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歩き遍路4巡目 13番大日寺~23番薬王寺

歩き遍路4巡目 13番大日寺~23番薬王寺


平成27年のお遍路の終わりは
焼山寺登山で終わる予定でした。

しかしながら
直前に風邪をひいたようで
お腹の具合が、山陰線下りから、東海道新幹線のぞみ下りになり

こおりゃいかん。

熱はひいたものの、
山中でもしものことがあったら洒落にならん。
というわけで、
平地ならば体力的に無理も少ないであろうということで
急遽13番~17番、18番~23番を
歩き&バス&列車で廻ることにしました。

「歩かねばならん!」
という強迫観念は、すでになし。
自由な心でお大師様と向き合おう。


12月21日(月)
1820「南海なんばバスターミナル」を出て
2130「徳島駅前バスターミナル」に到着しました。
今夜のお宿は、徳島駅前の定宿「ルートイン徳島」
最上階の温泉に入って明日に備えます。
おっと、葛根湯と陀羅尼介丸を忘れずに飲もう。


12月22日(火)
今日は冬至だなあ。
0609「徳島駅」発~0620「府中駅」着
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ここの駅名、初めて見知った人は必ず
「さて、これは何と読むでしょう?」
という投稿をするんでしょうね。
特にお遍路を始めたばかりの人・・・

今回もこの区間は逆打ちです。
標識がないと歩きにくいね。
特に今日は冬至だけあって日の出前です。
暗く、わけわからない道を歩くのは心細いなあ。

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夜が明けてきました。
東の空の雲は、何に見えるんでしょうね?
2kmを40分かけて歩いて

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17番 井戸寺着
今日は平日なんですね。
登校前の小学生の姉妹が境内にいました。
ここの本堂・大師堂は一面石畳が敷かれていて、
久しぶりに正座をしてお勤めしたら
足のあちこちが痛くて痛くて
足の位置をもぞもぞ変えながら
落ち着きのないお勤めでした。許してチョ~。
大金剛輪陀羅尼を最後にしっかり唱えます。

ここからいったん元来た道を引き返して
16番観音寺へ向かいます。
通学の小中学生の姿が多くなってきました。
それに通勤の車も多い。

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遍路道から少し離れるが、
善根宿として有名な「栄タクシー」の位置を確認しておきました。
善根宿、通夜堂を使えば経費の削減ができる。
いつかここに泊めてもらおうと思います。

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16番 観音寺着
朝も早いのにダンタイサンがやって来ました。
ジャンボタクシーの小規模ダンタイです。
納経所ではセンダツさんが
納経帳をバーンと積んで受けていました。
その間、すでにお勤めは始まっています。
慣れた人に任せているのでしょう。
こんなんもありかな?

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納経所では、
わしの描いた観音寺の絵を納めさせていただきました。
納経が終わり、トイレに寄って出かけようとしたら
「お遍路さん・・・」
納経所から呼ばれました。
「お名前を教えていただけませんか」
「は、はははい」
納め札をお渡ししました。

今回も旅のお供は携帯ラジオ
NHKの番組が落着いていて、わしは好きですね。
毎日午後からの
「午後のまりやーじゅ」もNHKらしくなくて、
それでもどこかNHKらしい落ち着きもあり
山田まりやさんのトークと笑い声が楽しくて好きです。

15番 国分寺着
寺域に独り立つ本堂
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栄枯盛衰を顕わしているこの建物、好きですね。
大師堂は立替えられたばかりで、
木の色がまだ新しい。
本堂・大師堂の新旧の対比もまた面白い。
ここでも絵を納めさせていただきました。

ここから次まで歩いて20分あまり。
それにしても今日は暖かいねえ。
本当に12月なのかい?と思うくらいの気温です。
従って汗も流れてきます。
寒いと思って着て来たヒートテックのアンダーウエアー
1枚でも歩けるような気がします。

14番 常楽寺着
ここの境内の絵を描きたいのですが
いかんせんアングルが決まらないのです。
岩盤を基本にすると、かなり低い視線で見つめなくてはいけない。
したがって、はいつくばってカメラを構える。
みなさん、どうやってアングルを決めているんでしょうね?
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老夫婦がやってきた。
はいつくばるのをやめる。
「アララギ大師・・・?」
「これは何の木かな?」
「アララギ?」

「もし、これはイチイの木の事です。昔お大師様がこの木の葉から
糖尿病の薬を作ったのです。
ほら、この木の又に小さなお大師様がおられるでしょう」

「おお、本当や。イチイか・・・勉強になったなあ」

「お道よろしゅう」
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5周も廻ると、少しづつ札所に関する知識が増えてくるが
これはあくまで知識であって智慧ではない。
やたら知識を開陳したがる
教えたがりにならないように気を付けなければ。

(葉に含まれるタキシン・タキシニンが血糖降下作用があるが
アルカロイドなので投与には注意を要するようです)

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さてここから13番まで2.3km
のどかな里の景色を楽しみながら歩く。
暖かいのがなによりですね。

13番 大日寺着
金住職は今週は不在だそうです。
ちょっと残念でしたが、公私ともに超多忙な住職の都合に合わせて
訪ねたいものです。
年末の平日、貸切状態の境内には暖かい日差しが降り注ぐ。
ちょっとここでお昼を摂らせてもらいましょうかね。
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ここから「一宮札所前バス停」の
1225発の徳島行きバスに乗って「徳島駅前バス停」に移動する。
しかし・・・時間になってもバスは来ない。
15分くらい待って、次の便に乗ろうかと思い始めたころに
バスはやってきた。

30分程で徳島駅に着いたのですが
15分遅れだったので
1218発の牟岐行の列車に乗り遅れてしまいました。
まあいいや。
次まで30分くらいある。
ふと構内の食堂を見たら・・・
「十割蕎麦」の暖簾がある。

おおっ

今まで気がつかなかったなあ。
「麺家れもん」というお店です。
迷わず店内に入り、お品書きを見ると
「鮎の甘露煮入り蕎麦」
これしかない!
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「祖谷蕎麦」という名物だそうで、太くて短い麺です。
十割蕎麦の舌触りもさることながら、鮎の甘露煮がまたおいしい。
岐阜県の山奥育ちのわしとしては、「鮎」と聞けば
我慢が出来ないんっすよ。

1243初の牟岐行きの列車に乗って
「南小松島駅」まで行きます。
列車内は買い物かな?老人や婦人たちであふれている。
荷物で2人分の席を占拠してお喋りに夢中の婦人が
老婦人に席を譲らないので、わしが席を譲り、
出口付近で立っていたら
別のオバサンが話しかけてきました。

「あんた、四国八十八箇所廻っているんか!」
「・・・この格好ですから・・・」
「どこから来たんか!」
「大阪の堺からですよ」
「私の知り合いが岸和田にいるんやが、知ってるか!」
「ああ、泉南の方ですね」
「それから友達が御堂筋の◎×ЮШにも住んでいたことがあってな!」
「その辺は詳しくないのです」
「わたしも八十八箇所廻ってな!」
「歩きですか?車ですか?」
「それで今度は高野山にも行ってきてな!」
「わしもこの間歩いて登ってきました」
「誰それと、誰それがあそこに行ってきてな!」

微妙に話がかみ合わない。
自分が最近廻ってきたことだけを言いたいようです。
結構そういう人いるよね。
大概車か、バスですな。

「南小松島駅」で降りて、18番恩山寺まで3.0km歩きです。
ここは遍路道ではないので
地図を頼りに行く・・・が遍路地図にはこの地点は載っていない。
国道を南に向かって歩いて行くとおじさんに
「どこ行くの?」
「はあ、恩山寺まで・・・」
「この方角は違うよ」
「あ、そうですか」
「いつもこっちの方角に行こうとするお遍路さんがいるので教えているんやよ」
ありがたやあああ。

更に歩くと、郵便局近くで歩いてきたお爺さんが
わしに敬礼をしてきた。
わしも金剛杖で答礼をしましたがな。
お爺さんはわしの答礼に、にっこり。
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「どこからかのう?」
「大阪の堺からです」
「おつかれさま」
「ありがとうございます」
また敬礼を交わして別れました。
小松島に航空隊があるので、もしかして先輩かな?

またしばらくローカルな雰囲気な道を歩くと
「千羽ヶ嶽のお豊とお君の墓」
いまだにここの由来が分らない。
誰か教えて!

その先には
遍路小屋とお京塚もある。
すっかり見慣れた風景ですね。
しかし、積極的に遍路小屋で休もうという気にならないのは、なぜか。
お遍路を始めたときから違和感を感じていました。
居心地悪いというか、落ち着かない。
それはアバンギャルドな外観も原因のひとつかもしれない。

わしは芸術を理解できない人間なんやろうね。

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野宿の際、どちらで寝るかというと、
多分朽ちかけた地蔵堂を選ぶでしょうね。
昔、瞽女(ごぜ)がひっそりと泊まっているような・・・

18番 恩山寺着
朽ちかけた山門の脇にある遍路道を登ると
途中老人が杖をつきつき登っています。
地元の人でしょうね。こうやっていつも登っているのでしょう。

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境内は、まだ銀杏の黄色が残っています。
どんなアングルがいいのかな?
ダイセンダツさんの老夫婦が仲良く石段を登ってきたんですが
あっという間にお参りして先に去って行きました。
なにかな?

次の札所まで4.0km歩く。
ここは夏と秋に通った道で、両脇の田圃の風景もまた
違った顔を見せている。
夏は農業用水を思わず飲んでしまったなあ、とか
たわわに実った稲穂を触りながら歩いたなあ、とか。
今はすっかり刈り取られて
次の季節を待っています。
ほのかに漂ってくる煙の香りが、子供の頃の冬の記憶が蘇ります。

「プルースト効果」という言葉があります。
匂いと記憶の強い関連性です。
脳内の臭覚と記憶の場所が近いからだそうな。
視覚、聴覚記憶よりも臭覚による記憶の方が
より強くフラッシュバックする・・・
わしの場合、それは給食の匂いだったり
初詣の寺院に漂う線香の香りだったりする。
楽しかったり、切なかったり。

ですから、
わしはお遍路に出かけるたびに子供の頃の初詣の記憶が蘇るのです。

こんなことを考えながら歩いていたら

19番 立江寺着
ここで大きなミスに気づきました。
蝋燭が切れた!
確か立江寺大師堂の手前に雰囲気のいい売店があったなあ。
そこで買おう!
と思ったら今日は閉まっているよ!
ああっ
どうしようかと考えていたら
さんや袋の底に2本転がっていました。
おおっ南無大師遍照金剛
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ここでも納経所で絵を受け取ってもらい

今日はここまで。
200m歩いて「立江駅」まで行く。
1632発「立江駅」~1701「徳島駅」360円なり。

今夜のお宿も昨夜と同じく「サンルート徳島」

今日は20kmくらい歩いたかな?
チェックインしたらランドリースペースに汚れものを放り込んで
夕食に行くかね。
駅前のいつもの店で、骨付き鶏(雛鳥)を堪能します。
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この骨付き鶏、丸亀名物だったのですが
今や四国全般に伝播していますね。
それに大阪でも食べられる店もできています。

お腹もできたことだし、
ホテルに帰って今度は天然温泉を楽しむ。
ちょっとしょっぱくて、錆色に濁ったお湯に足を浸していると
今日の疲れも取れるような気がします。


12月23日(水)天皇誕生日
午後から雨の予報ですが、
今日の予定は午前中です。22番、23番です。
0547「徳島駅」~0710「日和佐駅」
昨夜よく寝たのですが、列車に揺られているとつい寝てしまいますね。

日和佐の駅で降りて、
いつも東側の正面から大回りして薬王寺まで歩いていったのですが
よく考えたら西側出口から道の駅を通ればすぐなんですね。
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やはり早朝の薬王寺には誰もいない。
落ち着いてお勤めをすることができていいね。
さて、蝋燭
本堂の蝋燭立ての横で売っていたのでそれを買いましょう。
願文入りのやつを買う。
ちょっと高めですがまあいいか。

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薬王寺の絵を描きたいんですが、ここの桜の木の枝ぶりを見ていると
春に描いた方がいいなあ、と思います。
瑜祇塔の朱と桜の色がよく合うと思うのです。

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本堂の裏手に「肺大師」があります。
すっごく気になる名前ですね。
なんでもラジウムを含んだ霊水(瑠璃の水)が湧出していて
肺病など諸病に効くといわれているそうです。
薬王寺温泉と関係あるのかしらん?

長い石段を降りていくと、お爺さんが
「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛・・・」
と1歩1歩唱えながら登ってきました。
地元の人なんでしょうか、
彼らにとっては日常的な有難いお寺なんでしょうね。

まだ門前のお店も開かないまま、薬王寺を後にする。
0900「日和佐駅」発~0923「新野駅」着
2km歩いて22番平等寺まで40分
空模様が怪しくなってきました。
なんとか午前中は持ちこたえてもらいたいなあ。

22番 平等寺着
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手水鉢に活けられた南天が美しいね。
いつもながらセンスのいいお寺です。
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本堂は現在修理中で、
御本尊は仮本堂の不動堂に引っ越しています。
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納経所で、わしの描いた絵を納めさせていただき、
副住職さんと少しお話しました。
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平等寺も、花をもっと植えたい・・・
門前のコスモス畑は去年から地元の人が始めたそうな。
「コスモス=平等」を意味づけて植えたそうですが
仏教でいう平等とは意味合いが違うんやけどもなあ・・・
などと言われていました。
向日葵を植えたそうです。

この先副住職さんが平等寺をどう演出していくのか
楽しみです。

ここで今回の旅は終了
「新野駅」で1時間ほど列車を待つ間に雨が降り始めました。
乾パンとカロリーメイトで軽く食事をする。
「新野駅」~「徳島駅」で徳島に帰り
駅前「びざんの湯」で汗を流し、餃子の王将で食事をして
1600「徳島駅前バスターミナル」から
1900「南海なんばバスターミナル」着

堺のねぐらにたどり着いたのは20時過ぎでした。

今年もお遍路に明け、お遍路に暮れた1年でした。
とても充実していたなあ。
旅のための時間は、
日常の職務をしている中からひねり出して作る方が充実している事が
更に実感できました。
あと少なくとも5年はこういった区切り遍路を続けていきたいと
考えています。
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歩き遍路4巡目(合計5巡) 1番霊山寺~11番藤井寺

歩き遍路4巡目(合計5巡) 1番霊山寺~11番藤井寺


12月11日(金)
毎回ながら、重度のお四国病を治すためにお四国に行く。
緑の納め札も新調して、準備万端
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1820
「南海なんばバスターミナル」を出発して
2130
「徳島駅前バスターミナル」に到着しました。
今夜のお宿は徳島駅前「サンルート徳島」
徳島での定宿になっています。
11階にある「びざんの湯」に浸かり、明日に備えます。
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12月12日(土)
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0552「徳島駅」発
0610「板東駅」着

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まだ暗い板東駅に降り立つと
一緒の列車にいたご婦人も降りてきた。
「おはようございます。今日はどちらまで?」
彼女は74歳(だったっけ?)

名古屋から夜行バスに乗り
独り初めて四国遍路に来たんですが
板東駅に降り立ち、しかし真っ暗なので
どちらにいったらいいのか途方にくれていたそうです。

「ご一緒しましょうか?」

彼女との道中が始まりました。
確かに暗い板東の道を1番霊山寺まで行くのは心細いでしょう。

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灯明の明かりに浮かび上がる山門に到着
7時前ですが、明りのついている本堂でお勤めさせていただきます。
まだ誰もいません。

お線香、蝋燭は持ってきているようです。
「般若心経は大丈夫ですか?」
「禅宗なので、大丈夫です」

種火と蝋燭、線香のお作法を教える。
真言宗と禅宗では異なっていますからね。
天井から吊り下げられた灯篭が神秘的な雰囲気を作り
これからお遍路を始めるという気が引き締まります。

「知っているところから入ってきてください」
わしも気分が高揚してきて
読経の声もやや大きめになっていました。

次は大師堂に移動して同じ事をする。
「大師堂ではご本尊の御真言は唱えないのです」
「・・・?・・はい」
「いっぺんに色々大変でしょう。そのうちに慣れますよ」

お勤めを済ます頃7時になり、
本堂横の納経所兼売店に入り、まず納経帳を買う。
「ここの白衣は背に朱印が押してあるので、ここで買うのがいいでしょう」
「朱印?背中?」
「まあそのうちに・・・それから遍路地図も買いましょう」
背中に御朱印の押された白衣を買う。
菅笠は・・・別のところで買う。
杖は・・・門前外の店で買う。
お数珠は今夜の宿坊の安楽寺売店で買えばええやん。
なぜ?
なぜでしょうね。

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紅葉の霊山寺境内は朝早いので人影もなく
貸しきり状態を楽しんでもらえました。
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大師堂の宝珠に朝日が当たり輝き
お遍路の始まりを祝福してくれるような気がしました。

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れは春に描いた霊山寺多宝塔の絵です。
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門前のお店で杖と杖袋を買う。
般若心経のプリントされている渋いやつです。

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「ここから2番極楽寺まではすぐです。30分くらい」
いい気持ちで歩いていたら、お母さん
急に何かに引っかかって倒れこんでしまいました。
あわてて結んだ靴紐を踏んだみたいです。
道路に倒れたまましばらく動かないのですが
意識はしっかりしているので
わしもかがんで起き上がれるまで待ちました。

霊山寺の納経所で靴を脱いであがり、
出るときに焦ってしっかりと上まで紐を結ばなかったのが
原因です。
これは、わしにも責任がります。
彼女は何もかも初めての経験で
それも年配
動作をシャカシャカ行うわしについていくのが精一杯で
気持ちのゆとりを失くし、焦っていたようです。
わしは努めてゆっくりと動作をしていたつもりですが
それでも相手の余裕を奪っていたのです。

ああ・・・反省

幸いに大きな怪我もなく、
すぐに歩き出したのですが、
わしは後ろから注意深く全身を観察する。
右足首を少し痛めたかな?

ゆっくりゆっくり行きましょう。

先のガソリンスタンドでは、
「大丈夫でしたか?」と
車が引き返してきて心配してくれていました。
「大丈夫です。ありがとうございます」
こういった四国の人達の優しさに感激です。

歩くほどに自分から身の上話をしてくれるようになりました。
こういったことは無理に聞き出してはいけない。
自分から話すようになるまで待つべきです。

彼女は愛知県から来たそうです。
ご主人は天国に単身赴任、
娘さんと息子さんは結婚して孫が沢山
ご主人の遺族年金と自分の基礎年金で悠々自適の生活だそうです。

最近わし、自分の年金を貰う頃の生活を考え始めているので
特に注意して彼女の話を聞く。

彼女を最初に見た印象は、履いている靴
年季の入った山登りの人だということ。
ヨーロッパに行ったときに買った革の高級品を履いている。
なんでもキリマンジャロに登ったことがあるそうです。
それに日本百名山にもよく行かれるそうです。

なるほど。すごいね~。
彼女のザックを見て納得
しかし
四国遍路は初めてなので、つい余計な品物を持ってきてしまい、
かなりの重量のようです。
息子さん娘さんたちに出発前に「やめておけ」
と散々言われたらしいです。

区切りで廻る予定で、
今回は焼山寺越えまでしたいそうです。

「四国遍路はご主人のためですね」
「いえ、そうではなく、最近ワンちゃんが亡くなりましてね」
「ほう、それは悲しいですね」
「そうなんですよ。心にぽっかり穴があいて・・」

今日は楽しい思いをしてもらおう。

お遍路初日は緩やかなお遍路道あり、道路あり、
それに札所間も近く
初心者には最良の道程だと思います。

お天気もいいし、寒くない。
お遍路っていいなあ~、と感じて欲しい。
厳しい遍路道のことは、おいおい知ってもらえばええやん。

道中、札所の縁起とか見所を知っている限り話しました。

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「この長命杉を触って縁起をもらってください」

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「黄金井戸を覗いて自分が写れば長生きできますよ」

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「大日寺と紅葉の山のコントラストが綺麗ですね」

「3番奥の院の愛染院へは是非寄りましょう」

「この先のうどん屋さんの若布うどんはおいしいですよ」

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「ここの木造の五百羅漢様を見ていきましょう」

地蔵寺境内に降りてきたら、
見事な銀杏の黄色が目に飛び込んできて、
心奪われてしばらく見とれていました。
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なんとかこの気持ちを絵にできないだろうか・・・・

地蔵寺を出てしばらくしたら
車が止まっておじさんがお接待を手に降りてきました。
お茶と生姜糖をくれました。
「お接待を頂いたら合掌してお礼し、納め札を差し上げてください」
お遍路初日でお接待を頂き、感激してもらいました。

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遍路小屋ではお爺さんが畳を敷いていました。
遍路小屋建設の為に自分の土地を提供した管理人さんです。
「この小屋はな、お遍路さんが野宿するには不向きなんや」
確かに壁から雨風が入りやすく、宿泊はできない。
「この設計者はな、遍路で野宿なんかしたことない人やな」
確かに泊まるには不向きな構造の小屋が多い。
「やからな、わしは畳を敷いて壁を塞いでいるんや」
高邁なへんろ小屋プロジェクトも、
理想と現実とのギャップがあるんやねえ。


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彼女の本日のお宿は、6番安楽寺宿坊
「天然温泉の大浴場が気持ちいいですよ。今日の疲れを癒してください」
「食事の際に『食前の言葉』を唱えます」
「夜のお勤めは華やかでいいですよ」
「ここの売店で自分の気に入ったお数珠を探してみてください」
お遍路初日を終えるのには、
安楽寺宿坊は
いいところなのではないかと考えます。

「ああ~、なんて楽しいんでしょう。あなたがいてくれて本当に助かりました」
「いえいえ、これもお大師様のお引き合わせです」
「わたし、今日の思い出だけを持って今日帰りたいわ」
「いえいえ、明日は独りで歩いてみてください」

短い間でしたが
楽しく歩いた彼女とはここでお別れします。
わしはこの先7番十楽寺まで行き、
その先の民宿「越久田屋」さんに泊まります。

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7番十楽寺の納経所で、自分の描いた札所の絵を
奉納しました。
納経所のお姉さんに差し上げたら、
「・・・あなた、プロですか?」
「・・・いえ、アマです」
「すっご~」
ありがとうございます。

そういえば今日は1番から6番までは、
お勤めの際には正座をしなかったのです。
わしが正座をすることにより、彼女が混乱するかなと思い
読経の際の立ち位置とか知ってもらうために
あえて立ってやっていたのです。
ですから
久しぶりの石畳の上での正座は足に響きました・・・

冬の日は短く、日が翳ってきました。
同時に風も冷たく感じられるようになり、
のろい歩みも少しは速くなってきました。

道沿いに民宿越久田屋の大きな看板があり、
わかりやすくて有難い。
ちょうど店の前で民宿の軽ワゴンとすれ違う。
宿泊の人を近くの温泉に送迎するそうで、
「店の中に入っていてください!」

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玄関で訪いを告げたら、髭面のおっちゃんが出てきて
「おお、聞いてます。部屋は確か突き当たり」
従業員さんかな?
しばらくしてご主人が帰ってきて
近くの温泉「御所の郷」に連れていってくれました。
ここの民宿は素泊まりのみで、温泉への送迎、食料の買出しなどは
すべて送り迎えつきです。洗濯は200円でやってくれます。
宿泊料は4000円なり。
烏の行水を済ませたら、
フロントから民宿に電話してくれるので、迎えに来た車に乗り
近くのスーパーでお弁当と翌日の朝食・昼食を買い込み
民宿に戻り食べる。

玄関脇には談話室がありますよ、というので
食後に覗いてみたら
先ほどの髭のおっちゃんと奥さんらしい人が一杯やっていました。
髭のオヤジはお客さんだったんですね。
しかし、常連なので半ば従業員化しています。



談話室に集う今夜のメンバーは5人

越久田屋のオヤジ
昨日から体調が悪いそうです。
わしと似たような体型なんで、
生活習慣病のどれかが噴出したのでしょう・・・・


大阪の会社経営の威勢のいいおっちゃんと
美容師の奥さんです。
おっちゃんは中先達で、
先達になった訳は、先達に文句を言うためだそうな。
う~~ん、そういった考え方もあるんやね。

かなりキツい性格の人で、何にでも一言言いたい性格のようです。
奥さんはガチャガチャいわれても黙って従っているが
二人の様子を見ていると、それでも仲良くいっているようです。
大阪から車で来て、ポイントに車を置いて歩き、
交通機関で戻り、車中泊、テント泊で廻っているそうです。

ここでは越久田屋を基点としてポイントまで送迎してもらい
歩いて廻っているそうです。
いいなあ、こういう廻り方もしてみたい。効率よさそうですもんね。


関東の自転車遍路の人
転職を繰り返している人のようです。
かなりマイペース
レスポンスが遅いのでおっちゃんとわしは時々イライラ・・・


それにわし


なんとみんな55歳

「ウチの人は2月生まれやから学年はひとつ上なんやよ!」
「50過ぎて半年上とか学年1こ上のどうのと少年少女かい!」
「ま、たしかにそうや」

同じ年代なんでキーワードが同じで遠慮なく突っ込める。


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「万博は4年のときやったなあ」
「・・・ぼくは5年」
「そうそう、わたしも5年。いちばんお姉さんやね」
「また言い出した!50過ぎてなに言っとんや!」
「あはははは」


「これは水素水で、飲んでいたら手あれが治ったんですよ」
「お腹痛いのも治ったんです」
「へえええ~そりゃ、すごいや」
「それはね、プラセボ効果というやつですよ」
「みんな飲んで飲んで!」
「そんなに無理強いすんなや」
「そんでも、よく効くのよおおおおおおおお」
「う~~ん、うまいっ!効く効く効くううううっ」
「あっわざとらしい」


「種田山頭火いいよね」
「・・・『咳をしてもひとり』がすきだなあ」
「それは尾崎放哉やね」
「・・・ええっそうだったんですか」
「結核を患っていた時の句やよ」
「ちょっと!静かにしてくれんか!自分の作った句を思い出せんやんか!」
「・・・あ、ああ~、はいはい」


「・・・荷物を置き忘れて、次の宿まで送って貰いたいんですが」
「飲んでいて忘れたんやろ?」
「・・・で、どこか宿をしりませんか?」
「へんろ地図に載ってるやんか」
「・・・ええ?それは何ですか?」
「あんた持ってへんのか?」
「そこの棚の上にあるよ。ここのページにな、宿の番号があるやろ」
「・・・へえ~、これは便利だ」
「10番参道の遍路用品店に売ってあるから明日必ず買いなよ」
「・・・かならず買います」


「さっさと電話して住所知らせなさいよ」
「・・・のろいもんで・・・今・・・う~んと」
「スマホが便利やよ。それガラケー?」
「・・・いや、スマホもできるという・・・」
「ああ、ガラホね」
「なにそれ?わしはそんなもん知らん!」


「・・・昔はこれでも・・・」
「昔の自慢話なんて誰もきかんよ!」
「そうそう。50過ぎたら今の自分で勝負やからね」
「・・・いまもサッカー現役ですよ」
「わしは柔道やっててね」
「さっきバドミントンって言ってたやんか!」
「でも耳が普通やね」
「強い奴は潰れません。全部絞めと関節で取っているんです(嘘)」
「へえ~そうなの」


「このリンゴはお客さんが送ってきてくれたんやよ」
「はよ剥け」
「はい」
「・・・あ・・・あ~、そんな剥き方したら身がなくなる」
「ええ~!?これが雑って?」
「・・・こだわりがあるんだ。ぼくに剥かせて」
「好きにしたら?」
「ご主人は小さく刻むなあ」
「それは歯がないからや!」


「わしは1時間に3kmのペースでのそのそ歩くんやよ」
「えっそんなんじゃ無理無理!1時間に5km!」
「速さ自慢をするんじゃないんやけどもね」
「・・・僕は若い頃自転車で1日に200km・・・」
「焼山寺は4時間で登れるな!」
「ショーケン並みやね。わしは凡人なので6時間かかる」
「奥さん、よくついて登れるなあ」
「そうなんよ。小走りになる」
「やから途中で止まってやってるやんか!!」


「境内のベンチにリュックとか荷物を置くのは許せんねん!」
「え?どうして?」
「あそこはな、人が座るところで荷物置き場やない!」
「ふんふん、それも道理やねえええええ」
「でね、前に傘とかベンチ一杯に広げていた人のを、全部落としたのよ」
「持ち主があわてて飛んできよった!」
「ははははは」
「あんたらも、このことについて考えてみてよ」



夜もすがら
果てしない言いたい放題がポンポン続く。
黒霧島のロックがどんどん入る。
「この水素水を飲んだら二日酔いしないから!」
「はい、飲ませていただきます」
「う~~ん、うまいっ!効く効く効くううううっ」

こんな民宿初めてです。
なんか楽しいのか腹立つのかよくわからんが
結局楽しいなあ。

でも10時になったので
「では!明日も早いのでこれで寝させていただきます!」
「・・・そうだな」
「よっしゃ!お開きにするか!みんな片付けや!」
宴会場をみんなで片付けて、部屋に戻る。
喋り足りない人の声がまだ聞こえてきているが
ドッと寝込んでしまいましたがな。



12月13日(日)

朝6時半に出発です。
昨夜の悪党連中が玄関に出て見送ってくれました。
いいなあ。この空気が大好きです。

8番熊谷寺では、かねてから欲しかった
天女散華を買いました。
he5-1b-02.jpg
これ、今後の飛天図の参考にさせていただきます。
自分の描いた飛天図を持ってきていたのですが、
民宿で宴会の際、手持ちの絵を全部差し上げてしまい、手ぶらだったので
また次の機会に貰ってもらうことにします。

he5-1b-01.jpg
昨夜の話にもあったので、
ベンチの上にリュックをおくのを躊躇してしまいました。
うう~む。
彼のいう事も道理やなあああああ。
しかし、今この境内にはわし只独り。
この状況でもダメか?
小一時間悩んだ末、ベンチの脇に置きました。

9番法輪寺では参拝の後
門前の茶店に寄り、名物草餅をいただきましたがな。
コーヒーのお接待つきで、
お礼に手作りの納め札を渡したら大層喜んでくれました。
「このお札は値打ちあるわあ」
作った甲斐があるもんです。
he5-1b-03.jpg


10番切幡寺門前のお遍路用品屋さんに寄り、
昨夜宿で話題になり、
見せてもらった般若心経入り黒檀のお数珠を見学してきました。
なあるほどおおおおお
いいなあああああ。わしも欲しいなあああ。
お値段も結構なものです。
来年買おうかね。

he5-1b-04.jpg
333段の石段を、数えながら登ってみたら
途中で間違えたかな?330段しかなかったよ。
12月だというのに汗が流れてきました。

元来た道を戻り、11番藤井寺に向かって南へ歩く。
先日の大雨で吉野川が氾濫し、
川にかかる沈下橋が通行止めになっていたという話を
宿で聞いていたので、今日はどうかなと心配していたら
大丈夫、ちゃんと渡れました。
ただし川の水は濁り、いまだ水量は多く、早い。
he5-1b-05.jpg

he5-1b-06.jpg

2つ目の橋を渡っていたら車が停まり、
みかんのお接待を頂きました。
橋の反対側からもお遍路さんが歩いてきました。
「こんにちは」
「こんにちは」
「お接待で貰ったんですが、おひとつどうぞ」
「ありがとうございます」
「お気をつけて」
「お気をつけて」

道すがら、畑仕事をしているお婆さんから声がかかった。
「お接待の品が置いてあるので、どうぞ」
「ありがとうございます」
「私の喜寿のお祝いなんです」
「それはおめでとうございます。いつまでもお元気で」
「ありがとうございます」
ここでもわしの納め札を喜んでいただきました。

he5-1b-07.jpg
藤井寺まであと3kmの所にある自販機コーナーでひと休み。
ここには昔懐かしいガラス瓶のコーラが売ってあります。
喜寿のお祝いと、瓶コーラですがな。

11番藤井寺の駐車場に着くと、
同宿だった自転車遍路さんがいました。
車遍路さんがさかんに世話を焼いている。
「お疲れ様です。あれ?遍路地図は買わなかったの?」
「・・・ああ、忘れた。どこで売ってたっけ?」
「これからあの本がなければ不便やよ」
「いや、あんな本は参考にならん!」
車遍路が言い出した。
「載っている遍路宿の評判が載っていないやろう?
だから、泊まった宿で次の宿を紹介してもらうのがいいんや」

ええ~?
そんなこと言っていたら、紹介してもらえなかったらどうするの?
それに、遍路道はどうやって知ることができるの?
車だとナビがあるし、時間が遅くなっても
簡単にホテルまで移動できる。

歩き遍路・自転車遍路は車遍路とは気持ちが交わることがないよ。
ですから無責任なアドバイスは混乱させるだけです。

旅の終わりで我々と車遍路の気持ちの乖離を再認識させられました。
何度も言うんですが、
別にどちらが偉いかというレベルではなく
個人の信仰の問題です。
無責任に干渉しないようにすればいいんです。

he5-1b-08.jpg
藤井寺は藤の季節にもう一度来てみたいです。

今回はここで終わり。
「鴨島駅」まで戻り、そこから「徳島駅」に移動して
徳島駅前のサンルート徳島11階「びざんの湯」で汗を流し
近くの「餃子の王将」でホイコーローと餃子、ライスをいただき
1545発の高速バスに乗り
難波に帰ってきました。

次回は焼山寺、冬のへんろころがしは初めてですが
暑い時期よりは登りやすい・・・でしょう。


なお、今回の日記で記載された内容については
記憶違い、解釈の違い等々あるかとは思います。
また、脚色を強くした部分もあり
細部については異論のある方もおられるかとは思いますが
その点につきましては
なにとぞご容赦をお願い申し上げます。
he5-1b-09.jpg






自分の心

自分の心
天女と蓮の花びら


お四国を四周も廻っていると

人から

「坊さんみたいな雰囲気やな」
「お寺の方かと思いました」

と、普通の生活をしていても言われるようになりました。
さて、これはどうしたものか。
多分抹香くさい話をしたり
仏教の本を読んでいるのからかもしれません。
人からは、
遍路修行が進んでいるように見えるのでしょう。

でも現実は全然変わっていません。
変わりたいと思う自分がいるのですが
本質の自分が強すぎて煩悩まみれなので
それに打ち勝つ力が足りません。


【人の噂話、悪口を言う自分】
人の悪口を全く言わない人がいて、
とても羨ましい。

「君は人のことは『好き』か『嫌い』しかないね」
と言われた事があります。

確かに嫌いになった人は、徹底的に嫌いになります。
ほどほど、というのが極端に少ない。
ですから嫌いな人のことはよく言わない。

お遍路をやっている中で嫌いな連中が出てきて、
彼らのことは徹底的に嫌いです。

みんな仲良く遍路修行ができるといいんですけどね・・・



【僻みっぽい自分】
「三つ子の魂百までも」
のとおり、
僻みっぽい自分が幼児期に作られた。
三人兄弟の真ん中である自分は愛情を兄と妹に持って行かれた気がする。
今冷静に分析しても、そう思える。
いつも拗ねて泣いていた覚えがある。

親もまだ若かったから
そのときの次男の気持ちは理解できなかったのだろう。
今でも理解できていないことが判った時は悲しかった。
実際兄と妹は今でも親に頼っている。

ですから自分の心の奥底に僻みっぽい心が滓のように沈んでいて
時々顔を出す。

それがお遍路をしていても出てくる。

お接待をやっている所で最初気づかれず、構われなかった。
あとで気がついて一生懸命埋め合わせしようとしてきても
頑として受け付けない自分


「是非お会いしたい。お立ち寄りください」
と言ってきたので楽しみにして
行ってみたらその日は休みで留守
ちゃんと日程も示していたのになあ・・・
あとで言い訳してきても、
いったん曲がったヘソは元には戻らない。



「もっと大きな心で赦してあげなさい」
と人は言うけれども自分の心の底の厄介な心が
それを赦さない。
いったん壊れた人間関係、信頼関係は
完全には元に戻らないんではないの?
と、思ってしまう。

今後の課題は
この煩悩を払うこと。
この悩みは、自分の心から生じたもの。
心の作用から生み出されたもの。
死ぬまでになんとかできないもんだろうか。


34番種間寺 のコピー
今の自分にできることは、
「思う心に出る言葉」
心に浮かんだ想いを、口に出さないようにすること。
これならば今の自分にできる。
マザーテレサの言葉ですが、
マザーテレサの言葉

こうありたいと考えています。

ジャネーの法則

平成27年も、気がつけばもう12月

光陰矢のごとしといいますが
歳をとると、月日の流れるのがなんと早いことか。

でもなぜ?
理屈っぽいわしは考えてしまう。
これは「ジャネーの法則」というものだそうです。

心理学的に説明されていて
主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、
年長者にはより短く評価されるという現象だそうです。

生涯のある時期における時間の心理的長さは、
年齢に反比例するそうです。

50歳の人間にとって1年の長さは人生の1/50ほどで、短い。
5歳の人間にとっては1/5に相当するから、長い。
ですから50歳の人間にとっての10年間は
5歳の人間にとっての1年間に当たり、
5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たるわけです。


人は経験していない事をしている時は、
それが強く意識に残り時間が長く感じます。
しかし、慣れてしまえば時間の長さも気にならなくなり、
早く感じるようになります。


5歳の頃と言えば、。
見るもの、触るもの、やること、成すこと、毎日が新しいことばかりです。
それら1つ1つが、強烈な思い出や記憶となって心に刻まれる年頃です。

50歳・・・
社会を経験、勉強して理解し、新しい経験に出会う機会は少ないですね。
ですから過去の同じような体験と混同、上書きされます。

お遍路をしていても、初めて通る路は長く、時間もかかる気がする。
しかし次の機会には、そんなに長かったかなあ?
という経験はなかったですか?
ジャネーの法則



ところが、
「現在進行形」で考えると少し見方が変わってきます。

5歳の男の子と、50歳のおじさん。
普段、1日を長く感じがちなのは、
おじさんのような気がします。

子供は
「もっと遊びたい」や「もう帰らなきゃいけないの?」
この時、子供は、時間の経過を早いと感じているはず。

大人は
「まだこんな時間かよ」や「この会議長いなあ・・」
この時、大人は、時間の経過を遅いと感じているはず。

その時その時の時間の感覚は、
単調だったり退屈な生活を送っている人の方が
長く感じるはずですね。


ですから、ジャネーの法則は、
「主観的に記憶される年月の長さ」を指したものです。


「今、進行している時間の体感速度」ではなく、
「過去を振り返った時に感じる時間の長さの印象」になるわけです。


「いやぁ、1年って早いね。あっという間だね」とは言っても、

「いやぁ、今年も1年早そうだな」とは言いませんからね。


何もしていないと
時間はあっという間に過ぎ去ってしまうので、
常に新鮮な感動を得たりして充実するように生活する
ようにするといいんではないでしょうか。
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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