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アームレスリング選手権

日常の風景
平成29年8月26日(土)、27日(日)
裏京都市から堺市に単身赴任して3年経ちました。
やりたい放題やっているが、あまり家を留守にする事はできんなああああ。
60になったら今の仕事をやめて家に帰ろうか、と考えるこの頃。

去年は息子が結婚して初孫!
父親が亡くなり、葬儀
そしてお遍路では先達になった。
色々あった年でした。

今年は父の一周忌とお盆


なにはともあれ家族のご機嫌伺いに裏京都市の家に帰ろう。
今回は楽しみにしていたイベントがあるのですよ。



平成元年産まれの長女は、去年の弟の結婚に少なからずショックを受けていたみたいです。
それが原因かどうかわからんが、
今年の初めから職場の先輩の紹介でお付き合いをはじめたようです。
高校の教師でレスリングのコーチ
専修大学でレスリングをしていたようで日本代表にもなったそうな。

わしと家内は臨床検査技師、娘と息子は看護師、息子の嫁は作業療法士と
我が家は医療関係者ばっかり集まったので
久々の格闘技系の人材です。
何度か我が家に来て食事をしているが、差し向かいで酒を飲んでいない。
それに彼氏はわしと腕相撲をしたいと言っているようです。

まさかまさか格闘技の現役選手と腕相撲やっても勝てるはずがないですがな。
力比べはお付き合い程度に・・・するのが年齢相応でしょうね。
特に日頃からウエイトトレーニングしているわけではない。
かえって肘と肩を壊してしまう。

ただ
仕事でペットボトルの処理をするときに、足で踏んで潰さずに
手で握りつぶす事は意識してやっています。
筋力鍛錬は末梢から、というのを聞いたからです。
これは筋肉の衰えを防ぐためなのです。

夕方、レスリング教室が終わって彼氏がやって来ました。
「お望みの腕相撲をやろう」
「え!やってもらえますか!」
勝てる気はしませんでした。
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レディー、ゴー!










うおぉぉぉぉぉっ








ダ~ッ!










自分でも信じられない結果でした。
左右ともにわしの完全勝利
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レスリングは体重制ですからね。
わしが勝てたのは彼が軽い階級だからかな?
それに使う筋肉も違うしね。

彼氏はショックを隠しきれないようでした。

でも

「わしに勝ったら結婚を許す」

のような傲慢なオヤジではありたくなかったので
最初からそう言う気はなかったのですよ。
本人の気持ちを尊重します。
早く娘にプロポーズしてくれんかなあ。女性を待たせたらあかんよ。
結婚は本人同士の気持ちが一番大切なんです。

勝負の後は夕食タイム
今回はわしの得意料理「海軍カレー」とポテトサラダです。
辛いものが苦手と聞いていたのですが
両方ともお替りしてたいらげてくれました。

食後は念願のお酒タイム
ジントニックを飲んでもらいました。
わし、家内の実家に最初に挨拶に行ったとき、オヤジさんから
酒をしこたま飲まされて潰れてしまったのです。

ですから彼氏には酒を無理強いしたくない。
ひたすら手酌で飲んでもらいました。
息子とも酒を飲んだことがなかったなあ。
なんか嬉しい。




帰省するとすることがたくさんあります。
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7月に摘んで干しておいたドクダミを取り込みます。
これはお茶代わりに飲むのですが、毒消しとして昔から用いられています。
息子のアトピーもこれで治ったような気がしますよ。
あちこち需要があるので毎年作らねばなりません。
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東京神田の古書店から本が届いていました。
1974年6月号の別冊少女コミック
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お目当ては掲載されている萩尾望都の「まんがABC」
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萩尾望都の本音が赤裸々に語られたレアな作品で、
作品集には掲載されていない幻の作品です。
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昔妹がスクラップしていたんですが、どこかにいってしまった。
「お兄ちゃんに貸したはずやけどもなあ」
わしが失くしたかもしれんと思っているようじゃ。
先日お盆で会った時にも言われました。

癪なのでネットで検索したら僥倖でヒットしたんでポチッと買っておきました。
どうだ!これなら文句ないやろう!
でも、古書なので結構値が張りました。
10月の父親の一周忌に持っていく予定です。



さて、翌日はカーチャン孝行のために食事に行きましょうかね。
娘も一緒に来ます。彼氏とはデートせんの?
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隣町にあるちょっと有名な料理屋さんに行って
うなぎ御膳を食べてきました。
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結構なお値段でしたが、うむ、なかなかの味です。
窓の外には川が見えて、川鵜が数羽いるのが見えて、
時々水に潜って魚を取っているようです。
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そのあとは近くの温泉に行ってゆったり。

9月はお遍路関連の行事が目白押しで帰省できないので
せいぜいカーチャン孝行をさせていただきました。

さて、娘の結婚式はいつになるのでしょうね?


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2017年お盆の行事

今年の夏は昨年10月に亡くなった父親の初盆です。
何気に「初盆」という言葉を使ったが
我が家は浄土真宗本願寺派(西本願寺)なので、
お盆という行事は本来ないのです。
「門徒物知らず」の我が家に於いては母をはじめ兄も暗中模索状態です。

父親は生前から神仏が嫌いなようで、
初詣に西国三十三ヶ所結願所の谷汲山華厳寺に行く以外はどこにも行かず
神仏に詣でる作法などはきちんと教えてもらわなかったような気がします。
母親の実家は神道で、もとより仏事には詳しくありません。

父親の本家では、父親が亡くなる1ヶ月前に伯母が亡くなっており、
諸々の仏事は本家のやる事を真似すればええんや、
という考えになっていました。
そうやろうね。それが妥当です。

葬儀からこっち、わしなりに仏教と浄土真宗、お盆(盂蘭盆会)について勉強し、
この歳になって初めてきちんと浄土真宗と向き合いました。

わが国では仏教伝来以前から死者の霊がこの世に戻ってくると信じられ、
それが仏教の盂蘭盆会の時期と重なり、先祖の霊を家に迎えてお供えや
読経など供養をしてあの世へ帰すという行事として定着したようです。
ですから、本来のお盆(盂蘭盆会)とは異なる行事が、あたりまえの様に行われています。

浄土真宗の教えに生きた門徒は、迷いの世から解き放たれ、極楽浄土におられるのですから、
お盆の時だけ帰ってきて、子孫の供養をうけるような事はありません。
「盆棚」「迎え火」「送り火」「精霊流し」などはないのです。

とゆうてもお盆にご先祖を敬う行事が無意味ではありません。
一族皆揃って仏前にひざまずいて先祖や亡き人を偲びつつ、
賜った生命の尊さを確認するのは意義のあることです。

我が家は土地の風習に従って盆提灯を飾りました。
迎え火が提灯に置き換わった岐阜県の風習である、と民族学者が言っていました。
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みんなが集まって亡くなった個人の事を賑やかに話し合うことは
何よりの供養ではないだろうか。

若い頃読んだ徒然草の三十段に、

亡くなった人の事を覚えている人のいるうちはいいが
その人たちもいなくなってしまうと、もう知った人もいなくなり、
墓参りする人も絶えてしまうと、墓は苔むして
訪れるのは夕べの嵐、夜の月だけとなってしまう。

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なんという無常観でしょう。


ですから墓がどうとか永代供養がどうとか言っても
故人を知らない人は心から拝んでくれるだろうか。
わしも顔も知らない祖父や祖母の墓に詣でても、形ばかり手を合わせていただけでした。



閑話休題





8月10日(木)
単身赴任先の堺市から、仕事が終わり荷物を抱えて1700から列車を乗り継ぎます。
南海線~地下鉄御堂筋線~新幹線~名鉄羽島線~高速バス八幡線
わし、乗り鉄なんでこういうの好きなんですよ。
2100に母親が独り暮らしている岐阜県関市の実家に着きました。

まず、父の仏壇にお供えを供えて
真言宗の数珠を繰って般若心経をあげます。浄土真宗で般若心経・・・?
いいやんけ。仏様は気にしてはいません。

母親は四国八十八箇所を歩きたかったそうですが
生前父親がお遍路に興味を示さなかったために行くことが叶わなかったんです。
いずれわしが連れて行かねば。


8月11日(金)
朝から母親が細々とした家の用事を言ってくるので汗をかきながらこなす。
今日の昼食は?という話になったとき、鮎が食べたくなりました。
わし、毎年夏になると鮎が無性に食べたくなるんですよ。
亡き父親は鮎つりが大好きで、毎年鮎をたらふく食べていました。

「鮎を食べに行こう!」

近くに住んでいる兄がやってきたので、
あらかじめ調べておいた岐阜県関市洞戸の板取川沿いにあるヤナ場の鮎料理店に
ドライブがてら行こうかね。

中学校の教員だった父親の転勤に伴い
岐阜県の山奥を転々としていて、ここも1年間暮らした場所なので、
懐かしい・・・かな?
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日照時間4時間という村の川原に沿ってキャンプ場が多く、
三連休の初日ということもあり、大変な賑わいです。
沢山ある鮎料理店も満員!
受付だけ済ませてしばらく川原を散歩しつつ順番を待ちます。
昔は夏休みには毎日ここの川原で遊んでいたなあ。涼しい風が吹きわたる。

待った甲斐がありました。
鮎の煮浸し、小鮎の南蛮漬けに始まり
空揚げ、刺身に続いて
塩焼きと鮎が続きます。まだ鮎が動いているのを目の前で焼くのです。
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「あっ動いてる動いてる!」

周りの席から子供の叫び声が聞こえてきます。
こんなに鮎を食べたのは初めてで大満足!
〆の鮎雑炊が出る頃には鮎でお腹が一杯になっていますよ。

大満足して店を出たら、
道を車がひっきりなしに通る。
こんな山奥でなにかな?と思ったら、この近くに「モネの池」があったのです。

なんと!
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岐阜県関市板取にある「名もなき池(通称モネの池)」です。
この池は、SNSで急速に広がり、多くの人たちが押し寄せてきました。
いい村おこしになったでしょう。
道の両側には大きな駐車場があり、地元の人が稼いでいますよ。
まさか「モネ饅頭」や「モネ煎餅」はないやろうなあ。
と思ったら喫茶店には「モーネングセット」があるよ。

ちなみに、向かいの山を越えた方角の岐阜県関市下之保には「平成村」があり
元号が平成に代わった時に大いに賑わっていました。
そこもわしの故郷のひとつです。

故郷は山ばっかりや。

ドライブの帰りに夕食の食材、ビール、明日の作業のために草刈機の部品などを買い、
家に戻りました。

食事担当は、わし。

父親の好物だった鰻丼を作り、仏前に供えます。
去年亡くなる前、最後に食べたのが鰻なのです。

この晩は母親と兄とわしの3人で語りながらお酒を飲む。
葬儀の際に父親のお棺に入れた物は、わしが四国遍路で貰ってきた判衣と金剛杖、それに本山寺で買った六文銭
判衣を着せようとしたら浄土真宗の坊さんが嫌がったので足元に掛けるだけにしました。
それからそれから、わしが江田島の幹部候補生学校で被っていた部隊識別帽を入れたなあ、
孫達は折鶴を沢山折って入れたなあ、

なあんてことを夜遅くまで喋っていましたがな。



8月12日(土)
特にお盆といっても何もする事はない。
朝早くに庭の花を採ってきて仏壇に供え、盆提灯を飾りました。

朝食を済ますと家の庭と裏にある畑の草刈り作業が待っていました。
お盆の時期に集まる人達は、墓参りの他は何もする事もなくゴロゴロというのが定番ですが
今日はそうもいかん。
労働力なのです。

畑は兄が毎週末に手入れに来ているのですが
それでも夏草の勢いはものすごく、ジャングルになってしまっている。
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父親の着ていた作業服に身体を押し込んで草刈機を始動する。おお、動いた。
蒸し暑い屋外で草刈機を無心に動かしていると汗が滝のように流れます。
ちょっとボ~ッとしてきます。
しかしなんとかお昼前に終わりましたよ。

お茶を飲んでも飲んでも喉が渇く。
どんだけ汗が流れたのか。

昼食時には妹夫婦が末っ子1人連れてやってきました。
末っ子といっても大学3年、それに兄の嫁も来ました。
あっというまに大人7人が食卓に揃い、チラシ寿司と冷麦で賑やかな昼食になりました。
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わしら兄妹3人揃うと話のネタは尽きず、午後一杯は食堂の椅子に座ってダラダラお喋りしました。
10月の一周忌、11月の本願寺での納骨の予定も決まりました。
身体を動かすことなく昼食、おやつ、夕食と食べ続けたので
せっかく減量しているのに体重増えたやろうなあ・・・
夕食はわしの作った「海軍カレー」ですがな。

賑やかに皆で喋っているので亡き父親も喜んでいるでしょう。
認知症の時期が10年と長かったが90歳の大往生なので
楽しい思い出ばかりが残ります。

また、今まで知らなかった母親の実家の事も、今だからこそ聞かせてもらいました。
母親の母親の実家は大きな呉服屋だったそうで、花嫁衣裳は持参してきたそうな。

「まだある?」
「あるよ」
「見せて!」
「ええっ、見るんかいね・・・」

嫁入り道具の桐箪笥から、打掛と帯が60年ぶりに出てきました。
なるほど、いい品物は長持ちするなあ。
これ、孫の花嫁衣裳にならんかなあ・・・なんて考えます。
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8月13日(日)
わしの滞在最終日、わしの予定に合わせて兄と妹の家族が昼に集まってくれました。
仕事の都合で全員とはいかなくても、大人数です。
椅子が足りませんやね。

そうそう、忘れてはいけない「お盆玉」
まだ学生が3人いるのでオヂサンの務めとしてあげなくてはいけませんね。

そして嬉しかったのは、甥っ子達がプラモデルを作っていること。
ほんの僅かの時間でしたが、
ひさびさにプラモデルの話ができましたがな。
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実は、この場面には兄の長男しかいなかったが、妹の長男の話も別に聞いていたので
架空の場面をコラボさせていただきました。

久々の実家で里心がついてしまい、もっと長く居たいなあ、という思いを残しつつも
帰らねばなりません。
兄の息子が新岐阜駅まで車で送ってくれました。
甥っ子は大学院でバイオを勉強しているし、姪っ子は薬学部に行っているので
わしとは理系の話が共通項で、なんとか話についていくことができましたがな。
若い人と話すのはいいねえ。

お年頃の姪っ子は、自分の親父と喋るのは嫌がっても
叔父さんと喋るのは問題ないようでした。

このまま堺市の単身赴任先に帰ります。
今回わしの家族は勤務の都合上合流できませんでしたが
10月の一周忌には皆揃うでしょう。
その時にはひ孫の顔を見せてあげられます。

それまで、お楽しみに・・・

おきらく遍路旅 通算8周目 18番恩山寺、奥之院金磯弁才天~23番薬王寺


おきらく遍路旅 通算8周目
18番恩山寺、奥之院金磯弁才天~23番薬王寺
平成29年8月5日(土)

夏が来て毎日蒸し暑いし、台風は発生して九州四国に近づいてきますが
今日も今日とてお遍路に行きます。

8月4日は自分の57歳の誕生日です。
仲間からお誕生日メッセージがたんときました。
皆様ありがとうございます。

夜のうちに徳島へ移動しておき、定宿の「サンルート徳島」にチェックイン
今夜は「びざんの湯」には入る気がしなくて、そのまま寝ました。

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8月5日(土)
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朝から暑いね~。湿気も多い。
しかしながら徳島の街は阿波踊りを控えて熱気が渦巻いているような気がしますよ。
そのせいで余計に暑いかも?

0545発の阿南行きローカル列車に乗り、「阿波赤石駅」で降ります。
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今日はまず、18番恩山寺奥之院の金磯弁才天に行く予定ですがな。
小松島市金磯町の海岸線にあり、もとは島だったそうな。

小松島も阿波踊りで沸き返っているような気がします。
自販機の飲み物も阿波踊り。
一本飲んで景気をつけましょうかね。
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あらかじめ道順を調べておいたのですが
河口近くの複雑な地形で、橋がいくつもあり現在位置を確認して渡るんですが

駅で降りて橋を渡って・・・・
順調に歩いていったつもりなんですが
道路に掲げられている表示を見て「あれ?」
このままいくと阿南に行ってしまう。
スマホで位置を確認すると、最初に渡る橋を間違えてしまったあああああ
逆方向に進んでいました。

すでに蒸し暑いので汗をどっさりかいてます。
道を引き返し、振り出しに戻る。かなりの時間のロスになっちまった。
気を取り直して「正しい」橋を渡り金磯町に入る。

いちど道を間違えると、
ほんまにこの道でええんかいなあ?と疑心暗鬼になります。
おへんろシールがあるわけでもなし、奥之院巡りは難儀ですねええええ。
道に沿って歩く事数十分
「南小松島駅」の看板が見えてきました。

ああっ
行き過ぎた!
またやらかしてしまった。

何故かこの地では何度も方位を失ってしまう。
ここはわしのジャイロが狂う原因がどこかにあるのか?
以前「南小松島駅」から降りて恩山寺に行くとき、
方位を完全に見失ってしまった経験があります。
恐るべし、南小松島

海岸線に沿って引き返す。
おお、こんなところに競輪場があるんやね。
日新四国工場の門にいた警備員さんに
「あの~、弁天さんへは、こっちでええですやろか?」
「ああ?コンビニはまだ開いてないよ」
「いえ、金磯弁財天様です」
「ああ、それならこの道をまっすぐや」
「ありがとうございます」

多少不安はあったものの
海岸線を西に向かって歩くとそれらしい雰囲気になってきました。
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車両通行止めの遊歩道と東屋が見えてきて、
やがて昔は島であったろう、こんもりと盛り上がった岬が見えてきました。
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おお

艱難辛苦の上たどりつきましたがな。
当初の計画では0646にここに到達するんでしたが
今0746
きっちり1時間のロスです。
今後の計画の変更を余儀なくされそうですなあ。

18番恩山寺奥之院金磯弁才天着he8-2a-07a.jpg

地元の人の信仰を集めているのでしょうか、
朝早いのに散歩がてら参詣に来る人が多い。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
境内にある縁起を記した碑より抜粋

僧空海が恩山寺に於て修行の砌り東方海上の離島に龍燈をみとめ、
船で島に行くと一柱の女神を拝しました。
空海はその女神と一晩法話を交わし、東天の白む頃、
女神は「我は太古よりこの海域を守護いたす弁財天なり」
と宣い白龍と化して海中に入られました。
空海は慎みて此の地に弁才天を鎮祭しました。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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民俗学者の五来重によると、ここはもと島であり、
辺路という海岸を巡る信仰としては最も典型的な場所にあり、
最初は薬師如来を祀っていたそうですが、
いつのまにか弁才天になっているとか・・・
でもこの場所は弁財天がしっくりくるような気がします。

こじんまりとした本堂があります。
彫刻はなかなか凝ったもので、これは浦島太郎かな?
屋根の修理中のようです。
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境内にはアコウの木が数本自生しています。
自然分布では北限と紹介されている貴重な木で、
幹からたくさんの気根を出しているのがわかります。
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境内には霊気が漂っているのかいないのかわかりませんが
清々しい気分になりにけり。

さて次の恩山寺を目指して歩きましょう。
遥か向こうに見える山を目指して行けばいいのですが、今日は気温も湿度も高い。
汗が「ボタボタ」流れてくるのがわかります。
河口の田園地帯は日を遮るものもなし。
時折稲穂を渡る風に一息つくが、田圃の中は暑いものなんだなあ、
とつくづく感じます。
頭がボ~ッとしてきました。こりゃあいかん。
汗といっても水ではない。貴重な体液が流れて出ていくのです。
失われた電解質を補充すべく塩飴を舐めながら麦茶を飲みヨロヨロ歩く。


0904
18番 恩山寺着
仁王門が見えてきました。
おや?仁王門の屋根が綺麗になっていますよ。
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雑草が綺麗に取り払われています。
個人的には草ボウボウの屋根のたたずまいが好きなんですけど、ね。

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糜爛樹の脇の旧遍路道をいつも登るのですが、
今日はなぜか道路を行く気分になり、アスファルト道を歩いて行くと
駐車場に愛媛ナンバーのジャンボタクシーが駐車していますよ。

もしや?

と思って道を歩いて行くと、白装束の一団が降りてきました。
見知った顔を見つけて
「おはようございます!」
「おお、おはようございます」
H大先達の率いる三和会の皆さんでした。
10人ほどの皆さんに紹介していただき、納札の交換・・・
次から次へと納札が飛び交う。
H大先達さんからは錦札をいただきました。

ああっ

わしのオリジナル納札は5枚しかない。
あとは、すいません。扇屋さん謹製の納札でご勘弁ください。
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皆さん錚々たるベテランお遍路さんで、こちらが恐縮します。
水を2本とお握りのお接待をいただきました。
ありがとうございます。

元気百倍
本堂に行ってお勤めします。
実は半年前にここで輪袈裟入れを落としたみたいで
納経所で、もしやと尋ねてみたんですが、やはりありませんでした。

さて

次の立江寺、歩いていこうか・・それとも。
最寄の「恩山寺前バス停」で確認しておいた立江行きバスの時刻は1002
おお、ちょうどやねえ。
ちょっと体力に自信がなくなってきたので
無理せずにバスで行くことにします。

やってきたバスには判衣を着た御刀自様がひとり。
立江寺まで行くのかな?
バスの車内は冷房が効いていて汗びっしょりの服が冷えて寒い。
それに座席が濡れてしまいました。ごめんなさい。

「立江小学校前バス停」で降りたのはわしだけ。御刀自様はどこまで行くのかな?
立江餅を売っているお菓子屋さんを横目で眺めつつ・・・

1019
19番 立江寺着
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バスを使っても当初の計画よりも遅れているなあ。
山門脇のベンチに座ると、汗でベンチがべっとりと濡れる。
ごめんなさい。

暑い中、お遍路ではない家族連れが参拝していますよ。
お盆が近いなあ。夏とお寺と参詣者は日本の風物やね。

計画ではこのあと19奥之院取星寺まで3km歩いて行き
そこから4km先の「羽ノ浦駅」まで行き、列車で薬王寺のある「日和佐駅」まで行く予定なんですが
今回は暑いから無理せずに、取星寺は次回の冬にしようかな。

「立江駅」に行き、1121の阿南行き列車を待つことにします。
結構時間があるので、風の良く通る駅のホームで白衣を脱いで乾かす事にしましょう。
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貰ったお握りを食べながらしばらく駅でボ~ッとする。
こういう時間を持つのは贅沢なことなんやなあ、とも思います。

やってきた列車に乗って1140「阿南駅」に着き、40分ほど駅で待ってから
1223発の海部行きに乗って「日和佐駅」まで行きます。

途中田井ノ浜の海水浴場が見えますが、
今日は台風の影響で遊泳禁止になっていて、
「せっかく来たのになあ~」といった風情の人たちが
白波の立つ海を見つめていました。
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1301「日和佐駅」着
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ついさっきまで雨が降っていた雰囲気で、地面と空気が湿っています。
列車内の冷房で冷えたカメラのレンズがたちまち曇ってしまいました。
海水浴の人達でしょうか、道の駅には沢山の人がいますよ。
お遍路装束が珍しいのかなあ、視線を感じつつ、
目の前の薬王寺を目指します。


1315
23番 薬王寺着
ここも厄除けで有名なお寺なので親子連れの参詣者が多く見られます。
湿度が高いので階段を上がっていくと汗が噴き出してきて
せっかく乾いた衣服も濡れてしまいますね。
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白衣を着た車遍路さんたちも、ちらほら見られます。
車ならばこの先室戸岬まで行くのかな?

立江でお握りを1個食べたので、そんなにお腹は空いていないが
門前のうどん屋さんで遅い昼食にしますか。
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とろろたぬき冷やしうどんをいただきます。
冷たいのでツルツルッと食べやすい。

「日和佐駅」に行き、風に吹かれて目の前の日和佐城を眺めながら
またしてもボ~~~ッとする。
この「ボ~~ッ」がおきらく遍路旅の醍醐味です。
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1421発の列車を待って乗り、1444「新野駅」着、2km歩いて


1520
22番 平等寺着
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今回の旅の終着地です。
アジサイと紅葉の入った手水鉢を見て女性3人連れが
「きゃ~、きれい」
「センスいいよね~!」
何日くらいのサイクルで中身を替えているんでしょうかね。
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納経所には「宿泊できます」の張り紙が。
「ここは素泊まりですか?」
「食事も出ますよ」
宿坊ではなく、民泊なんですって。
「シームレス民泊」だとか。
そうなんですかあ。今度泊まってみたいなあ。

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今日のお宿は門前脇の「山茶花」です。
いつも素通りしてしまうので、気になっていたお宿だったのです。

「こんにちは~!」

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わしが一番乗りで、広い部屋に通していただきました。4人ぐらいは相部屋で泊まれそう。
早速洗濯とお風呂を使わせていただきます。
テーブルには冷水の入ったポットが置いてあるのが嬉しいなあ。
さっそくグビグビ飲ませていただきます。

廊下の本棚には鍼灸整体カイロの本が沢山あります。
ここはもともと鍼灸院を隣でやっていたんですって。
今はやる人がいないそうで・・・

夕食まで寝っ転がってテレビを眺めて時間を潰す。
6時の夕食に食堂に集まってきたのは4人
オヤジさん2人に大学生、それにわし。
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大学生の彼は夏休みに歩いて廻る予定ですって。いいなあ。
オジサンの一人は初めてのようです。杖が新しい。
もうひとりのオジサンは何回か廻っていて、バス列車を効率よく使っているようです。
わしと意見が一致したのは歩きに固執しなくて楽しく廻るということ。

聞かれもしなかったので自分が先達だということは黙っていました。

通しの歩き遍路さんたちにとって心配なのは台風5号の進路で、
このままの日程でいくと室戸岬の手前あたりで足止めされてしまうようです。
無理して歩くよりも民宿で1日骨休めしてもいいのかもね。

美味しい食事で腹が満たされ、しばらくワイワイ喋ったあと
部屋に戻ってさっさと寝ました。


8月6日(日)
今日は帰るだけの日です。
朝食を6時にいただき、さっさと出発しました。
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平等寺のミニ八十八箇所巡りにも興味があったのですが
朝からこの暑さ、汗だくになるので半年後に巡ることにしておきましょう。

「新野駅」まで歩き、0731発徳島行きに乗り
0818「徳島駅」で降りて
駅前バスセンターで大阪なんば行きバスを調べたら
0845発が買えたので、それに乗って四国を後にしました。
幸い台風の影響はまだなく、帰りは順調です。

暑い暑い夏のお遍路は暑さとの勝負ですね。
無理して熱中症になったら元も子もなし。
テキトーに無理なく歩く事が肝心です。

8月のお遍路はこれでおしまい。
来週は父親の初盆で帰省します。
浄土真宗なので初盆といったものはないのですが
兄弟家族が集まって亡き父の思い出を語る、といったとこでしょうか。

9月は先達大会やお遍路勉強会で予定満載なので
それまではお四国はお預けです。
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他人への批判

s-他人への批判

最近わしのブログも色々な人が見に来てくださり、ありがたいことです。
しかし
時々無責任な書き込みを匿名で書いてくることがあります。
言いたいことがあれば堂々としてきなさいよ。
コソコソしている発言は削除します。

20年前に始めたパソコン通信から始まり
掲示板には同好の志が集まり、
共有するテーマについて熱く語り合ってきました。
意見を交換しつつ、
お互い認識を深め合うのを楽しんでいましたが
そこには炎上も発生していた。

人が集まればそれだけ価値観もあり、
意見の合わないこともあるが
あくまで相手の価値観を尊重するべきです。
自分の価値観が至高のものだと思い込み
他者を一方的に批判したり
それを押し付ける輩が時々出現する。
また、人と会話ができないような程度の人間も多数いる。

その存在は
ともすれば馴れ合いに陥りがちなコミュニティに
スパイス的な刺激を与えてくれる。
どう荒れるのか?どんな決着を見るのか?
悪趣味ながらも楽しみにしてもいた。

炎上して荒れる事はあるがそれは一時
会話が成り立たなく、悪口の言い合いになったり、非難の応酬になったり。
結果、後ろ足で砂をかけたり、
被害者意識だけを抱えてコミュニティから消えていく。

そんな連中をチャット、掲示板、mixi、
そして今はfacebook、ツイッターと延々山ほど見てきました。

インターネットの普及で、
誰もが自由に意見を発信することができるようになった。
本来意見を発表する価値のない輩が巷に溢れかえり、
覚悟のない無責任な発信を繰り返す。

自分の意見を開陳するときは、きちんと勉強して自分で考えて
そして覚悟を持って行うべきです。
わしはSNSやブログでは覚悟を持って自分の意見を書いています。
当然異論もあるでしょう。
意見は受けます。
しかし、何処の誰か解らないような人の意見は受け付けません。

実名で参加するSNSもあるが、
匿名で書き込むことができる場所では
無責任な、卑怯な書き込みをする者のなんと多いことか。

ネットでしか社会との関わりを持てない者だけかと思いきや
最近はいい歳をした年寄りもこの傾向があるのは嘆かわしい。

意見を開陳するときには覚悟を持って行ってもらいたい。
天知る地知る人ぞ知る。

お天道様がちゃんと見ていますよ。
s-不動明王呪

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おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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