、夕食は6時過ぎになると思うのですが・・」
「ああ、いいっすよ」
お風呂に入り、洗濯を済ませておく。
ちょうどテレビでは錦織圭の全豪オープンがやっていたのでそれを見ながら夕食を待つ。
6時を回った。まだ忙しいやろうなあ。廊下の向こうではバタバタ、ガヤガヤ団体さんで忙しそうだ。
6時30分・・・まだかなあ。ちょっとお腹が減ってきましたがな。
ついに7時を超えたよ。まあああだかなああああああ。
ちょとイライラしてきた。ああ、こんなんじゃいかん。

7時過ぎ、果たしてドアがノックされて、女将が入ってきた。三つ指ついて
「大変遅くなって申し訳ありません」
こんなに丁重に謝罪されたら何も言えん・・・・
無言で彼女の後について食堂に行く。
机の上に並べられた料理は前回と同じく豪華絢爛
空腹のあまり御飯のお櫃をお替りしてしまいました。
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腹ふくるらば心安らか
お腹いっぱい美味しい物を詰め込んだら、
あとは寝るだけです。
2030
おやすみなさい。


1月25日(日)
今朝の朝食には「大寒卵」の目玉焼きがついていた。
なんでも風水によると金運にも恵まれるとか・・・
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0715松廼屋旅館を後にする。

今日は八幡浜駅前に松山在住の遍路友達の
「門前の小僧」さん(以下「小僧さん」と記す)が迎えに来ています。


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卯之町駅の待合室には豆炭の囲炉裏がある。
懐かしい匂いやね。
ホームには昨日「務田駅」にいたご婦人お遍路さんがいた。
「どちらからですか?」
「京都からです」
踊りの先生をしているらしく、忙しいスケジュールを縫って
区切りのお遍路に来ているそうです。
お歳を聞いたら、80歳近いそうで、びっくり。
普通、夫人たちはお連れがいないとお遍路にもよう行かん人達ばかりです。
その反面、一人でお遍路されている夫人は老若いずれも芯の強そうな人です。
毅然としていて美しいですね。

0743「卯之町駅」発~0806「八幡浜駅」着の予定
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列車の車内で隣り合わせに座らせていただき、色々なお話をしました。
お話が楽しく、八幡浜駅にあっという間に着いてしまいました。


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八幡浜駅前には小僧さんがベンツで待っていました。
彼とは歳が一回り以上離れているのですが
不思議な御縁で親しいお付き合いをさせていただいています。
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ここ八幡浜市は小僧さんが若い頃通った高校のあるところで、
抜け道、小道に到るまでとても詳しい。
そんなんで、本日のお目当ての大黒町にある「吉蔵寺」には
迷うことなく到着できました。


0817
大黒山吉蔵寺着

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大黒山吉蔵寺、曹洞宗の寺院です。
この八幡浜を埋め立て、
港と街の発展に寄与した豪商の大黒屋吉兵衛の菩提寺として
建立されたのですが、明治20年頃、
衰退していた37番札所の本尊と納経の版とを
3500円(現在の価格にすると1000万円以上だろうか)で買いとり、
昭和の初め頃まで50年以上37番札所として存在していたそうです。
その証拠として、高群逸枝の「娘巡礼記」にそれが記されています。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

娘巡礼記より抜粋


三十三 八幡浜へ
(前文略)
 早速この地の大黒山吉蔵寺わ訪ねる。名刺を出すと、痛み入るほど丁寧に遇なして
下さる。
 ちょうど金田禅師は御留守中であったが、不思議な事にはこの寺の皆様すべて熊本
県人というので何となく懐かしく思われた。この寺は四国三十七番所の札所である。
でもこの事は世人に多く知られていない。即ち三十七番札所は高知県の窪川にある藤
井山岩本寺・・・いかにもこれが大師の旧蹟には違いない。でも古来の本尊や御納経
の版は吉蔵寺に伝わっている。そこで四国には三十七番が両立している形になってい
るとの事、その由来についてお話を承るとこうである。一体大黒山吉蔵寺という寺号
は、大黒屋吉蔵という人の名から取ったもので、大黒屋といえば現にこの地での多額
納税者として誰知らぬ者なき素封家であるが、今から三十幾年前この吉蔵なる人、夜
臥床にありて時ならぬ鐘の音を聞き、不審とは思いしもそのままにすて置いて翌朝例
の如く早く目を覚ますと、家内の者が仏間にこんな物があったといって持ってきたの
を見ると八十八ヶ所の納め札で、住所氏名は書いてなくその枚数三十七。ここにおい
て、さては三十七番の札所をどうかせよとの仏の思召しかと考え先にいった岩本寺を
調べてみると、見る影もなく衰微しているので三千五百円を以て本尊と納経の版を買
いとる事に相談をつけ須臾にして建立したのがこの寺である。その後裁判沙汰まで起
ったけれど中止され、とにかく、札所としての権利は完全に維持しつつ今日に及んだ
次第である。

三十四 月夜の野宿
 巡礼するのに逆と順がある。私たちは逆をする事にした。先ず四十三番の明石山
(源光山明石寺)に出なければならぬ。

五十一 可憐なる少女
(前文略)
 きょうはいよいよ三十七番藤井山岩本寺へ-この寺は高知県高岡郡窪川町に建てら
れ歌に曰く、
「六つのちり五つの社あらはして深き仁井田の神の楽み」
けだし阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩、観世音菩薩、不動明王の五尊を以て本地仏
五体を祀らる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


これによると、三十七番はこの時点で二箇所あり、彼女は三十七番を二つ廻ったとい
うことになります。しかし窪川での納経についての記載はありません。
この辺はどうだったんでしょうね?
「娘巡礼記」は大正七年五月から十一月までの遍路記録です。二十四歳の若い娘の感
じたままの瑞々しい文体で書かれ、九州日日新聞に掲載されたものです。
「お遍路」は、その後編纂し直して綴ったものです。読みやすくなっていますが、先
の本のような瑞々しさは無くなっているような気がします。


その後裁判で岩本寺が勝訴し、本尊と版木は元に戻ったそうですが、
昭和39年くらいまでは吉蔵寺に三十七番札所の札がかかっていたそうです。
この辺の詳細は、門前の小僧さんのブログをご覧下さい。

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禅寺ながら大師堂があり、正面脇に掛けられた八十八ヶ所巡拝のさんや袋や
八十八カ所巡拝に関する碑(明治23年と読める)が
確かにここに札所があったことを語ってくれます。
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残念ながら吉蔵寺としての納経は今はやっていないということなので
大師堂で納経だけさせていただきました。

長くなってしまいました。
遍路記に戻ります。


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八幡浜港を撮影する小僧さん

この後、小僧さんの歩き遍路仲間のお宅を訪問し、
伊予柑のお接待を頂きました。
その後、先導してくれて山道の近道を通り、予定より早く目的地に着きました。

1000
別格第7番札所 出石寺着
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ここは「いずしさん」とも呼ばれている。わしの地元の近くの丹後にも
「出石(いずし)」という古い街があり、皿蕎麦が名物です。
どちらがこの呼び名の起源かな?と考えました。

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創建は養老二年六月十七日というそうな。
これほど確かな記録を残している寺院は珍しい、と案内本に書いてありました。
本堂脇には雪が残り、標高の高さを物語っている。
ここ出石寺は、別格霊場の中でも特に遍路道から遠いところです。
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大洲からここを訪れるには、1日をかけなくてはいけない。
はるか下界には、先程までいた八幡浜の街並みが見える。
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水鉢には氷が張っている。
そうだよね、今は一番寒い時期なんですから・・・

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護摩堂には藤堂高虎が朝鮮出兵の際に持ち帰った高麗様式の鐘がある。
重要文化財とはいうが、これほど縁起が明らかなのだから
返還要求があったら返さなきゃいかんのかなあ・・・・?

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下界に降りて、次の目的地に向けてベンツは走る。
途中、極めて珍しい跳ね橋を見せてもらいました。
なんでも戦争中に敵艦載機の機銃掃射の跡が残っているらしいんですが
残念ながら確認できず・・・。

人の運転で助手席に乗っていると、その気楽さから
いまどこを走っているのか、方位すら分からなくなってくる。
いきなり十夜ヶ橋永徳寺に着いたといった感じでした。


1153
別格第8番札所 十夜ヶ橋(永徳寺)着
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昨日の野宿青年、今夜はここの通夜堂で泊まる予定と言っていたなあ。
橋の下でも茣蓙を借りて修行できるんですが、この寒い中
とても無理でしょう。せめて本堂脇の通夜堂で眠りたいものです。

冬なので団体遍路さんは来ないと思いきや、
ワゴン車に乗った小規模ツアーは来ている。

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橋の上を高速道路が走る。
お大師さまが見たらどう思うでしょうね。
橋の下に降りて、野宿大師像にもお勤めをする。
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爆睡中のお大師さまと小僧さん
橋の下に降りた時から、四方からただならぬ視線と気配を感じる。

それは、鳩です。

本来鯉にやるべき餌の上前を鳩がさらっていくみたいです。
ここにいれば餌には困らないでしょうね。丸々太っているよ。

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どれわしも鯉の餌を、と餌箱の蓋を開けたとたん、
ヒッチコックの鳥のように鳩が群がってきましたがな。
鳩に溺れながら鯉に餌をやっていたら
先ほどの団体の先達さんの御刀自様がやってきて
「ちょっと、餌入れをいつまでも持っているの!よこしなさい!」
「あ、は、はい。でも餌入れはそこにもありますよ・・・」
「あ、あら、そうなの。フンッ!」
何故御刀自様の先達様はこう威張る人が多いのでしょうか・・・
家田荘子さんも時々そのことについて触れていましたね。

さてさて、ここで今回の予定は終了!
小僧さんのお陰を持ちまして、随分とサクサクと巡拝することができました。
おまけに、前・三十七番札所まで・・・
ありがとうございました。

近くの老舗のうどん屋さんで昼食をとり、
高速道路を通って松山まで戻り、そこから今日は昼間のバスに乗って
その日のうちに堺に帰る予定です。


松山までの道中、小僧さんから色々な事を教えてもらったり、
自分の気持ちを聞いてもらったり話をしました。

わしが四国巡礼のきっかけともなったのは、
青少年四国ウオーク」なんです。
十年以上前から、
鯖街道キャンプウオーク」や「障害者アメリカ西海岸ツアー」などで障害者や
子どもたちの旅のお世話を沢山させて頂きました。
その中で、自分の役割というものを考え、
自分は人のお世話がしたいのだということを実感していました。
鯖街道キャンプウオークも大団円を迎え、
じゃ次は四国をみんなで歩こう!という企画が持ち上げり、
わしも四国に行きたかったので大いに賛同し、計画していました。

残念ながら青少年四国ウオーク計画は頓挫しましたが、
その後一人で四国巡礼をしていく中で、
四国に行ってみたいけども、きっかけがない。
ツアーは参加しにくい、でもひとりではよう行けん・・・
などという潜在的需要のたくさんあるのに気づきました。

それなら彼ら彼女らを四国に連れて行ってあげよう・・・
そのためには自分がまず歩こう、旅をしよう。
ツアーを連れて行くならば先達の資格も必要だろう。
こういったところが目的であり、目標です。

先達の補任をうけるには霊場会の推薦が必要だとか。
こればっかりはいくら自分が力んでいても無理があるでしょうね。
「おまえは先達となり、遍路に行きたい人たちを導け」
というお大師さまのご縁を頂戴できれば、
この夢は叶うでしょう。

お大師さまのご縁を頂戴して
様々な人たちとのご縁を結ぶことができました。
この先もまた様々な人たちに助けられて四国の道を歩みたいと思います。
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40番から十夜ケ橋

おやっさん、
 早いっ! 
 40番から十夜ケ橋まで一気にUPですね。
 少しずつ「黄色い旗」の理解者ができそうで、
言いだしっぺも喜んでいます。 

 私、今回は1日の出来事を3回くらいに分けて
「区切り打ち」する予定です(笑)。

楽しく読ませていただきました。私も堺です。赤い錫杖ですが 威張っていません(笑)ベンツのおじ様のブログのファンです。四国には よく出没していますので お会いした折には、よろしくお願いしますm(__)m

No title

>門前の小僧さん
黄色い旗も賛否両論あるでしょうが、少しずつ皆さんに知っていただければ幸甚です。

私のブログはおきらく記事とマンガがメインなんで、札所の縁起とか歴史的記述は、小僧さんにすべてお願いします!

No title

>テルコさん
コメントありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
堺ですかあああ。私は浜寺公園近くです。
いろいろご指導をお願いします。

赤い錫杖・・・すいませんです。何故か私と関わる人がそういった人が多かったもので・・・。先達さん達と関わっていないのでイメージが固定しているのかもしれません。

No title

よそ様のお座敷ではございますが・・・
 テルコ様、
 >ベンツのおじ様のブログのファンです
    光栄の至りにござりまする!
 >威張っていません
    ファンになりました!

 さて、いずこの貴婦人におわしますや?
  
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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