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区切り歩き遍路2周目 第6回 40番観自在寺~十夜ヶ橋

区切り歩き遍路2周目
第6回 40番観自在寺~十夜ヶ橋


1月23日(金)の夜
大阪市内の高速バスは鉄道会社の本拠地を基準に分散しており、
大阪駅周辺では、JR大阪駅バス乗り場、阪急梅田バス乗り場、
今回乗る阪神バス乗り場は少し離れたハービス大阪にある。
間違うと大変!
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バスチケットには単に「梅田」と書いてあったので
いつもの阪急梅田バスターミナルに行ったのが間違いの元でした。
「あ、あの~、2230の宇和島行きは・・・」
「あ、ここからは出んよ。ハービスやない?」
「ええっ!」
あわててタクシーに飛び乗り
「ハービスまで!」
「ハービスの、どこ?」
「え?バスターミナルなんやけど・・・」
「ハービスちゅうてもいろいろあるしなあ」
ハービスのバス乗り場は、見覚えがあるんですが、
さてどうやって行けばいいのかわからん。
なんやかんやいってあちこち大阪駅周辺を走りました。
やっとたどり着いたと思ってタクシーを降りたら
そこはJRバスの乗り場

「ああっ・・・」

近くに停まっているタクシーに聞いたら
「そこの斜め向こうの通りの先」
100mくらい先には見慣れたハービスの乗り場があった!
あと10分、急げ!
夜の梅田をお遍路さんが走る。
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蛇足ながら大阪難波のバス乗り場は「OCAT(おーきゃっと)」が代表的なんですが
同じ所なのに呼び名が違う。「OCAT」「湊町バスターミナル」「なんば」などなど。
更に近くの南海難波駅にもなんばバスターミナルがあり、ややこしいね。

艱難辛苦の上バスに間に合いました。
やっぱりバス会社と乗り場を調べておかねばいかんねえ。
冬の夜中なのに汗をかきました。


1月24日(土)
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0730城辺(じょうへん)着
「え?城辺にも高速バスが着くの?」
松山の人に言われました。そんなに知られていないの?
バス停の建物で洗面とトイレを使わせてもらい・・・
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ここから宇和島行きのバスに乗り、観自在寺前の平成札所バス停まで行く。
150円の区間なので、すぐに着きました。

0750
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40番札所 観自在寺着
わしのお気に入りの門前の松の木・・・あれ?
短くなっているなあ。
思いを残しつつ、山門へ。

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朝の空気が清々しいです。
何故かは知らないが、わしこのお寺が好きです。
事前にfacebookのマイフレさんからここの納経所のOさんを
紹介して頂いていました。

「あの~、大阪の先達さんの○○さんから、腱鞘炎は大丈夫かとの伝言を頂きました」
「・・・・ああ!黄色の旗は?立てていないの?」
「えっわしをご存知で?」
「○○さんから聞いていますよ!」
「そおおおおですかあ」

納経所の方は親しみやすい人柄の人で
何故か初対面ながら掛け合い漫才ができましたがな。
おまけに、羊羹をはじめとしてお接待を沢山いただきました。
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「糖尿病ながら羊羹大好きなんっすよ。ありがとうございます」
「えっ、じゃ食べちゃだめでしょ」
「大丈夫です。食前の薬を飲んでから食べますから」
「・・・・」
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「それはそうと門前の枝ぶりのいい松の木、半分から切ったのですね」
「その理由は、これ」

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「えっ・・・(しばし絶句)な、なんと?」
「親指は男でしょ?小指は?」
「・・・・・・」

禅問答で「禅とは?」に対し、
親指を立てて「これです!」と答えたのを読んだことがある。
うう~む。深い、深いなあ。

すいません。Oさん、この公案の答えはまだ出ていません。
気になって気になって旅館ではその晩は眠れませんでした。


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心を残しつつ、門前の「平成札所バス停」から宇和島行きのバスに乗る。
バス停には定年後くらいのお遍路さんもいた。
歩き始めて20日くらい、もう今何月何日かわからなくなっているそうです。
羨ましい・・・わしも通しで歩くことができるのはいつの日か。

0856
来たバスに乗り、南予の山や谷を越えていく。
車窓に見える山
ああ、柏坂・・・あえぎながら登った思い出がよみがえる。
峠で見た「つわな奥」の絶景を再び眺めたい。でもそのためには歩かなきゃ!
更にバスは進む。

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車窓からわしの好きな町、津島の街並みが見える。
川向こうには枝ぶりの見事な松がある屋敷が見える。
ここをゆっくり訪問すると誓ったあの気持ち・・・来年こそは来よう。

1008
宇和島駅前着 1400円なり
今回は別格札所の納経帳を新調しました。
「別格も廻れ」とお大師さまのお声がかかったのでしょうか。

1017
別格第6番札所 龍光院着
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このお寺は広いし立派ですね。
今日は天気も良くて本当に暖かい。参拝日和です。
納経所で「湯上り足袋」をお接待に頂きました。
今日は札所のお世話になることが多い。ありがたいことです。
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「宇和島駅」から1137発の予土線に乗って「務田駅」まで行く。
この日、自転車をそのまま列車に乗せるサイクルトレイン実験が行われており
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駅構内でインタビューをしているのでそれが終わるまで改札が閉じられていたり
列車に乗り込んできたマスコミや広報関係者や自転車たちが
傍若無人(?)に振舞っていたのが気になりました。
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マスコミに協力するのが務めとばかり、一生懸命協力する乗客たち。
テレビに映るのが嬉しくて喜色満面の善男善女が多かったが
わしは天邪鬼なので
(マスコミってそんなに偉いの?)
と不機嫌でした。
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1153
「務田(むでん)」着
あれ?どっちに行けばよかったかな?
ちょうど駅にいたご婦人お遍路さんに龍光寺までの道を教えてもらいました。
列車遍路は遍路道とは離れた地点からスタートするので
方位をきちんと掴んでおかなくては最初迷ってしまうね。

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踏切を越えたら、おお、確かに見慣れた景色が目の前に広がった。
冬とは思えないうららかな日差しを浴びながら一本道を札所目指して進む。


1214 
第41番札所 龍光寺着
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ここのお寺にはお遍路さんたちの守らなければならない決まり(あるいはマナー)について
きちんと示されている。

「人の邪魔にならないようにお参りしなさい」
「他人の納め札を持っていかない」
「持鈴をやたらと鳴らさない」
「納経は団体であろうと個人であろうと順番です」
あたりまえの事ながら、これをきちんと伝えている札所は少ない。

車遍路の時、わしは納経所の住職から
「納経帳に御影の入った袋をはさんでおかないこと!」
「最初に言わないから1200年記念スタンプを重ねて押してしまったでしょ!」
と言われたことがあります。

ので

今日は服装容儀をきちんとし、納経帳もクリアーにして
いざ、納経所へ。

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納経所におられたのは奥様か?優しいご婦人でしたがな。
それに「記念スタンプの重ね印できます」
と貼り紙・・・・?
でも記念スタンプ重ね印は
ご遠慮申し上げておきました・・・・・・・・・・・・

次の佛木寺まで2.6km
ここは歩こう。
雲で日が陰ると風が冷たく感じるが
日が出てくると暖かくなる。
田園地帯の道をテクテク歩いていく。

すると小型車が停まり、ご婦人から声がかかった。
「黄色い旗のお遍路さんでしょ!Facebookの!」
「えっ・・そ、そうです!」
「私、この付近に住んでいるんです。今仕事中なんで、また後で書き込みますね!」
「ありがとうございます!」

Facebookの力はすごいなあああああ。
いま、「四国八十八か所」のコミュに入れていただいているんですが
ここへきて知り合いがぐんと増えたような感じです。
お大師様のお導きか。
いや、お大師様の時代にはネットもSNSもなかったなあ。
深く考えるのは、やめ!
人と人とのご縁を結んでいただいているのです。

1333
42番札所 佛木寺着
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ここの本堂の水煙が遠くからきらめいていて美しい。
納経所が本堂と大師堂の近くに移転してきているので、納経の際には便利ですがな。

さてここから次の明石寺へ行くためには歯長峠を越えていく10km歩きか
一旦宇和島までバスで戻り、そこから列車に乗って卯之町まで行き、明石寺まで行くか・・・
それともそれとも
ヒッチハイクをするか・・・・・
門前の休憩所で逡巡していたら
歩き遍路の若者がいた。

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「こんにちは!」
「こんにちは!ずっと歩きですか?」
「そうです!」
「今日は何処までいくんですか?」
「歯長峠を越えたところに東屋があるらしいんで、そこで野宿です」
「ええっ!この寒いのに・・・大丈夫?」
「寝袋あるから・・・それに多少寒くっても平気ですよ」

おおおおおおおおおお、若いっていいねえ。
彼は東大阪から来たそうです。
都会で顔を合わせても、こんな風に会話することなんてないやろうな。
お遍路さん同士では容易にこういったコミュニケーションが取れる。
四国の人たちの暖かいお接待を受け、感謝の気持ちを持つことができる。
若いうちにこういった経験をしておくといいやろうなあ。

「では、またどこかで会いましょう!」

若者は颯爽と去っていきました。

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オジサンのわしは来たバスに乗って宇和島駅に戻る。
そこから松山行の列車に乗り込む。
構内には変わった列車がある。
「?」
新幹線のようで、そうでないような・・・
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列車マニアのようなオニイサンが写真を撮りまくり、やがて乗り込むと満足そうに
シートに座っていましたがな。
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わしの乗る列車は一両編成の単なるキハです。
1521宇和島発~1556卯之町着
卯之町駅から明石寺までは約3km
わしの足では1時間くらいかかるよ。それでは納経所が閉まってしまう。
しゃああああない、タクシーを使うか!
あっという間にタクシーは卯之町を走り、

1605
43番札所 明石寺着
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やれ、これで今日の予定をこなすことができましたがな。

そういえばシーズンオフの札所では赤い錫杖の先達さんたちが巡拝しているのを
よく見かける。
彼らは昇任するためには、
決められた期間の間に決められた回数を廻らなくてはならないのですって。
先達さんも大変ですね。

明石寺から卯之町へは小山の中を通る遍路道を辿っていく。
ちょっと日が暮れてきて暗い山道を歩くのは気味が悪いね。
足早にお宿を目指します。

ようやっと街に出て一安心
ここは古い建物が残っているところです。
おお、シーボルトの娘のイネさんが医学の修行をされたところがあるんですね。
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国道沿いの歩道を歩いていると
向こうから金髪の女性が歩いてきた。派手なオバハンかと思いきや、
エリーさんだった。
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あああありがとうございます。
飴を口の中で転がしながら更に歩き、駅前通りの近くに本日のお宿の「西廼家」に到着
ここは前回の歩きの時に泊まったお宿で、おいしい料理と古い作りが気に入っていたお宿です。
今回のお部屋は・・・前回よりも狭いな。まあいいか。
今夜は団体さんの宴会が入っているようで、忙しそうだ。
「あいすいません、今日はちょっと立て込んでいまして、夕食は6時過ぎになると思うのですが・・」
「ああ、いいっすよ」
お風呂に入り、洗濯を済ませておく。
ちょうどテレビでは錦織圭の全豪オープンがやっていたのでそれを見ながら夕食を待つ。
6時を回った。まだ忙しいやろうなあ。廊下の向こうではバタバタ、ガヤガヤ団体さんで忙しそうだ。
6時30分・・・まだかなあ。ちょっとお腹が減ってきましたがな。
ついに7時を超えたよ。まあああだかなああああああ。
ちょとイライラしてきた。ああ、こんなんじゃいかん。

7時過ぎ、果たしてドアがノックされて、女将が入ってきた。三つ指ついて
「大変遅くなって申し訳ありません」
こんなに丁重に謝罪されたら何も言えん・・・・
無言で彼女の後について食堂に行く。
机の上に並べられた料理は前回と同じく豪華絢爛
空腹のあまり御飯のお櫃をお替りしてしまいました。
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腹ふくるらば心安らか
お腹いっぱい美味しい物を詰め込んだら、
あとは寝るだけです。
2030
おやすみなさい。


1月25日(日)
今朝の朝食には「大寒卵」の目玉焼きがついていた。
なんでも風水によると金運にも恵まれるとか・・・
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0715松廼屋旅館を後にする。

今日は八幡浜駅前に松山在住の遍路友達の
「門前の小僧」さん(以下「小僧さん」と記す)が迎えに来ています。


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卯之町駅の待合室には豆炭の囲炉裏がある。
懐かしい匂いやね。
ホームには昨日「務田駅」にいたご婦人お遍路さんがいた。
「どちらからですか?」
「京都からです」
踊りの先生をしているらしく、忙しいスケジュールを縫って
区切りのお遍路に来ているそうです。
お歳を聞いたら、80歳近いそうで、びっくり。
普通、夫人たちはお連れがいないとお遍路にもよう行かん人達ばかりです。
その反面、一人でお遍路されている夫人は老若いずれも芯の強そうな人です。
毅然としていて美しいですね。

0743「卯之町駅」発~0806「八幡浜駅」着の予定
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列車の車内で隣り合わせに座らせていただき、色々なお話をしました。
お話が楽しく、八幡浜駅にあっという間に着いてしまいました。


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八幡浜駅前には小僧さんがベンツで待っていました。
彼とは歳が一回り以上離れているのですが
不思議な御縁で親しいお付き合いをさせていただいています。
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ここ八幡浜市は小僧さんが若い頃通った高校のあるところで、
抜け道、小道に到るまでとても詳しい。
そんなんで、本日のお目当ての大黒町にある「吉蔵寺」には
迷うことなく到着できました。


0817
大黒山吉蔵寺着

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大黒山吉蔵寺、曹洞宗の寺院です。
この八幡浜を埋め立て、
港と街の発展に寄与した豪商の大黒屋吉兵衛の菩提寺として
建立されたのですが、明治20年頃、
衰退していた37番札所の本尊と納経の版とを
3500円(現在の価格にすると1000万円以上だろうか)で買いとり、
昭和の初め頃まで50年以上37番札所として存在していたそうです。
その証拠として、高群逸枝の「娘巡礼記」にそれが記されています。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

娘巡礼記より抜粋


三十三 八幡浜へ
(前文略)
 早速この地の大黒山吉蔵寺わ訪ねる。名刺を出すと、痛み入るほど丁寧に遇なして
下さる。
 ちょうど金田禅師は御留守中であったが、不思議な事にはこの寺の皆様すべて熊本
県人というので何となく懐かしく思われた。この寺は四国三十七番所の札所である。
でもこの事は世人に多く知られていない。即ち三十七番札所は高知県の窪川にある藤
井山岩本寺・・・いかにもこれが大師の旧蹟には違いない。でも古来の本尊や御納経
の版は吉蔵寺に伝わっている。そこで四国には三十七番が両立している形になってい
るとの事、その由来についてお話を承るとこうである。一体大黒山吉蔵寺という寺号
は、大黒屋吉蔵という人の名から取ったもので、大黒屋といえば現にこの地での多額
納税者として誰知らぬ者なき素封家であるが、今から三十幾年前この吉蔵なる人、夜
臥床にありて時ならぬ鐘の音を聞き、不審とは思いしもそのままにすて置いて翌朝例
の如く早く目を覚ますと、家内の者が仏間にこんな物があったといって持ってきたの
を見ると八十八ヶ所の納め札で、住所氏名は書いてなくその枚数三十七。ここにおい
て、さては三十七番の札所をどうかせよとの仏の思召しかと考え先にいった岩本寺を
調べてみると、見る影もなく衰微しているので三千五百円を以て本尊と納経の版を買
いとる事に相談をつけ須臾にして建立したのがこの寺である。その後裁判沙汰まで起
ったけれど中止され、とにかく、札所としての権利は完全に維持しつつ今日に及んだ
次第である。

三十四 月夜の野宿
 巡礼するのに逆と順がある。私たちは逆をする事にした。先ず四十三番の明石山
(源光山明石寺)に出なければならぬ。

五十一 可憐なる少女
(前文略)
 きょうはいよいよ三十七番藤井山岩本寺へ-この寺は高知県高岡郡窪川町に建てら
れ歌に曰く、
「六つのちり五つの社あらはして深き仁井田の神の楽み」
けだし阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩、観世音菩薩、不動明王の五尊を以て本地仏
五体を祀らる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


これによると、三十七番はこの時点で二箇所あり、彼女は三十七番を二つ廻ったとい
うことになります。しかし窪川での納経についての記載はありません。
この辺はどうだったんでしょうね?
「娘巡礼記」は大正七年五月から十一月までの遍路記録です。二十四歳の若い娘の感
じたままの瑞々しい文体で書かれ、九州日日新聞に掲載されたものです。
「お遍路」は、その後編纂し直して綴ったものです。読みやすくなっていますが、先
の本のような瑞々しさは無くなっているような気がします。


その後裁判で岩本寺が勝訴し、本尊と版木は元に戻ったそうですが、
昭和39年くらいまでは吉蔵寺に三十七番札所の札がかかっていたそうです。
この辺の詳細は、門前の小僧さんのブログをご覧下さい。

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禅寺ながら大師堂があり、正面脇に掛けられた八十八ヶ所巡拝のさんや袋や
八十八カ所巡拝に関する碑(明治23年と読める)が
確かにここに札所があったことを語ってくれます。
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残念ながら吉蔵寺としての納経は今はやっていないということなので
大師堂で納経だけさせていただきました。

長くなってしまいました。
遍路記に戻ります。


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八幡浜港を撮影する小僧さん

この後、小僧さんの歩き遍路仲間のお宅を訪問し、
伊予柑のお接待を頂きました。
その後、先導してくれて山道の近道を通り、予定より早く目的地に着きました。

1000
別格第7番札所 出石寺着
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ここは「いずしさん」とも呼ばれている。わしの地元の近くの丹後にも
「出石(いずし)」という古い街があり、皿蕎麦が名物です。
どちらがこの呼び名の起源かな?と考えました。

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創建は養老二年六月十七日というそうな。
これほど確かな記録を残している寺院は珍しい、と案内本に書いてありました。
本堂脇には雪が残り、標高の高さを物語っている。
ここ出石寺は、別格霊場の中でも特に遍路道から遠いところです。
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大洲からここを訪れるには、1日をかけなくてはいけない。
はるか下界には、先程までいた八幡浜の街並みが見える。
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水鉢には氷が張っている。
そうだよね、今は一番寒い時期なんですから・・・

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護摩堂には藤堂高虎が朝鮮出兵の際に持ち帰った高麗様式の鐘がある。
重要文化財とはいうが、これほど縁起が明らかなのだから
返還要求があったら返さなきゃいかんのかなあ・・・・?

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下界に降りて、次の目的地に向けてベンツは走る。
途中、極めて珍しい跳ね橋を見せてもらいました。
なんでも戦争中に敵艦載機の機銃掃射の跡が残っているらしいんですが
残念ながら確認できず・・・。

人の運転で助手席に乗っていると、その気楽さから
いまどこを走っているのか、方位すら分からなくなってくる。
いきなり十夜ヶ橋永徳寺に着いたといった感じでした。


1153
別格第8番札所 十夜ヶ橋(永徳寺)着
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昨日の野宿青年、今夜はここの通夜堂で泊まる予定と言っていたなあ。
橋の下でも茣蓙を借りて修行できるんですが、この寒い中
とても無理でしょう。せめて本堂脇の通夜堂で眠りたいものです。

冬なので団体遍路さんは来ないと思いきや、
ワゴン車に乗った小規模ツアーは来ている。

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橋の上を高速道路が走る。
お大師さまが見たらどう思うでしょうね。
橋の下に降りて、野宿大師像にもお勤めをする。
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爆睡中のお大師さまと小僧さん
橋の下に降りた時から、四方からただならぬ視線と気配を感じる。

それは、鳩です。

本来鯉にやるべき餌の上前を鳩がさらっていくみたいです。
ここにいれば餌には困らないでしょうね。丸々太っているよ。

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どれわしも鯉の餌を、と餌箱の蓋を開けたとたん、
ヒッチコックの鳥のように鳩が群がってきましたがな。
鳩に溺れながら鯉に餌をやっていたら
先ほどの団体の先達さんの御刀自様がやってきて
「ちょっと、餌入れをいつまでも持っているの!よこしなさい!」
「あ、は、はい。でも餌入れはそこにもありますよ・・・」
「あ、あら、そうなの。フンッ!」
何故御刀自様の先達様はこう威張る人が多いのでしょうか・・・
家田荘子さんも時々そのことについて触れていましたね。

さてさて、ここで今回の予定は終了!
小僧さんのお陰を持ちまして、随分とサクサクと巡拝することができました。
おまけに、前・三十七番札所まで・・・
ありがとうございました。

近くの老舗のうどん屋さんで昼食をとり、
高速道路を通って松山まで戻り、そこから今日は昼間のバスに乗って
その日のうちに堺に帰る予定です。


松山までの道中、小僧さんから色々な事を教えてもらったり、
自分の気持ちを聞いてもらったり話をしました。

わしが四国巡礼のきっかけともなったのは、
青少年四国ウオーク」なんです。
十年以上前から、
鯖街道キャンプウオーク」や「障害者アメリカ西海岸ツアー」などで障害者や
子どもたちの旅のお世話を沢山させて頂きました。
その中で、自分の役割というものを考え、
自分は人のお世話がしたいのだということを実感していました。
鯖街道キャンプウオークも大団円を迎え、
じゃ次は四国をみんなで歩こう!という企画が持ち上げり、
わしも四国に行きたかったので大いに賛同し、計画していました。

残念ながら青少年四国ウオーク計画は頓挫しましたが、
その後一人で四国巡礼をしていく中で、
四国に行ってみたいけども、きっかけがない。
ツアーは参加しにくい、でもひとりではよう行けん・・・
などという潜在的需要のたくさんあるのに気づきました。

それなら彼ら彼女らを四国に連れて行ってあげよう・・・
そのためには自分がまず歩こう、旅をしよう。
ツアーを連れて行くならば先達の資格も必要だろう。
こういったところが目的であり、目標です。

先達の補任をうけるには霊場会の推薦が必要だとか。
こればっかりはいくら自分が力んでいても無理があるでしょうね。
「おまえは先達となり、遍路に行きたい人たちを導け」
というお大師さまのご縁を頂戴できれば、
この夢は叶うでしょう。

お大師さまのご縁を頂戴して
様々な人たちとのご縁を結ぶことができました。
この先もまた様々な人たちに助けられて四国の道を歩みたいと思います。
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西国三十三箇所巡礼(6番壷阪寺、7番岡寺)

西国三十三箇所巡礼(6番壷阪寺、7番岡寺)

1月11日(日)

今日も続きの西国巡礼に行こう!

0710
近鉄阿部野橋駅から特急に乗って飛鳥に向かう。

指定席に座っていたら、たばこの煙が・・・・

ああ、ここは喫煙車両なんやね。指定券買う時に選択できるそうなんですが
初めてなのでわからんかった。2両編成のうち、禁煙と喫煙がそれぞれある。

喫煙車両に乗っている人は日ごろの分煙のストレス解消か、
親の仇のようにチェーンスモーキングしている。
わしの後ろの席のオヤジさんは、
わしが飛鳥で降りるまでの40分間ずっと煙草を吸い続けていた。
ああ、煙草臭くなっちまった。・・・帰りは忘れずに禁煙車両を買おう。


余談ですが
喫煙者は煙草の不完全燃焼によって生じる一酸化炭素中毒を起こしているのです。
一酸化炭素は酸素に比べて200倍以上もヘモグロビンと結びつきやすい性質を持っています。
このためヘモグロビンは酸素と結びつくことができず、
血液の酸素運搬能力が低下してしまい、酸素不足に陥ります。
ですからアスリートは煙草を喫いません。

確かにニコチンは右脳を活性化させるという文献もあります。
しかしニコチンは強い常習性があり、
「吸うと落ち着く」というのは中毒による禁断症状の緩和といえます。
喫煙による肺癌の発生については個人差があり、
喫煙者すべてが肺癌を発症するわけではないのですが
受動喫煙の害もあるのでやはり肺癌発症のリスクは見逃せません。
わしの父親は缶ピース愛好者で、家じゅう煙っていました。何もかもヤニだらけ。
決して自分では掃除をしたり吸殻を片づけたりしませんでした。
ですからわしには喫煙者に対する嫌悪感が強いのです。
ちなみに父親は80を超えてから肺癌を発症しました。


おおっと、つい熱くなってしまいました。

閑話休題


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0753
近鉄飛鳥駅着 さてここから路線バスに乗って岡寺まで行きます。
なぜ7番の岡寺から?と思うでしょうが、単に近鉄路線の駅の関係です。
近い方から行くのです。それに駅からのバス便が多い。
0840に岡寺行のバスが出るので
それまで駅前の喫茶店に入り、モーニングサービスの朝食を食べることにする。
甘いトーストでおなかが一杯になりました。

飛鳥駅始発のバスに乗り込む。
ここで大事なことに気が付きました。
飛鳥は、古代ロマンの宝庫だってこと。
古墳小僧だった自分のあこがれの地なんだ、ここは。
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「高松塚」だと!

降りて行きたい、いやここで時間を食うわけにはいかない!
頭の中がグルグルグルグル回り、気が変になりそうになってしまいました。
続けて「天武・持統天皇陵」・・・・
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「石舞台」バス停でついに理性が飛んでしまった。
もう見に行くしかない!
石舞台バス停で飛び降りて石舞台古墳方向へまっしぐら。
誰でもどこからでも眺められるかと思ったら、塀で囲われていました。
入場料300円を払って入ると、
おお、そこには子供のころから写真で見慣れた石舞台がある。
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しばし見とれていました。
反対側に回ったら、石室内に入れるよ。
もうアドレナリンがジャブジャブ出てきましたがな。
来てよかった。

西国巡礼に来なかったら、ここ飛鳥の地には来なかったでしょう。
花山法皇様、ありがとうございます。

すっかり満足しました。
目指す岡寺は、次のバス停です。歩くこと20分です。
こんな距離遠くもなんともないよ。
すっかりハイになっています。
むか~~~~し、日曜の朝、近鉄提供の「真珠の小箱」というのがあって
近鉄沿線の歴史的遺構の紹介をしていた番組が好きで
まさに今歩いているこの景色、真珠の小箱の雰囲気や!
『トゥルルルルトゥットゥ~ルトゥルル~・・・』
テーマソングを口ずさみながら歩いていました。(中川翔子ではないよ)
ああ、ここは一度きちんと日程を立てて来るべき所やなあ。

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丘陵地を進むと、心惹かれる看板が立っています。

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絶好調で歩いていくと、焦げ臭いにおいがする。
火事の後がありました。焼け焦げた柱が生々しい。
後で岡寺について調べたら、その関連で火災のことも知りました。
ここは門前の茶屋だったところだそうで、1月2日に全焼したそうです。
お寺は無事だったんですけども、正月早々大変な事です。


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0919
7番札所 岡寺(龍蓋寺)着

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岡寺は厄除け観音として有名だそうで、参拝者がたくさんいました。
拝観料300円也
ここの御本尊巨大な如意輪観音座像で、
塑像(土でできた仏像)としては日本最大の仏様で、
寺伝によると弘法大師が
日本・中国・インド三国の土を以って造られた、とあります。
本尊の高さは4.85メートルで、大迫力です。

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ご本尊の撮影は遠慮しなくてはいけないのですが、
本堂の正面からもその大きなお顔が
覗いています。これくらいならば許してもらえるかな?

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脇には稚児大師像がある大師堂が建っています。
西国の札所では太いお線香を1本、寝かせて置くところが多いみたいです。

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さてバス停まで降りて10時20分の飛鳥駅行きのバスを待つ間に
「あすか大師」と書かれている岡本寺に行ってみる。
このお寺、いろいろなイベントを企画しているお寺のようで、
機関誌も発行しています。
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大きな修行大師像の足元には、八十八か所お砂踏みがあり、
早速修行させていただきました。

思い出が多く残った飛鳥を後にして、
今度は飛鳥駅から普通列車で壺阪山駅に移動する。
わずかひと駅
歩き遍路ならばこのくらい歩くんですけど・・・ね。


駅前のバス停を見てみたら、目的地である壺阪寺行きは、
1030と1430発しかない。運行表を睨んでいたら、
「お兄さん、タクシー相乗りしない?」と声がかかった。
ん?わしお兄さん?
どうでもいいけど、望むところです。
東京から来たという西国巡礼のあんちゃんの二人組です。

壺阪タクシーは小規模ながら巡礼の人たちの足になり、
結構需要が多いみたいです。


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1047
6番札所 壺阪寺(正式には南法華寺)着
1440円で目的地の壺阪寺に着く。結構高い山の中腹にある。
おお、広い境内ですねえ。
拝観料600円也・・・・

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仏教のテーマパークのような境内
あちこちにある巨大仏像は、インドから運ばれた石で造られたものだそうです。

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文楽の演目にもある「お里と沢市」の壷坂霊験記
この縁起で、ここの御本尊の十一面観音様は眼病に関して霊験あらたかだそうです。
目薬も売っている。
実はこの物語、ここで初めて知ったのです。

靴を脱いであがる本堂内では
御本尊様に、間近で参拝ができる。
圧倒されそうな雰囲気を持った仏様です。

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とにかくここは色々あって興味深い。
「まよけばし」
ここで記念撮影をするとよい、と書かれてありましたが、わしは一人なんで
橋の写真だけ・・・
その奥にはお釈迦様の生涯がレリーフで描かれていました。
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更にその奥には、観音様の立像が見える。
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「横須賀生活」のカテゴリでも書いたんですが、
観音立像はよく動き出す設定で怪獣映画などで出演しており、
いまだその記憶が残っていて
ちょっと怖いんです。

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観音様に背を向けるような感じで釈迦涅槃像が横たわっている。
頭は北向きでしょうね。


またまた余談

「北枕」は縁起悪いと言われるんですが、
たまたまお釈迦様がこの姿勢で入滅されたので、
死者は北枕にする習慣ができたと思うんです。
頭を北向きにして寝ることによって、地球の磁北線に沿うことになり
脳と体の調子が良くなる健康睡眠法だと思う。
古代インドの人たちが常に北枕で寝ていたんじゃないかな?
子供の頃それに気がつき、
母親にいくら説明しても「理屈を言うな!」と言われ
理解してもらえませんでした。
「北枕は縁起悪い」と思う人たちの思念が積み重なり、
北枕が不吉になってしまったのは残念なことです。



遊歩道を辿って山を登って行った先には、奥ノ院の五百羅漢像があるそうです。
歩いて25分くらいということで、行ってみる。
最初はアスファルト道路だったんですが、峠から山道に入る。
いかん、普段着の普段靴だ・・・まあ行けるとこまでいってみよう。
山道を登っていくと暑くなってきた。汗がダラダラでてきましたがな。
すれ違う人は山歩きのスタイルをしている。

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艱難辛苦(?)の果てに、岩肌に刻まれた羅漢さんたちのお姿が見えてきた。
ここに羅漢さんを刻んだ人のエネルギーを感じます。
まだこの先にも磨崖仏があるらしいんですが、今回は街歩きの恰好なんでここまでが限界です。
次回は・・・あるかなあ?

お手間の駐車場に戻り、帰りのバスを見てみたら・・・1440分
この場所で2時間近くを過ごすのは無理っぽい。
ヒッチハイクでもするか?
スマホで「壷坂 タクシー」で検索したら、あったよ。
壷坂駅前のタクシーみたいです。
電話をかけて早速来てもらいました。
乗り込もうとすると、婦人が近づいてきて
「どうやってタクシー呼んだんですか?」
「ん?スマホで探したんですよ。相乗りします?」
年配夫婦とその娘さんの3人連れと相乗りしましたがな。
「へえ~、スマホで探せるのですか・・・・」
三人組は西国巡礼者ではなく、
この先の橿原神宮に行くそうで、ちょうど来た普通列車に乗っていきました。

わしは阿部野橋行の特急(もちろん禁煙)に乗って大阪に帰りました。
今日もよく歩いた。汗をかいた。
車内ではいつの間にか眠ってしまっていました。
周囲の人、鼾うるさくてごめんなさいね。

西国札所はどこも規模の大きな、華やかな場所が多いのですが
霊気の漂う場所も多く、その影響を受けて気分的にハイな状態になることができました。

次の24、25日は予定通り四国遍路に行きます。

西国三十三箇所巡礼(4番施福寺、5番葛井寺)

西国三十三箇所巡礼(4番施福寺、5番葛井寺)

1月10日(土)
四国遍路にかまけていて、の西国巡礼がお休みになっていたので、
そこで今回、土日を使って4番から7番まで廻ってきました。
堺に住んでいると西国巡礼に行きやすいのです。


早朝、南海の浜寺公園駅を出発、泉大津駅まで行き
そこから
0840発の南海バスを使って槇尾山麓まで行き、
0940発コミュニテイバス「オレンジバス」に乗り換えて
施福寺参道入口まで行く。

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土曜日だというのに乗客はわし1人
12人乗りのワゴン車に揺られること十数分、だんだん標高が上がっていく。
雪はない。

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参道入口には茶店があり、付近の駐車場には自家用車が数台停まっている。
ここから山門まで四丁、本堂まで十丁の参道を20分近く登っていく。
お年寄りには辛いやろうねええええ。
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無敵のバスツアーもここからは等しく歩いて登らにゃならん。
大丈夫かなあ??

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わしとはいうと、お山の霊気に晒されて
「お遍路ハイ」の状態になってくる。
参道が楽しい!
汗ばんでくるが、足取りは軽くなってくる。
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建物が見えてきた。
何やら弘法大師にゆかりの建物みたいです。
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「弘法大師御剃髪所跡」とある。
唐への留学を控えた空海が、この場所で得度したところだそうです。
傍には剃髪した髪を祀った堂もあります。
本道へ至る階段のむこうから子供たちの声が聞こえてくる。
「何かな?」
(まさかこの山腹まで車で来られる道があるのか?)
と考えてしまいましたが、本堂まで登ってみたら
空手衣を着た子供たちが並んで稽古をしていましたがな。
なるほど、初稽古か。
ここまで皆で元気に登ってきたんやね。
さすがに保護者の母親はいない。


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4番札所施福寺着
ご本尊の御開帳をしているんですが、拝観料が500円いるので
やめておく。
ここは天台宗、真言宗とちょっと勤行次第が異なっています。
でも、唱えるのは同じ内容であろう。

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展望台からは金剛山が見えるそうなんですが
寒々としたあの山並みのどれかな?
うう~、寒い。

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「ニャイ~ン」
猫の声がする。
「おお、ネコか」
なぜか寄ってくる。
四国や西国の札所にはなぜかネコがいる。
それも相当人懐っこい。
ネコは仏様のお使いなんでしょうかね?
しばらくネコをかまって過ごす。

降りの参道からは、参拝者たちがあえぎながら登ってくる。
若いカップルは、彼氏に手を引いてもらっている。いいなああああ。

帰りのオレンジバスは1200なので、それまで付近を散策することにした。
参道の入口には鳥居がある。何かな?
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おお、弁財天様がいる。
更に進むとお稲荷さん、それに滝がある。
お大師さまの像もある。
もしかしたらこの滝で修行されたのかな?
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茶店できつねうどんをいただき、バスを待つことにする。
細い麺が柚のきいたお汁とよく合う。

時間通りバスが来たので乗り込み・・・
車中で少し考えた。
まだまだ時間はある。
次の葛井寺に行けるんじゃないか?



そう考えた瞬間から頭の中で運行経路と予定が急回転し始めた。



JR和泉府中駅から天王寺まで急行で急行し、
JR天王寺駅と近鉄阿倍野橋駅は道路を挟んですぐ近く。
南大阪線に乗って藤井寺駅まで一直線!

駅の名前は「藤井寺」、お寺は「葛井寺(ふじいでら)」
一瞬どどどどこに行ったらお寺か?
と迷ったが、この参詣道のアーケードを見て納得しましたがな。
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5番札所 葛井寺着
おお、やはりまだお正月なんかなあ。
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街の中のお寺だけあって、境内には参詣者が多くいる。
従って色々な人達がいる。
本尊に向かって柏手を打っている女の子もいる。
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ここは真言宗なんで大師堂があるのですが
修業大師の顔出し看板がある!
若いカップルが喜々として顔出し記念撮影していたが、
わしは恐れ多くてようやらん・・・・・
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「旗掛けの松」
なるほどここは楠正成ゆかりの地なんやなあ。
札所だけに気をとられがちなんですが、
歴史的に価値のある史跡とかなんかが多い土地であるなあ、と思いました。
これは翌日により明確になります。

つづく

人間歴1回目の人達

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久々に読書感想文です。

「パワースポットには行くな!」はやぶさゆか著

思わず手に取って眺めてしまうようなタイトル
随分と過激な内容に見えるのですが、実はそうではない。

なにも全ての人がパワースポットに行ってはいけないということではなく、
行く時の精神状態です。
強いプラスエネルギーも確かにあるが、
捨てられている悪霊や不運のカケラが充満しているそうです。
体力や精神力が低下している人が行くと、
それらマイナスエネルギーの影響を受ける。

それを言いたいそうです。

多分編集者の意向でこのようなタイトルになったのでは?
と思います。

わしが気になった項目は、
「KYな人は人間歴1回目」です。

仏教の教えでは輪廻転生を繰り返しているので前世の影響を受けることがある、
という考えが前提とされている。
前世の数は「人間歴」となるそうです。

60回くらい人間歴を繰り返してきた人もいるそうです。
そこまでいくと、その後は更に高次元に行くだろうと・・・
確かに菩薩や如来は高次元にいますしね。

では「人間歴1回目」の人とは、前世が人間以外の動物や虫などです。
基本的に常識を知らない。
外国人が日本を初めて訪れた時、常識や言葉、文化を知らないと同じこと。
前は動物だったから人間界の常識を知らない。分からない。
ですから空気を読めなかったり、常識知らずだったりします。

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人間としての蓄積がない、少ない魂なので
一から十まで言ってもらわなければわからない。
人間歴の多い人は「周りの空気を読む」「仕事は自分で探す」「感覚でわかる」
ができるのですが、1回目の人は、そんなの無理です。

何歳になっても人に迷惑をかける。
人間関係を構築できない。
彼ら、わざとしようと思ってしているわけではない。
仕方ないのだ。

「日だまりの彼女」という物語も猫の生まれ代わりだったなあ。
ここでも猫だったので常識がわからない女の子がいた。


このことを職場の同僚に言ったら、同意してくれました。
同じ年の子供でも、
注意したらすぐに理解する子と、
いくら注意しても失敗しなければ理解できない子が居ることを
実感しているからだそうです。

一般に自分たちが精神年齢と言っているものと人間歴は比例している。
20歳なのに、妙に人間ができている人と、
50歳なのに妙に子供っぽい人がいるのも事実です。


医学的には、KYと言われる
広汎性発達障害の発生機序については
脳の発達段階で阻害されてコミュニケーションの部位に障害が出るという
解釈がなされていますが、それも考え方の一つです。
でもわしは、「人間歴が少ない=KY」のほうが納得いきます。

周りに迷惑ばかりかけている人には、
「あいつはまだ人間1回目の前は動物だったんで、仕方ないよ」
と思ってやるほうがいいのかも?

さて自分は人間歴何回目なんかなあ。
少なくとも蛇に食い殺されたカエルだったのはわかる。
蛇のこと考えるだけで冷や汗が出るからだ。
それからお遍路途中で死んだ人かもしれん。
なぜ四国巡礼に行きたくなったかわからんから。

この次は少しでも高い段階に進めるように
修行しておかなくてはならんなあ。

平成27年の正月

平成27年正月

日本人にとって
元旦というのはハレの日だということを実感する。
同じ朝なのに空気が違う。
元旦というのはいにしえの人々にとって歳神を迎える聖なる日であった、
とは「日本昔話の霊性」に示されていました。

仕事の都合で単身赴任先の堺市から
高速バスに乗って裏京都市の実家に着いたのは元旦の朝9時
おお、やっぱり空気が違うね。
それに雪もある。

DSC_0418.jpg
駅前通りをズドーンと行くと、真言宗寺院の円隆寺がある。
家に帰る前にそこに寄る。
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大師堂で去年一年の無事のお礼をしました。
ここの裏山の愛宕山には四国八十八箇所の写しがあり、
毎朝登っていたものです。
毎週山道の落ち葉掃除をしていたら、
お大師さまに呼ばれて四国巡礼を始めました。
山に登りたかったが雪が積もっていて滑るので諦めました。

オヤジのいない家では
家内と娘が留守を守っている。
息子は去年お姉ちゃんと同じ大学を出て
淀の病院勤務なのでシフトの都合で帰ってこない。
家族バラバラ
年々そんな感じになっていくんでしょうね。
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おせち料理は・・・今年は家内が作ってくれていました。
毎年わしが自分の家の分と、家内の実家の分を作っていたのです。
この写真は一昨年わしが作ったやつ。
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重箱は、わしが横須賀勤務の時に鎌倉で買ってきた「鎌倉彫」の二段重ねです。
わしの故郷は岐阜県関市、家内は福井県敦賀市
それぞれの特色がコラボされたおせちになっています。
東西文化の激突!といった感じでしょうか。

「棒鱈の煮付け」ってえのは北前船の物資集積地であった敦賀ならではです。
それに、「ニシンの麹漬け」なんてえのも見たことも聞いたこともなかった。
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なれ鮨なんで、この味に馴染むまで10年くらいかかったが
今はこれがないと正月という気がしない。
自分でも作ってみたいと思うんですが、
どうやろうかなあああああ。

お雑煮も丸餅の白味噌仕立て&角餅のおすましが混在しています。
子供たちは両方の味を知っているので
どちらも違和感なく食べてくれます。
関ヶ原を境にして東西文化がガラッと変わるのを
結婚以来30数年以来実感しています。

DSC_0420.jpg
さて自分の部屋に入ると、うっすらと埃をかぶったおもちゃの数々
アマチュア無線機達が出番を待ち焦がれています。
電波を出そうにも肝心のアンテナ工事が建っていない。
今の家を建てるとき、工務店さんにお願いして庭の真ん中にポールを
建ててもらっている。
2mスタック、HB9CV、逆Vなどなど
そこにアンテナが建つのはいつのことか・・・

それに安定化電源の上に着艦しているF6FとF4U・・・
プラモデルは買ってきて作ら(れ)ない箱が山積みです。
ガムビアベイも作らねば!
いろいろいろいろやりたいこと満載なんですが
いまは四国遍路一本槍なんで、
他のことはついおろそかになりがちですがな。

とりとめのないお正月の日記でした。
今年もよろしくお願いします。
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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