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わしは鉄っちゃん

01鉄っちゃん

わしは鉄っちゃんです。
どんなかというと、
「線路を見るのが好き」な鉄っちゃんです。

子供の頃住んでいた、
岐阜県の山奥の村には線路はありませんでした。
山を越えて隣の美濃市とか関市に行くとき、

道路沿いに国鉄越美南線とか名鉄美濃町線の
線路が見えてきたら大興奮!
兄と車窓から顔を出して
「大発明だ!」
と意味不明の符牒を叫んで見え隠れする軌道を
一心不乱に見続けていました。
03海部行き

名鉄が岐阜市内に入って路面電車として道路と一体化すると
興奮はMAXで、
世の中にこれほど魅力的な造形はない、と
うっとりしながら見つめていました。
ただひたすら、線路を見つめて満足です。

幼い胸に、村には存在しない鉄道が、
非日常的な存在として
深く刻み込まれていたのでしょうね。

岐阜市内にある
蒸気機関車の操車場を見に連れて行ってもらいましたが、
不思議と興奮はありませんでした。
ターンテーブル上で回転する機関車を見ても、
「おおっ」と思いましたが心がときめきませんでした。
02E10.jpg

毎年お正月には、
西国三十三箇所結願寺の谷汲山華厳寺に初詣に行き、
その帰りに、岐阜市内の模型店に連れて行ってもらい
握りしめたお年玉で買ったのは
蒸気機関車のプラモデル
C-62とかE-10などです。
兄は9608やD-51を作っていました。
拙い出来栄えですが、機関車を見て満足はしましたが、
やはりどこまでも続く線路の魅力には勝てません。

時は過ぎ、兄は時刻表マニアになり、
時刻表を常に横に置き、
「旅と鉄道」を買ってきては読んでいました。
わしはミリタリー趣味が嵩じて
「COMBATマガジン」創刊号から買うようになっていました。

その頃は「鉄っちゃん」とか「オタク」という呼称は存在せず、
次第に鉄道から興味が薄れてきていましたが、
ふとした山中などでトロッコのレールを見つけると
心がときめいて、どこまでも線路の道を
辿って行きたい衝動を
抑えることができませんでした。

やがて山奥の村からちょっと開けた町に引っ越すことにより、
国鉄とか名鉄の電車が日常の風景になり、
子供のころの素直な感動は表に出てこなくなりました。


それから幾星霜

04海部駅

お遍路を初めて最初は、
ガチガチに歩きに拘り、
ひたすら歩くことにお遍路の存在意義を求めていましたし、
その自分を確認し、車遍路バス遍路を見下していました。
05唐浜駅2

歩きの二巡目にかかろうと思っていた時、
家田荘子さんの電車・バス「コラボ歩き遍路」の記事を見つけ、
天啓を受けたような気がしました。
歩くべきところは歩き、
利用できるところはバス・列車を使う。

これはいいねえ。
10宇和島新幹線

時間がたっぷりとある若者や定年後の人達に比べ
働いている人達は、休日を有効に使いたい。
もちろん、全部歩いてもいいよ。
列車に乗るなんて素敵じゃないですか。
11今治駅


四国にはローカル列車が多い。
第三セクターの鉄道も、路面電車もある。
小規模な鉄道会社は、
実に味わい深いねええええ。
12琴電長尾行き

楽しい、楽しいぞ!

鉄道はすばらしい。
13琴電志度線

特に松山市内でJRと伊予鉄が直角に交わる
「ダイヤモンドクロス」を観たとき、

「大発明や・・・」

と、無意識につぶやいていました。




06土佐くろしお鉄道デッキ
土佐くろしお鉄道のデッキ車両、本当はデッキに出て
はしゃぎたかった。

線路を見るだけでも楽しいのに、
乗り鉄も楽しいなあ。

07高知波川駅
ああ、鉄道はすばらしい。
キハはすばらしい。クモハはすばらしい。

鉄道で廻るお遍路もまた、すばらしい。

08平田駅
わしはこの幸せをかみしめながら
今日もお四国を廻るのです。
09平田から宿毛へ
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歩き遍路4巡目(通算5巡目)12番焼山寺

歩き遍路4巡目(通算5巡目)12番焼山寺



平成28年
1月8日(金)

徳島県内を歩く際には、
いつも前日の晩に徳島に入っておきます。
「なんばOCAT」1750発の徳島駅行きに乗るので
仕事が終わってダッシュ!で電車に飛び乗る。
なんばタウンを速足で急ぎ、バスの時間に間に合ったが
夕食を食べる暇がなかった。

2020徳島駅に着く。
車窓から「つけ麺」の看板が見える。
(降りたら行ってみよう・・・)

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「三八製麺所」つけ麺780円、
「大盛りは無料ですが、どうされますか?」
むろん大盛りです。

麺にスダチが乗っているが、
わし、この取り合わせは苦手なので
ちょいと脇によけておく。
こってりした海鮮濃厚スープに太い麺がよく絡む。
こんな時間に満腹していいのか?
おっと、食べログになっちまった。

夜中に食事するもんじゃないけども、
明日は盛大にカロリー消費するからいいか。
徳島の定宿、「サンルート徳島」にチェックインし、
11階の温泉に入ってから寝ました。



1月9日(土)
0540「徳島駅」から始発に乗って「鴨島駅」に着く。
夜明け前の駅前にはタクシーが1台停まっている。
「藤井寺まで!」
「あいよっ」
いつもこの時間に都合よくタクシーがいるね。

焼山寺登山者がこの時間帯に降りてくるのを
駅前で張っているのだろうか?

0630
11番藤井寺境内もまだ暗い。
わしのヘッドライトが足元を照らす。
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誰もいない境内にわし1人。
夜のお寺は、神社ほど怖くないのはなぜか?

今回も無理せず、
「普通の人」の速度でのんびりいきましょう。

暗い山道を登るのは富士登山以来です。
何度も通っている山道なので迷いはしないが
初めての人には夜道は少々危険かも・・・・

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次第に東の稜線が白み始めてきました。
朝日を写真に収めようと考えているんですが
東の方角は山にさえぎられていて無理かな?
今日もいい天気のようです。

日の出を撮るタイミングを逃したまま、
冬の焼山寺登山道を登ると、
あたりはすっかり明るくなりました。
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そういえば、
「四国に熊はいない」
と、前回ご一緒したアルピニストの婦人から聞きました。
ふ~~~ん。知らなかったなあ。
絶滅したんかなあ。ほんとかなぁ。
それでも
イノシシ、ニホンオオカミの生き残り除けの為、
杖の鈴を盛大に鳴らしながら歩く。

高野山登山の際に、金剛杖に加えて登山用ストックを
使ったら、すこぶる按配よかったので、
今回もダブルストックです。

いつも緑の濃い時期に焼山寺に登っていたので
冬枯れの山道は風景が違い、
「あれ?この道だったっけ?」
と戸惑う事が度々ありました。
そういえば、
鯖街道でも冬に歩いた時、道を間違えてしまいました。


he5-3a-04.jpg
0800
長戸庵に着きました。
ここまではほんの小手調べ程度の山道で、楽しく歩けます。
ここの大師堂と登り旗の対比が好きです。
焼山寺道にはわししかいない・・・ような気がする。

尾根道を鼻歌うたいながら歩き、
柳水庵に至るまではまだ元気です。
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急な石段も、湿っていなくて滑らずに安全です。
もし雪が積もっていたらかなり危険ですね。
今日のお水は冷たくて美味しいねえ。

ああ、ここの宿坊がやっていたらなあ、と
いつもいつも思うのです。
誰か復活させてくれないかなあ?
誰かに頼らず自分でやればいいじゃん!と自分に突っ込む。

すぐ下に、綺麗な通夜堂があるんですが、
入口に不穏な貼り紙があるよ。
ススメバチかあ。

he5-3a-06.jpg
毎年やっている、
鯖街道の山小屋のスズメバチ駆除のために
仕掛けているトラップ「スズメバチホイホイ」を
仕掛けに来ようかね。
3月頃に女王蜂が冬眠から目覚めて活動するので
仕掛けるとしたら、その頃かな。

これだったら自分にもできる。

さあここから後半にかかります。
気合入れていきます。
だんだん足がおかしくなってきました。
柔道やっている時に肉離れした左太ももの筋肉が
ピクピクしてきました。いかんなあああああ。

今年は暖かい冬ですね。
気温があまり低くないので汗がダラダラ流れる。
しかし休憩していると急速に汗が冷えて体温が奪われます。
なので、休憩はこまめに短めにしておきます。

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杉を背負うお大師様の姿を今回も拝むことができて
幸せだなあ。

さあ最後のへんろ転がし6/6に挑む。
でも足がつってきたよ。まずいなあ。

he5-3a-08.jpg
足に気合入れながら登っていると
後ろから賑やかな声が聞こえてきました。
天狗様のような速さでトレッカーが登ってきました。
「あと少しです!がんばって!」
ピューッと抜き去って行きました。
すごいね~。

でも山登りは速さを競うもんでなし、
わしはわしの速度で登ります。

よれよれになって石だらけの山道を登ると
おお、焼山寺駐車場が見えてきました。
ここまで来れば境内までは、気分的にも楽になって
疲れも吹っ飛びます。

いつもいつも登っている時には
「もう二度と来るもんか!」
なんて毒づくのですが、登った後には
「また来よう!」
なんていう気分になり、
ネガティブな気持ちはお四国の空の向こうに飛んでいきます。

1200
12番 焼山寺着
5時間半かかりました。
まあこんなもんでしょう。

今年は帰省先でも単身赴任先でも
初詣をしていませんでした。
よって、ここ焼山寺が初詣の場所です。
正月早々大汗かいて山の上まで初詣にやって来ました。
「今年も精進しなさい」
というお大師様のお導きなのでしょうか。

he5-3a-10.jpg
これ、最近始めたインスタグラムで加工した写真です。
境内には人はいなく、貸し切り状態です。
清浄な空気を独り占めして、いい気持ちです。
ああ、来てよかった。

ところが

本堂でお勤めの際に
大金剛輪陀羅尼を忘れてしまいました。
あう~~・・・出てこない。
ええい、修行が足りんぞ!

慢心を反省しつつ大師堂でお勤めを始めたら
突如思い出して口からスラスラ出てきました。

慢心はいかんねええええ。

he5-3a-09.jpg
ついでに「先生」と呼ばれて
得意になって喜んでいる人は
誰と誰かな?
「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」

納経所では、閏年限定の散華を頂きました。
今年はこれ集めて歩くのが目標です。

降り道は、結構勾配がきつい。
そこで役に立つのは五尺の金剛杖です。
長く持って足先に突きながら安全に降ります。

沿道の風景で目につき、気になるのは
鮮やかなオレンジの実です。
ミカンかな?ユズかな?

he5-3a-11.jpg
落ちているのを拾って食べてみたら・・・・
酸っぱくて、苦い。
なんじゃこれは?
わしの知らない柑橘類の種類なんでしょうね。
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あとで旅館で教えてもらったんですが、
これは熟したスダチだそうです。
熟す前の青いスダチを収穫したものを使うんですね。
ですから、熟したスダチはそのまま・・・。
何かに使えないんでしょうかね。

焼山寺から3.4km歩いて「すだち館」近くまで
降りてきたら梅の花が咲いていました。
早咲きの梅でしょうか。
暖冬の影響もあるのでしょうか。
いい香りが漂ってきます。
he5-3a-13.jpg

「焼山寺バス停」で、
神山町営バスに間に合ったら
乗ろうかと思うんですが、
間に合わなかったら、その時はその時です。

バス停付近にお婆さんが座っている。
「おへんろさん、こんにちは」
「こんにちは。バス待っているんですか?」
「そうじゃよ」
「何時に出ますか?」
「1時15分。もうすぐ来るよ」
あっ本当だ。今1314・・・

おおっ
南無大師遍照金剛

1315
間もなく来た神山町営バスのワゴン車に乗り、
「寄井中バス停」まで行く。
おばあさんは食料品店へ買い物のため途中で降りました。
約10分で「寄井中バス停」到着
ここから徳島バスで大日寺方面へいく便は
1430発しかない。
まだ1時間以上あるよ。

では次のバス停まで歩くとしようかね。
30分くらい歩いて、「神山中学校バス停」まで行く。
考えてみたら次の「温泉の里神山道の駅」
までいけばよかったかな?

バス停脇に座り込み、疲れた足を労わる。
今日は疲れたなあああああ。
1434に来たバスに乗り約30分
「一宮札所前バス停」で降りて大日寺へ。

先達への推薦を快く受けていただいた金住職にご挨拶を
と思ったのですが
残念ながら14日まで不在です。
ああっ残念
各方面でお忙しい住職の予定をあらかじめ確認してから
大日寺に来なくてはいかん。

今日は16番観音寺近くの「栄タクシー」の善根宿に
宿泊する予定だったんですが
汗をかいた身体に冬の風が容赦なくあたり、
急に気力が萎えてきました。

ふと見ると目の前に「名西旅館」の看板が・・・
無意識に電話してしまいましたがな。
「あ、あの~、今日泊めてもらえませんか?」
「あ、いいですよ。もしかして今、前で電話している人ですか?」
「は、はははい」

ああっ意志の弱いわし・・・
いつになったら通夜堂、善根宿で宿泊できるんやろうか。

冬場はお遍路さんも少なく、
今日はお遍路さん3人と季節労働者さん3人だそうです。

さっそく汗に汚れた衣装を洗濯し、風呂に飛び込む。
ああ~~~、極楽、極楽
通夜堂、善根宿だとこうはいかないだろうなあ。
修行が足りないわしでした。

he5-3a-14.jpg
夕食では、またしても大飯3杯食べてしまいました。
山盛りよそおってくれるので、がっついて食べてしまう。
今日の疲れが食欲をかきたててくれます。

食堂に集うのは
車遍路のオジサン、歩きの若い女性、わしの3人
連休を利用して神戸から来た女の子は健脚で、
朝9時に11番藤井寺から始めて
5時までに13番大日寺に着いたそうです。
焼山寺は4時間くらいで登ったとか・・・
すごいね。アスリートだったのか?
わしのお手製納札と札所の絵を貰ってもらいました。
he5-3a-15.jpg

それにしても若いのっていいよね。
わしも高校のころは体重も標準以下だったので
御岳山は走るように登ったっけなあ・・・
でも今はボテボテのおっさん体型で、見る影もなし。
わしには今日と明日しかないので、
昔の自慢話は人にはしない。

今後の予定についてお宿のご主人を交えて
ワイワイ楽しく話したが、歩き遍路中心になってしまう。
やはり車遍路は情報量が少なく、ついてこれない。
時々口を挟もうとするが、歩きの本筋から離れてしまいがちで
オジサンは食事を終えたら早々に引き揚げて行きました。

宿の御主人が、13番から眉山の西側を通って18番までの
ショートカットの道程を地図を持ってきて教えてくれました。
眉山と負出山の間の県道208号を通って行けば
確かに眉山を大きく廻る必要なはい。
順打ちするときはこの道はお勧めではない。

最近わしはこの区間「府中駅」から17~13へと
逆に打っているのでこのルートはいいのかもしれんね。


1月10日(日)
今日は帰るだけの日です。
どこにも寄りません。
なぜって、わしは明日は祝日でなく仕事なんです・・・

朝食も大飯食べてから
0727「一宮札所前バス停」から徳島駅行に乗り
0755「徳島駅前バス停」着

あらかじめ買ったバスチケットは1000発
バスチケットセンターに行って
早い便に変更してもらおうと交渉したら
0800の便がありました。

おおっ、
南無大師遍照金剛

変更チケットを貰って、すぐにバスは出発しました。
そのおかげで
1100「南海なんばバスターミナル」着
そこから南海和歌山市駅行きに乗り
ねぐらに帰ってきたのは1145でした・・・

今回の旅は
焼山寺登山のみの行程でしたが
やはりキツいね。
足腰がミシミシいっています。

まだ鶴林寺と太龍寺が残っています。
いつにしようかな?

天国からの電話

最近読んだ本で特に気になったものです。
ミッチ・アルボム

ミッチ・アルボム著
「天国からの電話」
アメリカのミシガン湖畔のコールドウオーターという小さな小さな町で
ある日数人の人に
死んだ人から電話がかかってきた。
それは愛する姉だったり
アフガンで戦死した息子だったり
解雇した従業員だったり

彼らは
愛するものの声を聞き涙し
癒され
戸惑い
あるいは聞きたくない声に苛立つ

電話は金曜日だけにかかってきた。
しかし、彼らはいつ自分にかかってくるか分らないので
外出もできない。電話を握り締めてひたすら待つ。
あるいはかかってくるのを恐れ、電話を解約する。

教会の礼拝中に奇跡のことを発言したことにより
それは信仰の対象になっていく
なぜならば
「天国の存在」について語られるからだ
「ここでは、苦痛はいっさいないのよ」
「愛だよ、周囲の何もかもが、愛」
「終わりは終わりじゃない」
「怒り、後悔、不安・・ここに着いたとたんに、全てが消え去る」

この小さな町の聖職者たち
カトリックの神父、プロテスタントの牧師
彼らはこの奇跡を
受け入れるべきか、
あるいは狂信者の妄言か、
喧々諤々の議論をする。
なぜうちの教会信者に奇跡は起きなかったのか?
結局自分の教会の信者を増やしたいだけ?
聖職者の間でもドロドロとした思惑が入り乱れる。

コールドウオーターの人々は
自分にも天国から電話がかかってくるかもしれない!
そんなことあるもんか!

マスコミがこの奇跡を報道すると
全米から奇跡の恩寵にすがりたい人々がわんさと集まってくる。
天国と交信できる限られた形式の携帯電話を求めて
町の小さなショップに注文が殺到する。

ここに住めば天国から電話がかかってくる。
居住を希望する人々が集まってくる。

急激に膨らんだ人口のため
違法駐車が溢れ、雪が降っても除雪車は動けない。
商店からは商品が消え
ガソリンスタンドは長蛇の列・・・

天国からの電話を受け取った人の家の周りで
祈りを捧げる集団と、否定する集団との小競り合い

次々起こる事態に
数少ない町の警察官の仕事は飽和状態になる。

やがて金曜日に全米に向けて
死者との交信が中継されることになった。

さて、このあとは読んでのお楽しみ・・・・


しかしですな、
死んだ人の声を聞きたい、もう一度会いたい
というのは過去にこだわる、
とらわれている行為ではないかと思います。
いつまでも死んだ人のことを考えていると
前に進むことができないと思うのです。

人はそんなに強くはないでしょうが
死んだ子の歳を数えると、たまらなく辛い。
辛いと顔に出る、言葉に出る、態度に出る
生き方に出る、人生に影響を与えてきます。

わしは冷たい人間なのかなあ、と思うことがあります。
死んだ人のことにいつまでもとらわれない。
と、いうか悲しくないのです。
いっとき悲しくても2~3日くらいかな?

自分には感情がないのかな?と
考えてしまったこともありました。

40代になって管理職になってから更に
過去のことをくよくよ考えることもやめました。
これって自己改革なんでしょうか。

今の自分には今日と明日しかないのです。
昨日を振り返ってくよくよしていても仕方がない。


お釈迦様は極楽浄土(=天国)については
一切語っていません。
苦しみの多い世の中を、いかによりよく過ごすかの
人生哲学なのです。
極楽の思想は釈迦入滅後、さまざまな宗教と融合する中で発生したものです。
それに、
法華経では仏像を作って拝みなさいと書かれていますが
お釈迦様はそんなこと言っていません。
入滅後500年経って編纂された経典だからです。
ことほどかように
人口に膾炙した状態宗教は形を変えて存在します。

極楽、天国なんて本当にあるの?
でもあったらいいなあ・・・・


キリスト教、仏教が成立した時点では電話はない。
ですから死後の世界との交信には、
イタコの口寄せなんてのがありましたけどもね。

でも、
死んだ人から電話がかかってくる、というのも
夢があっていいのかもしれません。
天国からの電話


この物語は衝撃的結末で幕を閉じます。
天国との交信に興味のある方、
一度読まれて、感想をお聞かせください。
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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