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夜桜の思い出

野宿のことをfacebookに書いたら、昔の野宿のことを思い出してしまいました。
2010年4月のMixiに書いた日記です。
これは車中泊の時の記録なんですが、「独り山奥」と「桜」が怖かったです。


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上根来山の家に設置したスズメバチホイホイの成果を確認すべく
土曜の午後から福井県小浜市のいつものねぐら「上根来山の家」に行くことにした。
「スズメバチホイホイ」とは、わしが作るスズメバチ駆除用のトラップです。
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成分は門外不出なので、ほしい方はわしまでメールください。
3月に仕掛けたら99.99%駆除できます。
今ならなんともう一本おまけ付き!

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家の庭にはシャガの花が満開です。下界は満開でもお山ではまだ咲いてない。
植えて3年目でこれだけワサワサに増えてきました。
誰か欲しい人いる????

さて、天気もいいし、ルンルンでドライブしつつ、小浜に着いたら
手打ち讃岐うどんの「丸亀製麺」がオープンしていましたがな。
混雑していると思ったら、うどんは客の回転が早いのか、
全然待たずに食べることができました。でも店は常に満員。
本場の味に比べたらどうかは知らねど、おいしかったっす。

腹ごしらえがすんで、さて山奥に入る。

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おお、上根来山の家は桜が満開。
あっぱれあっぱれ。ほめてつかわす。

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標高のせいで、水仙も同時期に咲いている。
下界ではなかなか見られんながめですな。

で、さっそくスズメバチホイホイの成果をみると・・・

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ありゃ、ミツバチかな?
ごめんしてちょ。成仏してくだされ・・・・・。
スズメバチが動き出す季節はまだまだこれからですね。

ここは昔小学校だったところで、ずいぶん昔に廃校になり、
NPOが管理しているが、人手が足りなく、時々わしが行って掃除したり
山登りの人の宿泊所になっているので鍵を開けたり話し相手になったりしてお相手したりしています。

天気もいいし、校庭で学校文庫にあった本を借りてきて読むことにする。なんか懐かしい。
「消えた大陸のなぞ」「死の世界の物語」「まぼろしの怪奇境」
子どもの頃に読んだような物語ばっかりで、ちょっとわくわく、怖さ半分・・・
読んでいたら眠くなったので車で昼寝することにした。






起きたら5時前
かねてより準備の・・・パックライスとレトルトカレーを飯ごうで暖めて・・・それだけ。

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6時過ぎに日没
急に寒くなってくる。
かねてより準備のワンカップの濁り酒で花見酒としゃれ込みますか。
なんてたって満開の桜を独り占め。

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「花見酒」の役ができました。
訪れるものは誰もなし。
今夜は鹿も来ない、猪も来ない、ニホンオオカミの生き残りも来ない。
山の霊気とわしだけ。

でもね、裏山からは鹿の鳴き声、ガサガサガサガサ獣の足音もする。
ニホンオオカミの生き残りの遠吠えも聞こえる。
あ、サルか?
焚き火をしておかないと安心できない。

明かりはカンテラだけ。
桜の枝に吊るしてみる。
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フラッシュを焚いたら桜は写るが趣はないね。

しかし

夜の山の中
日が暮れると独りでは何もすることがない

ので

寝ることにしましたが、
昼間に読んだ本がいけなかった・・・「死の世界の物語」
結構思い出す。
おおおお~。
でも酔っ払っているので寝てしまいました。
夜中何度も目が覚めたんですが、何も、誰も訪れることはない静寂の世界

おしっこするために車外に出るときも、外を窺ってからおっかなびっくり出る。
この緊張感!
寝たのか寝ていないのか、夢うつつ

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明け方に雨がパラパラッと降ってきたので目が覚める。
しまった、飯ごうを出しっぱなしにしていた。


上根来 雨にけぶりて静かなる 昨夜の桜 夢にあるらし

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「雨流れ」で役終了 
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野宿遍路のミーティング

2月26日(木)

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佛木寺で出会った野宿歩き歩き遍路のTさんから
先日結願したとメールが来ました。
いいねええええ、この寒い時期にテント泊で歩きとおしました。
羨ましいいいいいいいいい。

わしも歩き3周目の課題として、
「野宿」「通夜堂」「善根宿」を取り入れてみたいと考えています。
野宿は若者の特権?
いやいや、
オジサンにもできるはずです。
しかし、冬はやめておきます。
天下茶屋駅の古本屋で、目に付く限りの遍路関係の古本漁りをしていると
結構たくさんたまりましたが、野宿に関する著書はない。
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ネットでは色々野宿のポイントとかの情報が溢れています。
まあ、それはそれでいいのですが
あくまでネットの情報だけであって
ガセネタもあったり、古い情報もある。

であるからして、
最近野宿遍路を成し遂げた人の情報が一番ホットで熱い。
メールを頂いてから、すぐに考えたのは
「彼から情報をもらおう!」
です。

彼、職場から長期休暇をもらって四国に来たそうです。
う~~ん、理解ある職場ですね。
それに彼は職場で必要とされているのでしょうね。

南海難波駅前で待ち合わせをした。
そこにいる彼は、すぐにわかった。
なぜ?
持っている雰囲気が違う。
服装は普通の勤め人風ですが、周りの人たちと明らかに違う。
修行を終えた宗教者のような空気を纏っていました。
彼、職場の人に言われたそうな。
「イスラムのテロリストみたい・・・」
おいおい。
でも何となくわかるよ。うん。

結願後間もないからそう感じるのですが
非日常から日常に馴染むうちにその雰囲気は徐々に薄れていくのでしょう。
さてその時になったら、どういう行動を起こすでしょう。

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早速千日前のガストに行き、会食しながら
お互いの「四国遍路ひとり歩き同行二人」を付き合わせ
野宿ポイント、善根の宿、通夜堂の場所、状況などを仔細にメモる。
「まるで試験前の雰囲気ですね」
彼の言葉に、遠い昔の記憶が切なく蘇り、少し胸がチリチリしました。
あっちこっち脱線しながらお遍路の思い出話を語り合う。

話の中から、いかに四国の遍路路沿いの人たちが
お遍路さんに対して便宜を図ってくれているのかがよくわかります。
思い返されるのは
嫌だった記憶よりも嬉しかった記憶だけです。

そんな思いを共有している二人の話は尽きることありませんでした。

西国札所巡礼 18番六角堂頂法寺、19革堂行願寺、東寺

西国札所巡り
18番六角堂頂法寺、19革堂行願寺、東寺

2月21日(土)
もはやお遍路中毒者となったわし。
お四国に行かない週末にもじっとしておられません。

四国別格の納経帳を新調したら、巻頭の高野山の次に
東寺のページがあったよ。
こおりゃ、東寺にも行ってこなければいかん。
前回の京都市内西国巡礼の際、東寺に行こうと思えば行けたのですが
楽しみはとっておきましょう、ってんで残しておいたのです。

今日は弘法大師様の縁日です。
そう、かの有名な東寺の縁日
境内いっぱいに骨董品店が軒を並べ、その周りを食べ物屋が並ぶ。
お遍路と骨董めぐりができる、テーマパークやああああああ

まあその前に、京都市内の札所を巡っておかねば。
近鉄で難波から大和西大寺経由で「京都駅」まで行く。
「京都駅」から地下鉄で「烏丸御池駅」まで行き、そこから徒歩3分

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18番札所 六角堂頂法寺着
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ここは、聖徳太子開基の古刹なのだそうです。
それに、華道の池坊の発祥地ということで、
池坊の家元が代々住職を勤めているそうです。
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十六羅漢さんが立ち並ぶ。
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納経所の中は売店になっていて、色々なグッズが並んでいる。
何か懐かしい匂いがする。休憩所を見てみたら変わった火鉢がある。
こういったものは、寺院でのみその魅力が発揮できるでしょうね。

さて次の札所までは歩いて行ける距離にある。
京の町屋の通りを東に向かって進むと寺町通りに出る。
ここを御所に向かって北に進む。
寺町通りにはわしの大好物の古書店や骨董品店が並ぶ。
ついフラフラと入りそうになるが、今日はやめ。

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固い決意で寺町どおりをさらに進むと、
それらしき看板が目に入る。
京都の町並みに寺社は自然と溶け込んでいる。

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19番札所 革堂行願寺着
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ここの境内には外国人観光客、近所の人、
それにきちんと白衣を着た巡礼者がいるよ。
納経所に何かグッズがあるかな?
見てみたんですが、何もない。

さて今回の西国札所巡りは終了!
御所を右に見ながら西に進むと、地下鉄「丸太町駅」に着く。
そこから「京都駅」まで行き、「近鉄京都駅」から「東寺駅」に着く。
乗り換えは面倒くさいんですが、こういった乗り換えも楽しい。

「東寺駅」は、東寺のための駅なんやろうかね。
今日は弘法さんの縁日
駅から吐き出される人はすべて同じ方向に進む。
お寺の周囲の歩道にも露天がひしめいていて、
流れが悪いったらありゃしない。

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東寺着
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境内は骨董品の露天・露天・露天
しきりに目移りするが
まずお参りをすませねばならない。
人の波をかき分けかき分け・・・
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ああ、いい匂いがするなあ・・・どて焼きかああ
おっタイ焼きかあ、その横は草もちやんけ!
とどめはお好み焼きやんけ。
腹減ったなあ。

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国宝大師堂に行く。
ここの領域はそんなに人で溢れ返っていない。
純粋にお大師様との縁を結ぼうという善男善女が集まっています。
ちょうど僧侶による勤行が行われていたので
それに合わせてお勤めさせていただきました。

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さて納経も済ませまして・・・・
骨董品店をひやかして歩こうかね。
壷・皿・鋳物・書画・着物・・・なんでもある。
わしの好きな軍装品もあるよ。
話好きの親父さんとしばらくミリタリーグッズの話をする。

すっかり目が肥えたので、次は腹ごしらえ。
お好み焼きを食べよう。その次は、草もち。

う~~~ん、満足

さてこのまま難波に帰るか・・・

いやいや

ここから近鉄に乗って帰る途中に飛鳥がある。
飛鳥といえば、「高松塚古墳」
そう、先だって西国巡礼を優先させて高松塚を目の前にして
通り過ぎてしまいました。
その悔いが千載となって残っていたのです。

今12時30分
よおおおおし、いくぞおおおおお!
「東寺駅」~「大和西大寺駅」~「橿原神宮駅」~「飛鳥駅」
と乗り換えて行く。
面倒くさく見えるが、千里の道も遠しとは思わず。

1500
「飛鳥駅」着
バスで行こうかと思ったが、駅前の看板を見ると、
「高松塚まで歩いて7分」と書いてあるので
歩いていきましょう。それに暖かい。
小春日和です。
思わず鼻歌が出て足取りも軽い。
なにしろ昭和47年に発見されてから、
マスコミがじゃんじゃん報道しまくっていて
古墳小僧のわしは心ときめかせていましたがな。
でも、この地に来るまでは40年近くかかってしまいました。

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1517
高松塚古墳入り口に到着しました。ここからすぐと思ったんですが、
さらに500mくらい里を歩かねばならない。
しかし、千里の道も遠しとは思わず!
暖かくて汗が出てくるのは意外でした。

まず、「高松塚壁画館」があるのでそこに入る。250円
発見当時の状況を、レプリカで展示されている。
意外と小さいなあ。
現在、この壁画は人間の手が入ったことにより
劣化がひどくなっています。
現代人が余計なことをしなければずっと美しい色彩のまま
静かに眠っていたでしょうね。

さらに歩くと、おお。
円墳が見えてきた。
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これが本来の姿なんですが、わしの馴染みのある古墳は皆、
鬱蒼とした木立に包まれている姿がほとんどです。
さてこのさき国宝に指定された壁画と古墳はどうなっていくんでしょうね?
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今日は西国巡礼、弘法さんの縁日、高松塚と
実り多い日でした。



区切り歩き遍路2周目 第7回 49番浄土寺~63番吉祥寺

区切り歩き遍路2周目
第7回 49番浄土寺~63番吉祥寺

わしの歩き・バス・列車・ヒッチハイクお遍路も、折り返し点を過ぎました。
順調すぎて、こんなんでいいの?と思うくらいですがな。

2月14日(土)
おおっ今日はバレンタインデーなんやね。
ま、そんなことはお大師様の知ったこっちゃないんですけど。

0600に高速バスは松山に到着する。
まだ夜が明けておらず、月が出迎えてくれる。
さすがに2月はまだ寒い。
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ここでしばらく朝食を食べたり洗面をしたり、
次回の久万高原行バス停の確認をしながら時間をつぶす。

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約束の時間ピッタリに門前の小僧さん
(以下、「小僧さん」と表現する)がベンツでやってきた。
今日の松山札所めぐりは小僧さんにすべて帰依することにする。

実は来月の3月には、久万高原から下りの三坂峠のふもとにある
お接待所「坂本屋」訪問をすることになっていて、
そこに半日逗留して、帰りに46~48番と文殊院を参拝するので、
今回は49番からなのです。

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第49番札所 浄土寺着
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門前の駐車場で装束を整えて・・・いざお遍路へ!
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小僧さんは日頃から般若心経の写経をされていて、
参拝の時には写経入れの中に持参した物を入れている。
本来の「納経」なんでしょうね、これは。
で、その場合の仏前勤行次第はどうやればいいんかいなあ?
というわしの疑問に対しては、小僧さんが歩き遍路された際の先達さん曰く、
「形式にこだわる必要はない」そうです。
う~~む、易しいようで難しい公案です。
わしも写経を納めてみたいと思うのですが、それが自分には出来るのか?

次の札所に向かう途中、小僧さんの忘れ物を取りに行くため、
「遍路橋」のほとりの小僧さん宅に向かう。
そそそこで、奥様からチョコを頂きましたがな!
カンゲキー
まさかお遍路に出てチョコを頂けるとは思いませんでしたがな。
今年はいいことあるかな?

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第50番札所 繁多寺着
ここは松山市街を一望のもとに望むことができるFBなロケーションです。
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鐘楼の天井には極彩色の天井画が描かれています。
小僧さんに教えてもらうまで、全然気が付いていませんでした。
この天井画、あらかじめ描かれた板を嵌め込んだんでしょうね。
でなければ首が凝って仕方がない。
この題材は何なんでしょう?
答えは「門前の小僧遍路日記」にて。
ミケランジェロがシスティナ礼拝堂のフレスコ画を描いた時のぼやき・・
「わが筆は常に頭上にあり 絵の具は床に滴りて豪華な模様を成す
わが足は腰を貫き、尻でようやく釣り合えり
足下は目に入らず、そろそろと歩むのみ
わが面の皮は引き張られ、後方に折られて結ばれる
われ反りかえるはシリア人の弓のごとし」
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0900
第51番札所 石手寺着
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ずっと気になっていた門前の土産物屋さん前のこの女性の像
縁起を聞いてみたら、神仏様の像ではないらしい。
でも詳しいことは忘れてしまいましたがな。

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鐘楼には住職の反戦平和への
熱いメッセージが掲げられております。

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次の太山寺へ至る遍路道は、本堂を左に行ったところにありました。
全然気づかなかったなあ。
大体、山門の方に戻り、道後温泉の方向に行ってしまうよ。

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納経所で納経してもらっていたら、やたら美人のツアー添乗員さんに尋ねられた。
「人間のホンノウ(煩悩)は、ヒャクハチなのに、なぜ88か所なんデスか?」
「う、うう~ん、それはね、これとは別に別格20番あって、これらを足すと、
丁度煩悩の数の百八つになるのです」
「そうデすかあ、アリガトございます」
苦しい言い逃れをしてしまいました。

彼女、韓国人のようです。そういえば韓国人の団体さんが来ていたなあ。
勉強熱心の方のようで、いずれお遍路を始めるかもしれません。
韓国人の先達さんもおられることですし、
この機会に日本の文化を深く知っていただきたい。
わしもしっかり勉強しておきます。

さて、このあと小僧さんにお願いして、是非訪ねてみたい宝巌寺へ行く。
ちょうど道後温泉の近くです。

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宝厳寺着
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ここはお遍路とは関係のない時宗のお寺だが、一遍上人ゆかりの古刹です。
しかし昨年の火災で本堂を全焼し、一遍上人の木像も焼失してしまいました。
本堂再建の目途が立ち、現在その作業中です。
小僧さんにお願いをして仮寺務所に行き、
「もういっぺん 起き上がりこぼし」を買わせていただきました。
その際に、小銭入れに入れておいた有り金を全部寄進してしまい、
あとで慌てることに・・・・

次はロシア兵墓地へ・・・
日露戦争の際のロシア兵捕虜収容所が松山にあり、
そこで亡くなった兵士の墓があるところです。
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墓は故郷ロシアの方向を向いている。
「ロシア人墓地」と最初書かれていたのだが、ロシア以外からも徴兵されてきた人たちもいたため
「ロシア兵墓地」と改称されたそうです。
なるほど確かに墓碑銘にはギリシア正教の十字架、見慣れた十字架、新月、ダビデの星
様々な宗教のシンボルが刻まれています。
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徳島のドイツ兵捕虜収容所といい、
四国の人たちの寛容さが滲み出ているような話です。

途中、坊ちゃんで有名な「ターナー島」を見物しつつ、次の札所に行く。

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第52番札所 太山寺着
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ここの門前町で見たかったのは、「ねじれ竹」
参道脇の旧遍路宿の庭にある、先端や根本がねじれ絡み合って生える竹で、
この宿に泊まった不義の男女が金剛杖に使っていた青竹が突然ねじれ合い、
それを植えたところ自生したという話が伝わっています。
ダイサンチクという熱帯性の竹の一種とも言われているそうです。

そういえば、また余計な知識・・・
竹は日本古来の植物と考えられていますが、実は中国から持ち帰って植えた植物で
天敵がないため、現在竹害というものがあるそうです。
昔はきちんと竹林は手入れされていたんですが、最近手入れをされなくなったため
どんどん広がっていき、保水力が低いため土砂災害の原因ともなるそうです。
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ここの納経所で、財布がカラなのに気づいた。
宝厳寺で有り金すべて寄進してしまっていたがな。
リュックの中にお金があるが、駐車場は遠い。
「すすすんません、お金貸して・・・」
小僧さんから納経代借りました。


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第53番札所 圓明寺着
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ここの山門脇の石柱に記されていた寄進者の名前・・・
「誰だかわかる?」
「い、いえ。わかりませんのや」
「青色発光ダイオードの会社の社長夫人です」
ほほ~、生き金を使う人やねえええええ。凡人にはでけん。

さてここで本日の先達様とはお別れ。
某協会の会長職の小僧様は、翌日の会議資料準備のため急いで帰宅
多忙な予定を割いてわしに付き合ってくれました。
まことに申し訳ないっす。

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「伊予和気駅」から予讃線の上りで「大西駅」まで行く。
1135、ちょうど今治行の列車があった!
列車に飛び乗り、小僧さんのお見送りを受けて松山を後にしました。

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予讃線の車窓からは、美しい瀬戸内海の風景が見える。
去年の今頃、風に吹かれながらこの道を歩いたなあ・・・と感慨しきりです。
暖かな車内でボ~ッとしていると、
昨夜のバスでの寝不足が響いてついウトウト・・

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なんとか寝過ごさずに「大西駅」に到着しました。
「大西駅前バス停」は、駅からすぐ、
と書いてあったんですが、どこにもないよ。
近所のおじさんに聞いたら、200mくらい細い間道を通り抜けて、
国道まで出たところにある。
バス停の正面には「土岐氏の墓所」があった。
わし、美濃の出なので土岐氏と聞いたら早速参拝せにゃ・・・・まだ時間はある。

1236に来たバスに乗り、一路延命寺へ。
「阿方バス停」で降りようとしたら、
「次の桜ヶ丘団地前バス停のほうが近いよ」と教えてもらい、そこで降りる。
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確かにこっちの方が近い。
今回はバスの運転手さんにお世話になることが多い。
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第54番札所 延命寺着
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駐車場には不吉な大型車が駐車している。
そう、「団体さん」だ・・・・。
彼らは暖かくなるとどこからともなく現れ、
札所と札所の間を脇目も振らず走り抜け
騒々しい持鈴の音と共に札所に現れると漣のごとくお経をあげ、
終わると次の札所目指して去ってゆく。疾きこと風の如し。
しかして彼らは決して納経所に現れることはなし。
「テンジョウイン」と呼ばれる旅行請負人が山ほどの納経帳あるいはお軸を
うず高く積み揚げる様はバベルの塔、また百尺の山の如し。
不幸にしてその場に行き当たった遍路は、その間修行に耐えねばならない。
極稀に心ある者は歩き遍路に対し順番を分け与えてくれるが、
大部分は知らぬ存ぜぬ顔で、
じっと順番を待つ歩き遍路には目もくれない。

今回も、ああっ・・・納経所には天高く納経帳の塔が建っている。

ここから南光坊まで4km、歩いて1時間
どうしようか・・・今回の旅はバス、列車の道程開拓を行うことである、
と自分に言い聞かせ、バス停の方向に向かって歩く。
「そっちは逆の方向だよ!」
門前を掃除中のお爺さんから声がかかる。
「い、いえ。疲れたのでバスで行こうかと思い・・・」
(これ、嘘はいかんぞ)

1346に今治営業所行の便がある。
まだ少し時間があるので近所のショッピングセンターにある「大阪王将」で昼食を摂る。
どうでもいいことかもしれんけど、「餃子の王将」と「大阪王将」はどう違うのだろうか。
どこかでケンカ別れして別々になったのでしょうかね?
カラアゲ丼と豚骨ラーメンのセットを食べた。
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第55番札所 南光坊着
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山門を入ったら、目の前に紐が垂れ下がっている。
なにかな?と思い上を見上げたら釣鐘だった。
滑車があって、滑らかに突き棒が動くようになっていますがな。
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今日はこの辺で終了の予定だったんですが、まだまだ時間がある。
よし今日は行けるところまで行こう!

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「今治市役所前バス停」から1431発の木地口行きに乗り、
「小泉バス停」で降りる。220円
そこから約500m歩いたら、

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第56番札所 泰山寺着
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納経所のワンちゃんは今日はお留守です。
今日は休日なので家族連れの車遍路が多い。
思春期くらいの男の子も、親に連れられて参拝しています。
こういった機会に神仏に触れる機会があるといいですね。

わしは中学校のころ、創価学会の友達から折伏されて癪だったので
宗教について勉強をしていた頃だったので、
「神頼みなんてするもんじゃない!」と生意気言っていました。
でも、実はそうで、神様には頼む対象ではなく、
満願成就とか、無事息災のお礼をしにいくものなのです。
「今日一日ありがとうございました」

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こんなことを考えている自分の姿が大師堂に映っている。
どんな表情をしているんやろうねえ。
お大師様は「ごちゃごちゃ言っとらんでええんじゃ」
と言われているかもね。

さて、次のバスは・・・ない。
ここから次の栄福寺までは3.9km、歩けば1時間ちょいです。
もう3時過ぎだし・・・58仙遊寺まで行きたいという欲が出てきた。

奥の手を使おう。
駐車場で若い夫婦連れが車に乗り込むところを襲ってみた。
「もし、次の札所までいきなさるか?」
「行きますよ」
「すまんが・・・わしをそこまで乗せていってくださらんか?」
「いいですよ」
「おお、ありがたや。南無大師遍照金剛」

善男善女の集う札所の駐車場では50%の高確率でヒッチハイクが成功する。
車遍路のことを時には否定するくせに、
わしって勝手な人間やねえ・・・・
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第56番札所 栄福寺着
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徳さんのお遍路さんでもここの建物が出ていましたね。
乗せてもらった車の奥さんが
「変わった建物!何かしら?」
「お寺の情報を発信する基地ですって・・・」
わしも喋っていて、わかったようなわからんような答えになっちまった。
つくづく、勉強不足です。

栄福寺まで車を御馳走してもらえたので時間がたっぷりあるよ。
この時間なら次の57番仙遊寺までの3kmを余裕を持って歩ける。

いざ!

山道を歩くのは楽しいね。
足の裏が気持ちいい。
それにまだ冬なので蛇が出ないのが何よりいい。
歩き遍路は冬に限る!

去年、写真を撮ろうと思ったらシャッターがおりなかった
「犬塚」
おそるおそる写真を撮ってみたら、撮れたよ。
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単に電池がなくなっていただけなのか?
それともわしの運気の違いか?

山道は鳥の声しか聞こえてこない。

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おお、今年も梅の花が迎えてくれました。
一本だけ凛として咲いているこの木、好きですね。
梅の花の精がいるのかもしれん。
この梅ノ木に呼ばれてここまで来たような気がする。
気のせいか。

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内海源介の墓を過ぎて・・・アスファルトの道路に合流する。
確かに勾配は急じゃなくて登り易いのですが
自動車道は趣がないなあ。

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57番札所 仙遊寺着
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ここの山門をくぐるとわしの好きな「瀧観観音」がある。
この憂いを帯びた表情がたまらん。
本堂へ至るまでの長い階段で息があがってくる。
汗もどんどん出てくる。冷えると寒いやろうなあ。

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修行大師様の背中が出迎えてくれる。
山の上だけあって空気が冷たい。
ここには素敵な宿坊があるそうです。泊まってみたいなあ。
納経所で
「すいません、ここには通夜堂はありますか?」
「はい、ありますよ」
「そうですか!次の機会に是非お願いします!」
次は寝袋持ってこよう

さて参拝も済んだ。
ここから今治市内南光坊近くの旅館を予約している。
どうやってそこまで行こうか・・・・
駐車場の車にご馳走してもらおうかな?
ふと見るとテレビで見た「お砂踏み巡礼」のワゴン車がある!
なるほど、これがそうなのか。
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さて車遍路は二組いる。
老夫婦二組が一台の軽自動車で来ている。これは無理やなあ。
もう一台は、30台のあんちゃん、これだ!
「あ、あの~いまからどこに行かれるかのう?」
「あ、今日はここの宿坊に泊まるんっすよ。あはははは」
「そ、そうですか。ここの宿坊はいいところらしいですね。ではごゆっくり」
「あはははは」


腹を決めて歩いて里まで下ろう。
登りと違ってペースは速いが膝と爪先にこたえる。
確か永福寺の先の川を渡ったところにバス停があるなあ。
1721に今治駅行きのバスがある。
とりあえずそこまで行こうぞ。

黙々と日の暮れかかった山道を下って行くと、後ろの方で
ワイワイガヤガヤ声がする。
若い男女4人がふもとから仙遊寺まで行って帰る途中のようです。
ピクニックかな?
楽しそうにお喋りしながら、それでも足どりは軽そう。
いいねえ、わしも混ぜてもらいたい。

栄福寺までたどりつき、さて目指す川向こうは・・・意外と遠い。
もはや1715・・・
ああっバスには間に合わない。
仕方ないなあ、奥の手のタクシーを使うか。
「栄福寺まで一台!」
「あいよっ!」
すぐに来てくれました。
「南光坊まで」
「あいよっ」
「ところで、笑福ビジネスホテルって知ってます?できたらそこに・・・」
「今治駅前の?」
「いえ、そこは廃業したらしいんです。で、息子さんが南光坊近くで
同じ名前のビジネスホテルされているそうです」
「知らないなあ~。お遍路さんも使わないのでは?」
「そうなんかもしれませんね。では南光坊でお願いします」

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南光坊の納経所前のベンチでホテルに電話を入れて待っていると、
迎えに来てくれました。
今回のお宿は「笑福ビジネスホテル」南光坊南数分
ここは、今治駅前の遍路道沿いにあった「笑福旅館」が廃業し、
息子さんがこちらで開いている宿泊施設です。

聞いてみると奥さんが管理栄養士、ご主人は司法書士、宅建も持っておられる。
あ、それから調理師とふぐ調理師も・・・
なぜにそんな人たちがビジネスホテル?
謎は深まるが、まあいいか。

冬場のお遍路は洗濯しなくてもいいかと思ったが
結構汗だくになってしまい、山のような洗濯物になってしまい、
部屋に干したのですが
部屋に染み付いたタバコの匂いが移ってしまい、
後日全部洗濯しなおすことになりました。





2月15日(日)
今日の予定は、59番国分寺と別格10番興隆寺、11番生木地蔵です。
本当は昨日55番南光坊までとしていたんで、
今日の予定が大分余裕があるよ。どこまで行けるかな?

0630朝食を食べ終えて0700ご主人に今治駅まで送ってもらいます。
その際に、奥さんとご主人の持つ資格についてお話を聞くことができました。

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0720「今治駅」発
多度津行き普通列車で、「伊予富田駅」まで行く。
朝のローカル線はガラガラです。
それよりもこの駅の発車メロディーは「瀬戸の花嫁」です。
わしが小学生高学年の頃流行っていて、好きだったなあこの曲
いつのまにか口ずさんでいましたがな。
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0723「伊予富田駅」着
ここから2km弱国道に沿って歩く。
ここは前回歩いたはずなのに、不思議と記憶にない。なぜなんだろうか。
単にわしの記憶力が落ちてきただけなんやろうか。

0814
第59番札所 伊予国分寺着
早朝の札所は人がいない。しかしお線香立てには既に何本か立っている。
3本セットではないお線香なんで、お遍路さんではなく
地元の方が参拝されて行ったんでしょうね。

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握手修行大師様のお背中も、まだ早朝モードで、
のんびりされているようです。
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その横にある「大師の壷」頭・足・腰・目・・・あちこち触れて真言を唱えました。
どこまでご利益があるか?

さてそこからまた道なりに「伊予桜井駅」まで約2km歩いて再び列車に乗る。
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道の途中、小学校の校庭脇に、遍路標識が倒れていた。
教育委員会さん、どうかもとどおり建ててやってください。
これは四国の文化財なんですから・・・

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「伊予桜井駅」は無人で、駅前のさびれた食料品店で切符を売っている。
「ごめんくださ~い」
「は~い、はい・・・」
お婆さんが出てきた。
商店の向かい側の自転車預かり所には山ほどの自転車が預けられていたので
利用客は多いようだ。
だから、切符や定期の販売委託でなんとかこの商店はやっていけるんでしょうね。
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0911「伊予桜井駅」発
0924 2つ先の「壬生川駅」着
「丹生(にゅう)」と「壬生川(にゅうがわ)」は、読みが同じで、
途中文字が変わったのでしょうかね。

ここら一帯の「丹生」という地名は、
辰砂の採れる鉱脈があったことを裏付けるのでしょうね。
日本のあちこちに「丹生」のつく地名が点在している。
たしか高野山も辰砂の鉱脈の上だったと思う。
神社仏閣の造営や、塗金のための水銀は、昔から大量に必要だった。
弘法大師の足跡と辰砂の鉱脈は必然的に一致しています。
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さて今日は時間がたっぷりある。
ここから別格11番生木地蔵までは4kmほどあり、
さらに10番興隆寺まで4km
歩いていこうかバスを使おうか・・・
駅前の路線バス停の標識とにらめっこしていたら、
バス停にバスがちょうどやってくる。
運転手さんに
「このバスは、『なまきじぞう』に行きますか?」
「ええ、『いきじぞう』すぐ前に行きますよ」
ああ、生木とは、「いき」と読むのだったか・・・・
しかしなんというグッドタイミング
お大師様のお導きか(考えすぎ)

0931発「壬生川駅前」周桑バス湯谷口行き
乗客はわしひとり。バスの運転手さんと世間話をしながら目的地まで向かう。
なんとのどかなローカルバスであろうか。
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0947
「はい、生木前バス停に着きましたよ。次の興隆寺へは、そこの信号を右ですよ!」
「お世話になりましたあっ」

0949
別格11番札所 生木地蔵(正善寺)着
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わしの好きなこじんまりとしたお寺です。
隣には神社がある。
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ここの売りは楠の立ち木に彫られた地蔵尊なんですが
昭和29年の台風で倒壊し、しかし地蔵尊は無事であったため、
本堂の中に安置されている。
中を覗いてみたが、袈裟がかけられていて木目が見えなかったよ。

ここからは4kmほど歩いて10番興隆寺へ行く。
初春の伊予路は日差しが暖かく、風もそれほど吹いていない。
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田んぼからは枯れ草を焼く香りが渡って来る。
「どこまで行きなさるか」
「はい、興隆寺まで」
「西山さんかあ。主人もお遍路が好きでよく行っていたよ」
「そおですかああああ」
このへんでは西山さんと言われて親しまれているのですね。
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ため池の堤防かなあ、首のないお地蔵さんが鎮座ましましている。
なんとかならんもんかねえ。

やがて路は山の斜面に沿って勾配が緩やかになってくる。
広い墓地を通っていると、道の向こうをサルが横切っていく!
「サルものは、追わず・・・」
獣よけに金剛杖に鈴をつける。
最近金剛杖に鈴をつけることなかったから、久しぶりの登場やね。
鈴さん、お待ちかねでした。

さらに参堂は山道になっていく。
いかにも札所に近づきつつあるといった風情です。
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それに、おお、
「西山四国八十八箇所巡り」があるじゃあないですか。
わしの大好物です。
一番札所の建物は結構立派なお堂になっている。
このほかの札所もこんな感じかなあ?
この先に行ってみたいが、やめておく。

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赤く塗られた「御由流宣橋(みゆるぎばし)」

-看板原文のまま-
弘法大師が青年の頃この橋のたもとで
「み仏の法のみ山の法の水 流れも清くみゆるぎの橋」
と詠まれた。
この橋は橋板の裏側に経文が書かれてあるところから無明から
光明へのかけはしとなっている。心して渡られよ。

はい。心して渡らせていただきます。

山門について、やれやれと思いきや、まだまだ石段は続く。
今日は気温が高いのと、厚着をしているために汗が流れ落ちてくる。

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「牛石」
-看板原文のまま-
源頼朝公が本堂再建の時材料を運搬し続けた牛がこの地にたおれ、
人々は牛に似た石でこれを葬った。
参詣する人々は口のところに草をさしこんではその労をねぎらうのである。

なるほど、牛の形をしているが
口に差し込まれているのは草ではない。
杉の葉である。
牛さんは杉の葉は食べられないでしょうに・・・独り突っ込む。

途中で何かの気配を感じる。
さては山の獣が出来したか?と思い振り返ると犬だ。
首輪の紐が途中で切れている。
もももしやこれが四国で名高い「へんろ犬」か!
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犬ちゃんと一緒に本堂まで登っていく。
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本堂は、立派な石垣の上に建てられている。
たぶんこれは、城塞の役割も持っているんでしょうね。
昔の大寺院は堀をめぐらしたり、砦としても使えるような建物が多い。
有名なのは石山本願寺
後に秀吉が大阪城を築いたほどの場所です。

小さい子連れの若夫婦がお参りに来ている。
4歳くらいのお姉ちゃんと2歳くらいの弟です。
ちょうどわしの子供もこういった感じでした。
お父さんはちゃんと子供たち用の納経帖も持ってきています。
小さいうちからこうして神仏に手を合わせることを教えるのはいいことだと思います。

境内には先ほどの犬と、もう一匹プードルっぽい小型犬がいて、
子供たちはそっちに夢中で追いかけている。
犬たちは、あんまりしつこくかまわれたくないらしく、
うなり声を出していますがな。

納経所ではピンバッチも買う。
「歩きですか?」
「はははい」
歩きはお接待でミルキーを3つ貰いました。
子供たちと目が合ったので、ひとつずつお遍路さんからお接待をあげました。
「ようお参りでした!」
「ありがとー!」
「ママ、食べていい?」

ここのお寺は山奥の別格ですし、駐車場から長い距離を階段で登らなくてはいけないのですが
何組かお遍路さん以外にも参詣者が次々と登ってくる。
親しまれているお寺なんでしょうね。

別格では念珠をひとつずつ買い、それを20集めて数珠にするのですが
最初から集めていなかったので
今回は買うのをやめておきます。また次回・・・楽しみ。

帰りはまたのどかな田園風景を眺めながら緩やかな降り道です。
一度来た道は、最初よりも時間が短く感じる。
「ジャネーの法則」の通りで、
初めての経験は時間が長く感じ、
経験済みのことは時間が短く感じる。
これは若い頃は新しい経験ばかりなので一年が長く感じ、
年とっていくと経験したことばかりなんで一年はあっという間
ということです。
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生木地蔵前まで戻ってきました。
ここからバスに乗ればあっという間に壬生川駅まで戻れる。
距離にして約5km
この時間にバスで壬生川駅まで戻り、そこから香園寺まで行けるな・・・・
思いは千々に乱れつつ、結局バス停に足が向く。
ここのバス停、上りと下りの場所が大きく離れている。
バスの運ちゃんが来る時教えてくれました。
下りのバス停目指して国道を進むが、バス停そのものが見当たらない。
「????」
さらに20分くらい歩くが、次のバス停もないし、見たことのない風景だ。

ああ、バス路線は旧道だ!
ここで旧道に行くか、このまま歩いて駅まで行くか
またもや心は千々に乱れる。
しかし、自然と足は旧道に向かっている。
旧道に入ったとわかるのは、前回横峰寺に向かって歩いた道で、鮮明に覚えているからだ。

バス停があった。
「丹原下町バス停」1321発
今は・・・1320
おおっなんと!
またしてもお大師様のお導きか!(考えすぎだってば)
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バスは旧道を順調に進み、1332壬生川駅に到着!
いいねえ、順調ですがな!

こうなったら61番香園寺まで行きたい。
でもね・・・列車の便がなくて1時間後しかない。
仕方ない、タクシーで行こう。
駅前にたむろしているタクシーに
「あ、あの~、番香園寺までいくらくらいでしょうか・・・」
「1800円くらいやね」
そのくらいなら大丈夫だ!

1340
第61番札所 香園寺着
駐車場には
「日本1週自転車旅行中 寄付求む」のボードをつけた自転車と
あんちゃんが座り込んでなにやらタブレットで書き込みをしていた。
若い頃に苦労しなはれよ・・・
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この大聖堂(?)は、初めて訪れる人には少々戸惑うところでしょうね。
まず、どこにどうして行けばいいのか、大概うろうろしている。
階段を上がり、入り口で中を覗き込んで
(ここでいいの?)
のような感じの善男善女が多くいる。
「すいません、タイシ堂は、ここでいいんでしょうか?」
「え?太子堂ですか?さて、太子堂はわかりませんねえ・・・」
「え?でも必ずタイシ堂はあるはずなんですけども」
(あなたお遍路さんなんでしょ?タイシ堂もしらないの?)
「もしかしたら、ダイシ堂ですか?弘法大師様の」
「え、ええ。(タイシって言うじゃないの?)そう・・」
「それならばご本尊の大日如来様の、ほら、その奥にあります」
「ああ、そうですか」
「それから外には子安大師様もおられますから、そちらもお参りされてください」

彼女ら、一番から回ってきたんでしょうか?
「タイシ堂」を拝みながら・・・

車遍路さんたちは、お互いの情報交換とか、
先達さんによる教えを受けることがないので基本的なことを間違ったまま
巡礼されている方が多いように感じます。
なにか釈然としない婦人たちを残し、わしは納経所に行く。

わしはお遍路始めるに当たって、
最初だけバスツアーに参加してみてお勉強をしておいてよかった、
と思います。
わしの参加したツアーの先達さんは年配の僧侶の方で、
ほかのオバハン先達さんからは「先生!」と呼ばれておられました。
ツアーに参加される善男善女(ほとんどが婦人)は、素直に先達さんの
言われる作法を一生懸命なぞっていました。
これはこれでいいのではないかと思います。
ただ、時間の都合でせかされるようにお参りしたり、
納経帳は添乗員さんが(山ほど)持っていくので、納経を知らないまま終わったり
さらにバス遍路だけで先達さんになった人なんかは、
遍路道の事を知らなかったり・・・

わし、バス・歩き・車の遍路をやってみたんですが
なんでもいろいろ経験しておくのが大事じゃないかと思いますよ。
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納経所には「62番さんの記念御影をここでお渡しします」と表示されていた。
前は63番さんでそれをもらった。
61番と63番が、補完してあげておられるんやねえええええ。


ここから次の宝寿寺までは1.5km
フンフンフ~ンと楽しく歩いていく。

1410
第62番札所 宝寿寺着
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あいかわらず本堂は工事中で近づけない。
納経所で御影を1枚頂き・・・
ちょっとおトイレに行こうかね。

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これ、ナイスな注意書きですね。ベスト注意書きです。
子供の頃、学校の遠足で観光地に行った時
男子トイレで着物姿のお婆さんが朝顔にお尻を向けて用足ししていたのを見て
カルチャーショックを受けた思い出が蘇りました。
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さらに吉祥寺まで1.5km
これも楽しい楽しい歩きです。

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吉祥寺の塀の外にレモンの木があって、黄色いレモンがたわわになっている。
わし、柑橘系はミカン以外は苦手で、特にレモンは考えただけで唾が湧いてきます。
普段は絶対に手を出さないのですが、なぜかこのレモンを食べたくなった。
木になっている物は「不誅盗」の戒めにそむくので
例によって地面に落ちているやつはないかな・・・と杖で草むらをあたってみたら

あったよ。

まだ腐ってもいないし、傷もない。
南無大師遍照金剛
いただきます。
無意識にガブリ
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レモンを美味しいと思ったことは生まれて初めてです。
すっぱく感じなかった。むしろ爽やかな酸味に感じました。
そういえば今日は朝食を0630に食べてから何も食べていない。
飲み物も飲んでいない。
汗もかいていた。
疲れきった身体がレモンを欲していたのでしょうか。
五臓六腑にレモンの果汁が染み渡る。
「フレッシュレモンになりたいの!」
なんのこっちゃ。

1447
第63番札所 吉祥寺着
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先ほどのレモンの感動が大きすぎて、
いまいち吉祥寺の印象が薄くなってしまった。
すまんこってす。

さてここで今回の予定を終えることにします。
調子こいて次の64番前神寺まで行けない事はないが
今日は壬生川駅に戻り、1540の高速バスで帰らねばいけない。
万が一乗り遅れたら悲惨なので
歩いて3分の「伊予氷見駅」から「壬生川駅」まで戻る。
列車を待つ間に遅い昼食を食べることにしました。

1534「伊予氷見駅」発、1543「壬生川駅」着
まだバスの時間まで2時間あるので、
駅の売店で聞いた「トウヨウ温泉」に行く。
地元の人は知っているので、「ああ、あそこを右に曲がってもひとつ右に曲がってすぐ」
こともなげに言うんですが、わしは始めてなので道のりが長く感じる。
ここでもジャネーの法則です。
艱難辛苦の上着いたら「東予温泉」でした。「トウヨウ」ではないのね・・・
ともかく、汗を流すことができてさっぱりしました。

伊予、讃岐に入ってくると帰り便は翌朝ではなく
当日の夜に大阪に到着できるので便利です。
それにわしのイビキの被害者が少なくて済む・・・。

旅を進めるうちに記念バッチがたくさん集まってきました。
わし、バッチマニアなんですよ。
アメリカ旅行の時も帽子一杯にバッチつけて喜んでいました。
そんな虫が「1200年記念」バッチがあちこちで販売されていますがな。
思わず買ってしまいます。ああ~、お金減る。
さてそれをどこにつけようか・・・そういえば見かけた大先達さんの輪袈裟には
ピンバッチがキラキラついていたなあ・・・
だったら輪袈裟につけてもいいのではない?
チョーシに乗ってつけたら、重くなってしまいました。
でもまだまだ札所は続き、この先バッチはどんどん増えていきます。

次回は3月7日、8日に久万高原大宝寺、岩屋寺、それにそれに
坂本屋訪問です。
楽しみ~。

西国三十三箇所巡礼 15番今熊野観音寺~17番六波羅蜜寺、22番総持寺

西国三十三箇所巡礼
15番今熊野観音寺~17番六波羅蜜寺、22番総持寺

2月1日(日)

順番から行くと次は近江の12番正法寺~14番三井寺に行かねばならないんですが
場所の関係で、こちらは旅の後半に行くことにします。
で、今日は京都市内の2ヶ寺と摂津の総持寺に行きます。
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今日は一気にJRで京都まで行きます。
JR「京都駅」から奈良線に乗り「東福寺駅」で降りて、15分くらい歩く。
昨夜は雪が降ったのでしょう。古都は雪化粧で風情のある事この上もない。
じじ実は、「東福寺駅」という名前の駅で降りたので、
寺社の多い京都のこと、頭の中に「東福寺」という名前がインプットされてしまい
泉涌寺境内にある今熊野観音寺にいかねばならないのに
なぜか東福寺の方に行ってしまいました。
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東福寺門前まで来て初めて間違いに気づきました。
臨済宗なんですが、何かのご縁に引かれてきたんでしょうかね?

スマホのナビで現在位置を確認し、
細い京の路地を歩くのも趣があっていいよね。

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0843に、泉涌寺の山門に着く。
ここは真言宗泉涌寺派の総本山で、広大な寺域を持ち、目的の今熊野観音寺までは
もう少し歩かねばならない。
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寺域内には小中一貫校があり、試合があるのか、ジャージ姿の中学生たちが
たくさん歩いている。
さすが京都市内の中学生らしく、お寺に関することを話しながら歩いている。
「こういうお寺の雰囲気、好きなんやね~」
「お寺って、税金払わんでもいいんやよね」

0848
第十五番札所 今熊野観音寺着
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ここはお大師様が嵯峨天皇の勅願で開基された寺で
ご本尊は自ら彫った十一面観世音菩薩です。
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正面には子護大師像が雪を頂いて迎えてくれます。
寒そう・・・

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手水場には、お大師様が錫丈で打った岩から湧き出た五智水があり、
冷たい水が湧いています。

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観音堂と後ろの三重塔が雪で化粧されてとても美しい。
春や秋も花や紅葉で美しいけれども、
雪の時期に参拝できてよかったと思います。

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向かいにある大師堂は、正面から見るよりも
雪の花を着けている木の間から見たほうが
美しく見えます。

東福寺駅は、JRと京阪がある。
「おけいはん」に乗って「清水五条」まで行く。
ここからは約30分、清水坂を上って行く。
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寒い時期とはいえ、やはり清水寺は有名観光地なんで
観光客が多い。
昔から白人の数が多かったが、昨今は中国人が多い。かなり多い。
爆買い、爆食のあの連中だ。必ず子供を一人連れている。

1015
第十六番札所 清水寺着
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清水寺に西国札所があるとは、始めてみるまで気にもしていなかった。
しかし、ここは
あまりに、あまりに観光地なので本堂でのお勤めも
隅っこでこっそりやる。
舞台の上では雪が降っている。

ここは何度も訪れているのですが、巡礼で来るのは初めてなので
気分も観光気分ではない。

清水坂を下った先に、次の札所がある。
清水坂の売店には目もくれず(?)道を下る。
そういえば3月にはここで「花灯路」をやっている。
それは見にこようかなあ。

1040
十七番札所 六波羅蜜寺着
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「六波羅」というと、平清盛が六波羅殿といわれていたので
この辺に住んでいたのか?と思う。
ここは踊念仏の空也上人開基です。
醍醐天皇第五皇子として生まれた空也上人の物語や
後小松天皇第一皇子の一休禅師の物語が好きでよく読んでいました。
今回、宝物殿では有名な空也上人像や、平清盛像が拝観できる、とのことで
おおっこれはラッキー!
喜び勇んでお勤めをする。
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真言宗系寺院では、真言宗の在家勤行次第で事足りるんですが、
天台宗寺院では、ちょっと違う。
どうしようか?
観音経をあげるべきか??
しかしこの観音経は長いんやねええええ。
そんなこと言っていたらだめ?
瀬戸内寂聴さんの「観音経を読む」も好きだったんですが
最近、荒 了寛著「観音に生きる」が読みやすくて好きです。
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閑話休題

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お勤めの後、宝物館でお目当ての空也上人像
おお、お口から「南無阿弥陀仏」七字の仏が出ている。
平清盛像は、経典を書写している姿だろうか、書見しているのだろうか。
大満足で六波羅を後にしました。

「京阪清水五条駅」~「京阪東福寺」「JR東福寺」~「JR京都駅」~「JR摂津富田」
「阪急富田」~「阪急総持寺」
面倒くさそうに思えるが、
わし、こういった鉄道の乗り継ぎ好きなんですよ。
ですから、四国八十八箇所3周目もバス鉄道の乗り継ぎに心ときめかせています。

1254
第二十二番札所 総持寺着
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ここは高野山真言宗の寺院です。

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本堂の前には柴燈大護摩供の準備がされている。
一度こういったのを見てみたいなあ。

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ここは庫裏鬼瓦とか基壇用凝灰岩とか、創建当時の物が多く発掘されたもの
煮炊きの竈跡や、瓦竈跡も
誰にでも見られるように展示されてある。

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最後は大師堂にご挨拶して今回の旅を終えます。

これで西国札所の半分くらいを廻ったことになります。
そう急いで廻らなくても札所は逃げはしません。
ゆっくり、時間とお金が許す限り廻っていこうと思います。

西国三十三箇所札所巡礼 8番長谷寺~11番上醍醐准胝堂

西国三十三箇所札所巡礼
8番長谷寺~11番上醍醐准胝堂

1月31日(土)
四国と西国を週替わりで巡礼しているこの頃です。
堺市に住んでいると、本当にあちこち行きやすい。
便利な所に住んでいると感謝です。
徳道上人様、花山法皇様、伝教大師様、そして弘法大師様に感謝です。

ちなみに西国は「巡礼」、四国は「遍路」というそうな。
五来重著の「四国遍路の寺」にその意味が書かれていました。
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さて思い立ったら出動
まずは南海なんばまで行き、そこから近鉄で「大和八木駅」で乗り換え、
「長谷寺駅」まで行きます。
そこから歩いて約15分
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朝早い門前町は、まだ静まり返っていますがな。
ここは都会の喧騒とは縁のない、しかし参詣客で賑わう山里の街
新聞舗の看板がたまらなく味があっていいね。
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0837
第八番札所 長谷寺着
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いつも思うのだが、西国札所のこの立派さ
これだけの寺域の建物、庭を管理するのは大変でしょうね。
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約200mの登廊は、ゆるやかな階段で登りやすい。
ちょうど人の歩幅くらいで、段差も低い。
歴史を感じさせてくれる造りです。

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庭には雪囲いをした牡丹の木が立ち並んでいる。
これだけの雪囲い、大変でしょうね。
ここは牡丹の花で有名なお寺でした。でも今は花のシーズンオフ
花の季節は観光客で大変な混雑でしょうね。

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登りきったところにある本堂は舞台造りで、
絶景が眺望できる。
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ここのご本尊は十一面観世音菩薩です。
参拝者は、やはりわし一人しかいない。
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本堂の奥には大師堂があります。
入定1150年を記念し、昭和59年に建てられたそうです。
建物の前には左右2体のお大師さまがおられる。

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更に降りると開山堂があり、そこには
西国三十三箇所開基の徳道上人をおまつりしてあります。
西国というと、中興の祖である花山法皇が有名なんですが
案外開基のほうはメジャーではない。

その近くには売店があり、ちょこっと覗いてみると
おや、珍しいものがある。
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ご当地キティちゃんの長谷寺バージョンです。
十一面観音キティちゃんですね。
ご当地キティちゃんが好きな女の子がいて、随分お土産に買っていったなあ・・・
よし、これも迷わず買おう。

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参拝を終えて門前町に来ると、店を開け始めていた。
門前町の本来の賑やかさが始まったようです。
店先からは、うまそうな香りがしてくる。
「食べてって!」
草餅の試食を差し出された。
うううまい。
焦げたお餅の皮が食欲をそそる。中に入っているあんこも粒あんで食感がいい。
「おばちゃん、店で食べられる?」
「いらっしゃ~い!さ、中へどうぞ!」
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ストーブの前でこんがり焼けた草餅とお茶をいただく。
朝食を食べていなかったので、お腹に沁みるなああああ。
どれ、職場にもお土産を買っていくとしようかね。

満足して店を出る頃、雪が降ってきた。
山里に舞う雪、いいねええええ。風情満点

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「西国番外札所 長谷寺開山堂 法起院」
という看板があり、吸い寄せられるように中に入る。
ここは先の徳道上人が晩年当院の松の木の上から
法起菩薩と化し去ったといわれた所だそうです。

納経所で御住職から、西国札所の縁起について詳しく説明していただきました。
最初長谷寺が一番だったのですが、
中興の祖花山法皇が那智の西岸渡寺を一番としたため、
長谷寺が八番になったとか、
発起院が札所でなかったのはおかしいというので番外になったとか。

こういった小さいが趣のある寺院はいいですね。

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さて次は、再び近鉄に乗って「近鉄奈良駅」まで行く。
土曜ながら乗客は少ないなあ。
観光も今はシーズンオフなんでしょうね。

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静かな山里から打って変わって近鉄奈良駅前から
大層な賑わいです。
興福寺へと向かう道は、英語や中国語が飛び交っています。

1120
第九番札所 興福寺 南円堂着
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藤原氏の氏寺だった興福寺の寺域は広大で、
無数にある塔頭のひとつ、南円堂は、藤原冬嗣が建立したそうです。
朱塗りの八角形の建物はひときわ目立つ。
本尊は不空羂索観音です。

ここは観光地なので巡礼者はわずかで、物見遊山の人たちであふれ
お経をあげるわしの存在は浮いています。でも気にしない!
それより気になるのは仏前なのに柏手を打っているいい年のおっさん。
親から教わらなかったんでしょうね。
実際わしも手水の使い方や神前の二礼二拍手一礼の作法を教わらなかったなあ。
いかんなあ、「戦後日本」

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そう思いながら帰途につくと、目の前には興福寺五重塔
おお、確かにここは興福寺なんやねええ。
宝物館には阿修羅像があり、見ていこうかと思ったが
学生の時見に来ているから、いいか。
実物は思ったより小さかった。
写真で見たほうが迫力があった印象でした。

さて、奈良といえば鹿
南円堂に来るまでのわずかな道中、
彼らの痛いほどの視線を感じる。
「おい、そこの旅人、鹿せんべいはまだか!」
「せんべいを食わせろ!」
「さっさと買ってこい!ほら、そこに売店があるやろう」
あ~~~、うるさいなあ。

うるさいうるさいと思いつつも、参拝を終えての帰途、
やっぱり鹿せんべいを買っちまったよ。
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わしはここ数十年以来鹿が嫌いだ。
特に野生の鹿の獣害には目を覆うものがある。
人間の植えたものはともかく、山野に生える下草や木の皮などを食いつくし、枯れさせてしまう。
鹿が大繁殖したのは天敵がいなくなったことが大きな要因です。
ニホンオオカミの復活を願う・・・・彼らは決して猛獣ではないよ。


閑話休題

今度はJR奈良駅までしばし歩く。
もう雪の姿はなく、青空さえ見えてきた。
JR奈良駅の前の観光会館の建物は、いかにも古都らしい風情ですねえええ。
OH!オリエンタル!
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駅構内には、不気味な某童子像がすっかり市民権を得て鎮座ましましている。
わし、これ嫌いじゃないけどもね。
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いっときの山手線みたいな列車がやってきました。
ここから宇治まで行きます。
宇治といえば平等院・・・行きたいけど、今日の予定にはないから、やめ。

宇治駅から十番三室戸寺まではほぼ、歩きです。
30分くらい歩くと小高い丘が見えてきて、この中腹に目的地がある。
途中、古墳の発掘調査をやっているのが古都の古都たるゆえんでしょうか。
つくづく羨ましいです。
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1356
第十番札所 三室戸寺着
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ここも花の寺として有名ですが、今は綺麗に刈り込まれた葉っぱしか見えない。
さぞ、ここの躑躅と紫陽花は綺麗でしょうねええええええええ。

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本堂へ至る長い階段がある。
「こんなん話に聞いとらんかった!」と
オバハンが毒づきながら登っているよ。
これ、そんな事言ったらご利益薄いよ。

ここの境内には色々面白いものがある。
まず、「宇賀神」さま。
耳をさわれば福がくる、髭を撫でると健康長寿、しっぽをさすれば金運がつく
だそうです。
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そも、宇賀神さまとは?シュールな御姿・・・
日本で昔から信仰されてきた神で、龍神や蛇神の化身ともされるそうな。
深く考えるのはよして、耳と髭としっぽをさすりましたがな。

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次は福徳ウサギさんが玉を抱えているよ。
玉の中は空洞になっていて、その中に石でできた卵が入っていて
これが立つと足腰健全になるそうです。
わしもやってみました。なかなか難しいよ。
やっと立ちました。
足腰健全おめでとう。

さてこの時点でまだ1400です。
なので、次の上醍醐寺・准胝堂まで行ってみようかね。
近鉄「三室戸駅」から「六地蔵駅」まで行き、そこから地下鉄東西線に乗り
「醍醐駅」で降りる。


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第十一番札所 醍醐寺(准胝堂)着
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醍醐寺というのは広大な寺域を持っていて
国宝や重要文化財がたくさんある。
維持管理にお金と人手がいるんでしょうね。
参観料が発生するのは仕方ないな、とも思う。
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実はここ、醍醐山上にある准胝堂まで登り、そこで参拝するのですが
平成20年の落雷でそこが焼けてしまい、
現在は麓の観音堂で納経を行っているそうです。
本来は山上まで石段を1時間登らなくてはいけない。

醍醐寺の広大な寺域は迷いそうなほどだ。
1530に山門の受付に付いたが、どうも時間ぎりぎりらしい。
受付の人たちが「今行けば納経に間に合うよ!」と
教えてくれたので観音堂に急ぐ。
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観音堂に着いたら・・・・
観音堂の中に納経所があり、店じまいを始めていた。
「あ、あの~・・・受付でまだ間に合うと言われたのですが・・・
よろしければ納経を先にさせてはいただけませんか?」
「・・・・・」無言でやってくれた。
蝋燭もお線香も火を落としてしまっているのでそのまま立てるだけにする。
わしがお勤めをしている最中、
納経所の人が電話で
「時間を考えて案内しろ!わかっているのか!」
な~んてどこかに怒鳴っていました。
そのせいで気が散ってしかたないよ。
早々に観音堂を退散しました。
お~、怖
受付の人、怒られていなかったかなあ。

時間があれば山上の准胝堂のあったところまで登ってみたかったが
寒くなってきたし
靴が普段履いている靴なんでやめにしました。

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祖師堂には弘法大師様と醍醐寺開基の理源大師様が祀られています。
こういったところでは
「南無大師遍照金剛」と「南無理源大師」と唱えるのがいいんでしょうか?

醍醐寺駐車場からバスが何系統か出ている。
「京都駅八条口」行きのがあったんで飛び乗る。
地理不案内の所で行き先だけ見てバスに乗ったとき、
果たして目的地まで無事に行けるかどうか、とても気になる。
まあいいや、京都駅行きなんで。
「あの~、京都駅まで何分くらいかかるんでしょうか?」
「渋滞していなければ30分くらいかな」
そうですか。
でも料金はどのくらいかなあ。
常に小銭または両替用の千円札は常備しておかねばならない。

走り続けても、料金表に表示が出ない。
こうなると不安が先に立って車窓の景色も楽しむことができん。
半分くらいの道のりで、やっと表示が出た。

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ほほ~、安いんでない?
このままの料金で京都駅の南側にある終点に着きましたがな。
安い!

今日は奈良から京都まで、四ヶ寺を巡礼することができました。


プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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