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ガイジン夏遍路

「四国八十八か所ガイジン夏遍路」

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日本大好きニュージーランド人男性が1995年の7月~8月に
歩き遍路をした物語を読みました。
クレイグ・マクラクランさんは日本人の妻を持ち大阪に住んでいるだけあって
日本の文化が大好きで、納豆も漬物も食べられる。
時々そういった外国人は日本のことを実によく勉強していて
ある意味日本人よりも日本人らしい。
農民出身の近藤勇が武士よりも武士らしくあろうとして
過剰に「士道」に拘ったように・・・

とても興味深く読ませてもらいました。
個人主義が徹底している欧米の人は
自分のスタイルを守り、安易な妥協はしない。
例えば、
短パンが破れてしまいスカート化した「キルト」を腰に纏ったまま歩き通した。
このほうが断然歩きやすいのだそうだ。
スコットランド人を祖先に持つ血がそうさせたとか。
日本人だったらとてもできん。

ん?
しかし、浴衣をはじめとする着物もロングスカートと言えなくもないか?

お遍路さんの階級について、彼は当然歩き遍路の目線で観ている。
「身分」の順でいくと、
①野宿の歩き遍路
②民宿に泊まる歩き遍路
③自転車遍路
④車遍路
⑤タクシー、バス遍路
の順に偉いのだそうだ。
わしは②の区切りなので2.5くらいの身分なんでしょうか・・・
歩く人は皆、車バス遍路を見下す傾向にありますね。
昔の遍路は全て歩き、野宿もあたりまえだった頃のことを考えると
この身分は当然といえば当然

遍路修行とは札所だけを回るスタンプラリーではなく、
札所から札所の間を歩くことが修行であり、山あり谷あり、
時には100km近くを歩くことこそ修行の姿なんでしょうね。
自分と向き合うことができる。

わしがバス遍路に閉口するのは
納経所に山と積まれた納経帳
添乗員さんがバスを降りると一目散に納経所に駆け込んで
納経所を占拠しているありさまです。
それだけ。

それ以外は、皆熱心にお勤めしているし
それぞれの「祈り」をしている。
宿坊では整然として集合時間をきっちりと守っている。
バスツアーの人たちもまるでお寺の大師講のごとき。
本当の不動教会の戒律厳しそうな講の人たちも見た。

車やバスの人たちと話す機会があると、彼らは一様に
「私も一度でいいから歩いて廻りたい」と言う。
これは心の底から発せられた言葉と受け取った。
この気持ちがあれば無理に歩かなくてもいいのではないかと思います。
どうお遍路と向き合うかの問題だと思います。

車遍路では、時々行儀の悪い人たちを見かけるが、
本当に心がけの悪い人は、わざわざ四国へ来て廻るもんか。
四国へ来るという行為だけで立派なんじゃないかな。
お大師様との縁によって。

わしも2周目は突撃車遍路だったので、
多少の居心地の悪さを味わいました。
歩き遍路さん達に気後れする気持ちを味わいました。

でも「歩きは偉くて、バスは邪道だ!」
なんては思いません。
時とともに風俗、文化は変遷するものです。
古いものを守ることも大切ですが、
だからといって新しいものを見下す姿勢は感心しません。

日本人以外の人が書いたお遍路本を読んでこんなことを思いました。



これと、前の文章は難波のネットカフェで書いています。
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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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