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お遍路さん(その31)伊予西条~伊予土居~伊予三島

伊予西条~伊予土居~伊予三島

歩き遍路伊予の国 第4回 2日目 伊予西条~伊予土居

3月22日(土)
今日は西条から土居までの25kmを、ただひたすら歩く日です。
この単調さに耐えられないわしは、最初のころに使っていた手段、
ラジオを聴きながら気を紛らわすことにしました。
遍路本で読んだんですが、
通し遍路さんでラジオを聴きながら歩いていた若者が、
寂しくなって途中で家に帰ってしまった、と書いてあった。
わしは区切り遍路なのでその心配なない。

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今日は快晴で気温も上がるそうです。
朝の日差しを浴びて昨日拝んだ雪を冠した石鎚山が緒麗に見えています。
朝のラジオは宗教番組を連続して放送している。
家で聴く宗教番組と違ってお遍路さんをやりながら聴くと、
また違った趣がある。

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突然煉瓦積みの塀が見える。
西洋建築でもなく、塀が煉瓦積みっていうのも面白いね。
屋敷の規模も大きく、分限者の家のようですね。
そしてこの辺りは造り酒屋が多いようです。
売り酒屋も多い。今回はお土産のお酒はどうしようか?
あまり買う気がしない…。何故買う気がしないかは、内緒です。

果物屋の前を通りかかったら、
「ちょっと、これ持っていきんさい!」
と、おばさんから伊予かん(ポンかんか?)を貰った。
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どうやって食べようか?
ポケットに入れておこう。

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またしても煉瓦積みの塀に出会った。
ここはこういった煉瓦積みの文化があるのでしょうか?
明治のころの別子銅山の影響があるのでしょうか??

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遍路道は商店街の中を貫いている。
地方の商店街なので、半分はシャッターが下りている。
アーケードで日が当たらないため、肌寒く感じる。
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商店街の真ん中あたりに大きな絵が飾ってありました。
地元の絵描きさんが描いた、往年の商店街の風景でしょうか。
旧道を通る遍路道は、時々国道と交わっている。
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道路の向こう側には、不安定な形の喫茶店が建っていた。
店の中の床はどうなっているんでしょうね?

道路沿いのコンビニで肉まんとあんまんを買って食べていたら、
駐車場にいたあんちゃんから
「これ、少ないですけど」
といって1000円お接待を頂きました。
彼は車遍路の経験者だそうです。
「いつか僕も歩きで廻りたいと思っているんです」
「わしは仕事があるんで区切りしかできないんですよ」
「僕も区切りでやってみたいっす」
車であれバスであれ、
お遍路縄験のある人からは、
気持ちがこもったお接待を受けることが多い。

ラジオを聴きながらアップダウンの国道沿いを歩いていると、
やがてお昼になった。
いつもパンを食べているので、
今日はどこかの店できちんと食べることにしよう。
峠道のふもとにコロッケ定食のお店がある。
魚フライと牛肉コロッケの定食で550円なり。
揚げたてはおいしいね。
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このあたりは植木の産地だそうで、
見越しの松が植わっている家が多い。
庭木もきちんと手入れされている庭が多い。
やはり沈丁花のいい香りがしてくる。
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ここらへんから、遍路標識の石碑が多いね。
中務茂兵衛の建てた遍路標識が多い。
次の札所と、金毘羅さんまでの距離が記されている。
地元の人によって遍路標識が大事にされているね。

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「遍路小屋あります」の案内板に誘われて
旧道から国道へちょいと足を延ばして
国道沿いにある遍路休息所へ行ってみた。
そこも泊まろうと思えぱ泊まることのできる休息所です。


ここでハングルの遍路ステッカーについて述べたいと思います。
お遍路を始めてから、道程を示してくれるお遍路シールの中に
ハングルのシールが眼に着いた。'
これは、さる韓国の女性がお遍路をする中で、
お接待を通した四国の人たちの優しさに感動し、
自分で遍路案内シールを作り、
遍路をする韓国人のために道に貼って歩いているそうです。
もう四周廻っているので、先達さんの申請もしているそうです。
このシールの存在については何やかやと言われていますが、
わしもこのシールに助けられたことがあります。
あちこちでこのシールが剥がされているのも見かけました。
東予に入ってから、特に横峰への東屋から「韓国人のシールを剥がそう!」の
張り紙が眼に着くようになりました。
伊予は阿波、土佐に比べてくだんのシールが剥がされている確率が高い。
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この間題について考えました。
例えば、日本人が韓国の歴史的な場所や街道に
日本語のシールを貼ると、韓国の人はどう思うか、どうするか。
彼女はこういった事について考えたことはあるんかいな?
日本人と韓国人では物の捉え方、考え方、文化が違う。
勝手に貼る方も無残に剥がす方も、お互いの認識・理解不足なのだろうか。
せめて彼女に願う事は、日本と韓国の棉互理解の懸け橋になってもらいたい。

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今日のゴールの伊予土居に到着した。
ここには番外札所の延命寺がある。番外なんですが、人気のあるお寺で
団体さんの読経の声が大師堂の中から聞こえてくる。
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杖立てには、とても心惹かれるお杖が立てられています。
わしもこういった杖が欲しいなあああああ。
自分で作っているんでしょうか。

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1415
本日のお宿の蔦廼(つたの)屋に到着!
まままだ時間があるな。よし、三島まで行こう!
関行男大尉のお墓参りに行こう!
旅館に荷物を預かってもらい、
伊予土居駅から列車に乗って伊予三島駅まで行く。
駅前にはタクシーが沢山います。
「すいません!乗せてもらえますか?」
「はいはい、三角寺ですか?」
「い、いや、村松大師さんに行きたいのです」
「あ、村松さんね。オーケーオーケー!」
車は大規模な製紙工場の方面に向かって進む。
工場と川に挟まれたような狭いところに村松大師堂と墓地がある。
タクシーの運ちゃんは、関大尉の墓の存在について知らなかった。
大師堂でお参りを済ませ、
さてお墓の位置は・・・
墓石の林をあちこち歩き回ったけど見つからない。
お墓参りに来ているお婆さんに尋ねたら、
「ああ、戦争で亡くなった関さんのお墓ね。ほら、そこじゃ」
と教えてくれた。
ちょっと判りにくかったが、墓の管理人さんも来て教えてくれた。

ありました。

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死後昇任して中佐になっていました。
墓前で長いことお参りしていました。
今度は本当の特攻一号の久納中尉(学徒出身)の
墓参もしておきたいと考えました。
確か関東にあったはず。

とにもかくにも
目的を果たすことが出来て満足です。
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帰りの伊予土居駅では、貨物車の連結を見る事ができました。
子供の頃、鉄っちゃんだったわしは、嬉しい。

1430に旅館に戻り、時間が沢山あるので洗濯をしました。
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1800に夕食、ここの食事は料理屋だけあって味付けがお上品です。
刺身もおいしい。

区切りのお遍路オヤジさんと同宿でした。
大坂からの人で、仕事の都合で区切り遍路は現在の位置まで
3年くらいかかっているそうです。
彼もわしと同じ日程で今回の旅を楽しんでいるそうです。
やはり区切り遍路さんもたくさんいるんやなあ。
仕事をしながらでも、やる気さえあればお遍路さんはできます。

今日は昨日と比べてそれほど疲れていない。
なので、9時頃眠りにつくことができましたがな。



3日目 伊予土居~伊予三島
3月23日(日)
今日はお昼までの予定です。
旅館の朝食は7時からだそうで、早立ちのお遍路さんにとっては遅い。
なので、前の日にお握りを作ってもらった。

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0630に出かけようかね、と窓の外を見たら
同宿のオヤジ遍路さんが玄関から出てきた。
「おはようございます!」
わしも出発しよう。
相変わらずラジオがお供です。
先に出発したオヤジさんを追い越す。
わしのほうが僅かにペースが速いようだ。

歩き始めて10分くらいしたか、
道行く軽トラが停まり、中から出てきたおばさんから
200円のお接待を頂いた。
「子供の頃からな、お寺さんを廻るお遍路さんを見かけたら、
大切にしなさいと教えられてきたんじゃ」

南無大師遍照金剛

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道すがら、面白い家がある。彫刻家のギャラリーみたいですが
今は無住のようです。しばらく覗き込んでいました。
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遍路墓とお地蔵様が祭られている。
わしは、お地蔵様があると合掌し、神社があるとお辞儀をして前を
通らせてもらっている。
その姿を後ろを歩くオヤジさんが見ていたのか、
わしが神社の境内で休んでいるときに神社の前を通りかかり、
合掌して通り過ぎて行った。
別に、その人も最初から神社や仏閣の前を通り過ぎる時には
きちんと挨拶をされていたのかもしれん。
自分だけがきちんとしていると思うのは思い込みでしょうね。

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石床大師堂がある。ひよけ大師とも呼ばれているそうですが、
由来はわかりません。

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実に、このあたりには遍路石が多い。
中務茂兵衛や、真念の建てた石碑が見られる。
いつか、この石碑の拓本を取ってみたいと思うのです。

三島川之江ICに高速バス停留所がある。
今日はここから昼過ぎにバスに乗って帰ります。
高速道路の手前の民家の前を通り過ぎようとしたら、
お婆さんから声をかけられた。
「お茶でものんでいかんか!」
彼女も歩き遍路の経験があるそうです。
自分も歩いたとき、辛かったときにお接待を受けた嬉しさが
お接待につながっていると言っていました。
出してくれたお茶はよく冷えているドクダミ茶です。
お話好きなお婆さんで、つい長居をしてしまいました。
「お昼を食べていきんさい!」
「いや、バスの時間があるので、またこの次お願いします!」

南無大師遍照金剛

まだまだバスの発車までには3時間以上ある。
次回に備えてICから三角寺までの登り口を調べておこう。
なにしろ、バスは0450頃にここに着く。
暗闇の中、道を間違えたくない。
ICから登る道は遍路道ではない。途中から合流する。
地図を見ながら、ナビをにらみながら山道のとっかかりで
腰を下ろしていたら、
車が上がってきてクラクションを鳴らして停車する。
「どうしたん?道に迷ったんか?」
おじさんが降りてきた。
山のふもとに住んでいる人で、遍路道でない坂の途中で
お遍路さんがうろうろしていたので道に迷ったか!
と思い、わざわざ車で来てくれたのです。

南無大師遍照金剛
彼も歩き遍路や車遍路を数回されているそうです。
今いる道から三角寺に至る安全で早く登れるルートを伝授して
もらいました。
これでもう安心ですがな。

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1118
三島川之江IC着
1432にバスが出る。
あと3時間、何して過ごそうかなあ。
この辺は農地と住宅地なので店もない。
非常食の乾パンを、おばあさんのとこで分けてもらったドクダミ茶で
流し込む。
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バスの待ち時間をつぶすために持ってきた本を読んで時間を過ごす。
今日は本当にいい天気です。気温も高い。
芝生にねそべって本を読む。
眠りこけないように気をつけて・・・・

やがてバスが来るが、20分遅れで来る。
この遅れが気になる。神戸三宮では乗り継ぎ時間が20分しかない。
気にしても仕方ないか。

しかし

やはり神戸三宮には25分の遅れで1705に到着した。

ああっ

裏京都市行きは1700ですよ・・・
もう出発してしまった。
チケット売り場で事情を説明しても
「規則ですから」
埒が明かない。
つぎの2000発の便に振り替えてもらおうと交渉したが
満席だそうです。
ああっ
気分の悪さとともに
JRで帰ることにした。

しかし

今日は3連休の最終日
行楽帰りの家族連れで列車は混雑していましたがな。
我慢、我慢
修行の足りないわしには辛い帰り道でしたがな。

次回はGWを使って65番から88番まで結願に向けての旅です。

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お遍路さん(その30)60横峰寺~64前神寺

60横峰寺~64前神寺

歩き遍路伊予の国 第4回 1日目

3月22日(土)
前夜神戸三宮を出発した高速バスは0450頃、伊予三島ICに到着する。
ここは次回の出発点なのですが、こんな朝早くに到着してもまだ暗いしなあ。
よほど道路の下見を念入りにしておかねば迷うなあ…と考えながら
0550伊予西条駅に到着する。

この時間になるとあたりは明るいが、まだ寒い。今年の春は少し遅めのようです。
ここからJRで伊予小松駅まで行き、
そこからタクシーで本日のスタート地点まで行く予定なんですが、
ここからタクシーで行ってもいいんじゃね?
「あの~、妙雲寺までいくらくらいかかりますか?」
「3000円くらいじゃろう」
う~む。それくらいならばここからタクシーで行くか!
道すがら・64番、石鎚神杜、63番、62番、61番の看板が次々と目に入る。

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0626
今回のスタート地点、60番前札所旧跡の妙雲寺に到着する。
ここのお大師様にスタートのご挨拶を道路越しにする。
さて腹ごしらえ。昨日作ってきたおにぎり二つ。やっぱり力が出るのは白米やねえ。
今日は山登りなので力をつけておかにゃならん。
腹ごしらえを終えて歩き始めたら軽自動車が停まって、
おばさんからヤクルトのお接待を受けました。
幸先いいなあ。これが今回のお接待尽くしの始まりでした。

道はゆるやかな登り勾配を持って山に分け入っていく。
60番横峰寺までの登り道の前半は林道なので登りやすい、と思う。
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東屋を過ぎ小さな大師堂に見送られつつ、さらに山奥に。
梅の花が咲く山里はいい香りに包まれていますがな。
山の中腹に見える極彩色の建物は何だ?
何かの宗教施設かと思ったが、そうでもないみたいです。とにかく目を引く色彩です。
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後ろから賑やかな声がしてきて、自転車の少年二人が登ってくる。
変速機のないママチャリですよ。
若い人は元気やねえ~。この奥の湯波集落に住む子供たちなんかなあ??

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「横峰寺御来光出現」の碑がある。
最初の碑には文化14年の出現とあり、
横の碑には昭和48年9月12日に出現したと記されている。
何様が出現したのかなあ?
わしが富士山で見た観音様と同じようなものかな?
http://blog-imgs-53.fc2.com/o/k/i/okirakudojyo/f2-06.jpg

途中の八幡神杜で休憩する。集落はここまでのようですが、こんな山奥に住んでいるんやねえ。
平家の落人でしょうか?
またしぱらく登ると、

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0809
参道への登り口に着く。
ここには東屋とトイレがある。
東屋には、ママチャリが2台置いてあるよ。ああ、なるほど。
さっきの少年たちは横峯山に登りにきたんやね。
学生さんたちは春休みに入ったのでしょうか。
登り口の脇には山清水が湧いていて、水を汲みに来る車が続けて2台来た。
さてここから山登りの始まりです。
急な勾配の階段が続いていて結構辛そうです。
わし、山登りは階段よりも単なる道のほうが好きですね。
階段って、自分の歩幅に合っていないと歩きづらいんですよね…。
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急な山道は岩がゴロゴロした道です。
いかにも山道といった雰囲気ですが、足場の悪いこと甚だしい。
橋を見ると、最近修理したような感じです。
遍路道の保全をしてくれている方々に感謝です。

横峰さんへの道程は遍路転がしの難所と言われていて
それなりの覚悟を持って臨んだ。
右膝の調子は相変わらずイマイチなんですが、
お杖を頼りに急な山道を辿る。
山の霊気にさらされているおかげで比較的元気に登ることができる。
どこまで続くこの階段道・・・・

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いきなり山門が見えてきた。
0945 
60番札所横峰寺着
曇っていた空がちょっと晴れてきましたがな。
しかしさすがに標高700mは寒いなあああああ。
寒いはずだよ、境内には雪が残っています。
車遍路のおじさんが杖で雪をザクザク刺して遊んでいました。
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本堂は階段を登ったところにある。
もうこれ以上階段は登りたくないなあ。
登りきったら、剣を持ったお大師さまが出迎えてくれました。
今日は連休の初日だけあって、
家族連れの車遍路さんたちがたくさんいました。
自動車道がお寺まであるんですが、
曲がりくねった山道では車酔いしてしまわんかなあ?

納経所で御朱印を頂いたあと、本日のお目当ての
横峰寺奥の院の「星の森」に行く。
ここから約500mほど登るが、頑張っていこう。
林道だから登りやすいよ。
あっという間に鉄鳥居が見えてきた。
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いかにも行場という雰囲気に憧れていたんですよ。
思ったより鳥居は小さい。
おこないがいいのか、お大師さまのお導きか、
雲が晴れて石鎚山が目の前に広がっている。
おおおおおお~、
南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛!
お山のパワーをいっぱいに貰った。
五来重著の「四国遍路の寺」は奥の院について書かれてあり、
著者によると四国の遍地で行者が修行したところが寺の元になり、
やがて信者が集まってきて便利なところに寺が出来た、ということ。
ですから奥の院は辺鄙なところにある。なるほど。

さて
これから61番香園寺奥の院まで7kmの降りです。
途中まで自動車道を通り、
遍路道へと入る。その時、車が止まり、
奥さんからミカンを2つお接待いただいた。
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暖房の効いた車内からだったので、ミカンも温かかった。

降りの道は緩やかだったり、馬の背を通ったり、
急な坂道だったり色々ある。
夏ならば、さぞ草深く歩きにくい道だろうなあ。
家田荘子さんは、この道を怖がっていました。
曇ってきて霰もパラつく。
寒いなあああああ。

丁石と道標があるが、「香園寺奥の院まで○○km」の表示しかない。
奥の院を通るのが決まったルートなんでしょうか。
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途中の道が崩落していて通行止めの標識があり、迂回路が示されている。
しかししかししかし
迂回路を通ると時間のロスが大きい・・・・どうしようか。
えい!
結界を突破して山道を降る。なんかあったらその時は覚悟をきめよう。
と、意気込んで歩いたら、何のことはない、
崩落箇所らしいものも見えず無事に降りることができました。
南無大師遍照金剛

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道すがら、綺麗な花が眼を楽しませてくれる。
これ何の花だったかなあ?

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やがて奥の院らしい立派な屋根が見えてくる。
奥の院といった森閑とした雰囲気がいいなあ。
パワースポットなんでしょうね、きっと。
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瀧不動はどこか?
探すまでもなく、自然と足が行場に向いて歩いていく。
お不動さんが二人の童子を従えて鎮座ましましている。
わしのような人間でも、ここで瀧に打たれてみたい気分になるよ。
瀧のそばには更衣室もある。

今日は奥の院を二つも訪れることができ、パワーも貰えました。

61番香園寺は人里に降りた所にあります。
立派な高嶋神社の境内を通らせて頂いて、へんろ標識に従うと・・・

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おお、なんと立派な本堂!
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61番札所 香園寺着
案内書や遍路ブログに書かれているように、公会堂のような造作です。
蝋燭とお香は本堂正面の大きな蝋燭立てですませて、
本堂は二階にあり、脇の階段を上がって入る。
おばあさん遍路が階段を辛そうにあがっている。
靴を脱いで大聖堂のような雰囲気の本堂に圧倒される。
827席の固定席があり、まさにコンサートホールやあああああ。
そういえばわしのお宗旨である浄土真宗の本願寺の大講堂も
こんな感じやったなあ。
金色の大日如来様にも圧倒される。
そういえばご本尊様をこれだけ明瞭に拝んだのは
安楽寺とか岩本寺なんかの宿坊に泊まって以来久しぶりやなあ。

ここから次の62番宝寿寺までは1.5kmです。
遍路標識に従って歩くと30分くらいで着く予定です。


わしの立てた計画から1時間30分の遅れになっている。
山降りに時間がかかってしまったようだ。
なんとか今日中に64番まで廻らねば、
という思いが頭を占めてしまう。

そんなゆとりのない気持ちでいたら、
遍路シールを見落としてしまい、
少しばかり行き過ぎてしまいました。
今回、スマホのナビの調子は絶好調
わしが62番を行き過ぎたことを正確に教えてくれました。

ああっ

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結局1kmくらい戻り、
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62番札所 宝寿寺着
一国一宮と記された門をくぐり、中に入ると
前の大聖堂といった雰囲気から、
いかにもお寺といった雰囲気にほっとする。
歩きかな?若い夫婦のお遍路さんがいる。
ここもやはり車遍路さんも多いね。
しかし、札所とお遍路さんというのは絵になります。
ここのお寺は四国霊場会に入っていないそうで、
御姿と一緒に貰える霊場会創1200年記念の札を貰えなかった。

さてここから次の63番札所まで1.5km
しっかり間違えないように歩かねば。
幸い国道11号線に沿って歩けばいい。

沿道の家からは、沈丁花のいい香りがしてくる。
今回の旅は、この沈丁花の香りに包まれて歩きました。

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1533
63番札所 吉祥寺着
ここのご本尊は弘法大師様が刻んだ毘沙門天だそうです。
毘沙門天とは珍しい。七福神の一人やね。
ご本尊の真言は始めて唱える
「おん べいしら まんだや そわか」です。
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本堂の向かいにある「成就石」の穴に、
目隠しして金剛杖を見事入れることができたら願い事が叶うというので
失敗を恐れずやってみたら見事入った!
願い事は・・・内緒です。
ここの納経所で、前の62番で貰えなかった記念のお札をくれたよ。

ここから国道を横切り、旧道を3.3km行く。
わしの歩くペースは1時間に3kmですから、
納経所が閉まるぎりぎりに着くなあ。

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石鎚神杜の鳥居が見える。
今でも神様がおられるところは、雰囲気が違うといわれている。
ここには今も神様がおられると言っていたが、わしには体感できなかった。
参道を登って参拝しておきたかったが、時間がないのでここでご挨拶だけさせてもらう。

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1632
64番札所前神寺着
ここでは、はじめてお勤めの前に納経所に行く。
納経所の閉まる時間ぎりぎりになって迷惑をかけたくないからだ。
ヤンキーみたいな雰囲気の僧侶のあんちゃんが記帳をしてくれた。
ここの先に大師堂があって、本堂までは離れていて階段を上がって少し歩く。
すると、山を背負って荘厳な雰囲気の本堂が迎えてくれる。
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本堂を降りると階段脇に瀧不動があり、そこに一円玉を投げ入れて岩に張り付けぱ
ご利益があるらしい。
財布を探したが五円玉しかない。
投げたらチャリ~ンと跳ね返って水に落ちた・・・・。
この水は鉄分を多く含んでいるのでしょうね。
お不動様が赤く染まっている。赤不動(?)か。

さて時間も遅くなってしまったのですが、今回是指方れたいところが2箇所ある。
楢本神杜とメロディー橋です。
メロディー橋は、プロ卓球選手の四元真奈美がNHKの番組でお遍路さんをしたときに
出てきた楽しそうな橋なので、ここは行きたいと思っていた。
もう一つは大東亜戦争の際の神風特別攻撃隊敷島隊を祀ってある神杜です。
ここでこのまま真っすぐ西条駅に行けぱ旅館で一服できるんですが、
今行かなかったら後悔する。まだ日は暮れていない。
後悔だけはしたくない。
頑張って行こう!

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1751
メロディー橋に到着!
ここの欄干には鉄琴がついていて、叩くと「ふるさと」の音楽が鳴る。
金剛杖で叩かせてもらう。うん、確かにふるさとの曲だ。

次は楢本神杜です。
メロディー橋から500mくらい川沿いに北に行った所にあった。
だいぶ日も傾いてきて、空が赤く染まってきた。
大きな塔がある。たぶんここやろう。
あった、ありましたよ。25番が碑の周りにある。それに砲弾のモニュメントがある。
そばの駐車場には車が止まっていて人がいたが、気にせず最敬礼で参拝した。
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境内には記念館もあるが、時間が遅いので見ることはできないのが残念であるなあ。
戦争について、特攻についての是非については偉そうなことを言うつもりはない。
しかし、こういった歴史的な記念館や記録、亡くなった人たちの事は、
知っている人が後世に伝えていかなくてはいけないと思います。
関大尉の墓は、実家のある三島にある。そこは明日行くことができる。
だいぶ遅くなってしまいました。

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1820
本日のお宿である「にぎたつ旅館」に到着
食事の時間ぎりぎりに着いたあ、と思ったら、ここは素泊まりだそうです。
予約の時点で食事の事を旛忍しておけぱよかったなあ。
外に食べに行こう。
西条駅前まで歩いて行ったんですが、どこもかしこも飲み屋ばっかりです。
わしはご飯を食べたいんです・・・まあいいや。
コンビニで買ってきて食べよう。
旅館に帰ってきてお風呂の用意ができているというので入りに行ったら、
何かの修行をするような熱湯だったよおおおおおおおお。
水で薄めて入ったが、まだちょっと熱かった。
おかげで今日の疲れが取れましたがな。
今日は朝から晩まで歩いた歩いた。
疲れていたんでしょうね。7時半に寝付いてしまい、
翌5時まで起きませんでした。

お遍路さん(その29)57栄福寺~59国分寺

57栄福寺~59国分寺

歩き遍路伊予の国 第3回 3日目

2月22日(土) 

朝食は昨日弁当屋で作ってもらったお握りです。
0628
今朝はホテルからタクシーに乗って57番へ向けて出発する。
昨日歩いた道程を、タクシーは15分程であっという間に走る。

0643
57番札所 栄福寺着
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朝早い札所には誰もいない・・・と思ったら誰か来た。
「中先達」の印がある輪袈裟をつけた人が来た。
「おはようございます」
「・・・・」
あれ?愛想悪いなあ。
お勤めを終えて7時に納経所で記帳してもらう。
今日は7時から歩くことができます。

58番仙遊寺は、山の中にある。今回一番高いところに登ります。
ため池の手前に「犬塚」があったので写真を撮ろうとしたら
シャッターがおりない!
故障かと思い、何度もやったが頑として動かない。
過去、フィリピンのコレヒドール要塞と沖縄の海軍壕でシャッターが
おりなかった事があった。
(あああ、ここは因縁のあるところか・・・)
写真を撮るのをあきらめ、しばらく歩いたら見事な梅ノ木が花を咲かせている。
よもやと思い、カメラの電池を交換してみた。
な~~~~~~んだ。電池切れかあ。
でも、電池の残量が少なくなると、モニターに表示が出るのになああ。
やはりなんかおかしかったのか。
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旧遍路道はアスファルト路に寸断されつつ、山を登っていく。

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「内海源助墓」の墓石がある。
山と渓谷社「四国八十八ヶ所を歩く」に、
山口崇の書いた「浄土は何処だ?内海源助懺悔旅」が示されている。
彼は天明3年に南部藩八戸に生まれた。天明の大飢饉では人肉まで
食べなければ生きてゆけなかったという。赤子の彼もまたそうして育てられた。
人肉を食べた者は、夜になると狼のように目が青く光るそうだ。
成長した頃、それを江戸から来た旅人に言われた。
それを知った彼は、
「人を犠牲にして生きる腐れ身に未練はあらじ、せめて大師の救いを求め懺悔をなし、
悪しさ宿命に泣いた人々の菩提を弔い浄土へお送りすべし」
と陸奥の国を出発し、途中出羽国横田で知人の戸籍を借り、
約10年後に58番仙遊寺の山門に至る急坂にさしかかった時、
光が空から降りかかり恍惚とした気分に陥るのを感じながら命果てた。

墓石に内海源助の名前を見つけた。
しばらくその場にぬかづき、南無大師遍照金剛を唱えた。
お大師さまが彼を浄土に連れて行ってくれたのだろう。
その墓には暗さがなかった。

さて山の標高が上がるにつれて、雪が残っている。先日の寒波では四国も
かなりの雪が降ったんでしょうね。

0755 58番札所 仙遊寺着
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雪と仁王門の組み合わせは、わしが子供の頃に岐阜県の山奥でよく見た懐かしい
風景です。
仁王様にご本尊様への取次ぎをお願いする。
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この白い仁王様の迫力に、しばらく見とれてしまった。
仏像彫刻は西洋彫刻のような写実感とは違い、筋肉の躍動感、力の表現方法が
見るものに迫ってくる。

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山門をくぐると、瀧見観音様が、坂の向こうの瀧を見ている。
その横向きの表情が憂いを帯びていて、なんともいえない。
ここの仏様たちは、本当に心惹かれる表情をお持ちになっています。

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本堂まで長い急な坂を登る。この急さは岩屋寺以来やね。
途中に弘法大師御加持水の井戸がある。多くの人の難病を救ったそうな。
この水の成分は何やろうか・・・。

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最後の石段を登り終えた眼に入ってきたのは、
四国八十八ヶ所の本尊の石造が取り囲む修行大師像です。
山の中のお寺は、幽玄な雰囲気が漂う。
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納経所は本堂の中にある。記帳の際に、
「あの御加持水を水筒に貰ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「あの水は、何に効果があるのでしょうか?」
「そう、何にでも効果のある有難いお水です」
何にでも効果があるということは、水の分子結合の小さい水かな?
帰る途中に御加持水を水筒いっぱいに頂きました。
これで今日の歩みは大丈夫?

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休憩所から国分寺へ至る遍路道に向かう。
夏ならばマムシの出現に恐れながら歩きそうな道ですね。

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山道を登ると、峠に出る。ここは五郎兵衛坂と呼ばれる所です。
まさかのの伝説はお大師さまゆかりではないでしょうね・・・・

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道標に「下国分寺」示されている。
ここでふと、こんな重い石を誰がどうやって運んだのか、
昔の人のエネルギーはすごいなあと思ってしまう。

くだりの山道は結構急です。
膝に負担がかからないように、杖にすがりながら慎重に降りる。
気がつけば、1番霊山寺で買った金剛杖は、先端の部分が10cmくらい
磨り減って短くなっている。
杖に書かれた般若心経の文字もかすれてしまった。
自分の修行のお供になってきてくれた大事な杖です。

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いきなり視界が開けたら、今治市外が一望の下に望まれる。
遠くには瀬戸内しまなみ街道が見える。
山男としては、最高の気分やね。

国分寺までは6kmある。わしの足では2時間弱かかる。
まあでも、次の目標地点が明確なので足取りも軽い。

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門前には今治タオルがメインのお土産やさんがあるよ。
色々なタオルがあって面白いが、荷物がかさばるので買うのは我慢

1044 59番札所 国分寺着
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伊予の国の国分寺です。これで四国の国分寺は3つ目です。
創建当初は七堂伽藍が立ち並ぶ堂々たるお寺だったそうです。

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握手修行大師様がおられる。
握手しながら願いをすると聞き届けていただけるそうです。
しかしお大師さまも忙しいため、願い事はひとつだけ!
お大師さまのお手も、幾多の参詣者と握手されているために手垢で
汚れている。掃除してあげたい。

さてここからが問題です。
今回の旅のゴールは60番横峯寺へ至る山道の入り口の妙雲寺までの
20kmをひたすら歩く行程です。
ああ~、大丈夫かなあ。
気持ちが落ち込まないように気をつけなくてはいけない。
JR予讃線と今治小松自動車道にはさまれた遍路道を一人歩く。
出会う人は、なし。車と列車が行きかうのみ。
相変わらずスマホのナビは座標がずれている。

えい!元気出していこう!
千遊寺で頂いてきた御加持水を飲みながら元気で行こう。

途中の瀬田薬師も、お大師さまゆかりのお寺だそうですが、
寄っていく元気も無い。
三芳の町に入ると、臼井御来迎とか、日切り大師などがあるので
休みがてら寄ってみよう。
しかし、三芳の街中は下水工事中であちこち道路交通制限がされている。
工事の警備員さんに
「通れますか?」
「どうぞ、お気をつけて」
交通規制区間終わりまで案内してくれる。
お遍路さんには親切ですね。

工事のためか、臼井御来迎を見落としてしまったあああああ。
気になるネーミングなので立ち寄ってみたかったっす。

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しかし、日切り大師様は見つけることができましたがな。
天平年間に行基菩薩が開基したと伝えられ、本尊は不動明王様です。
弘法大師が日切の誓願を立てたと伝えられているので、
「日切大師」「お日切さん」とも呼ばれているそうです。

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日切り大師へ向かう細い道の脇にも遍路墓らしき墓標が固まっている。
ここも綺麗に整備されているようです。
地元の人の無言の善根でしょうね。

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丹原へ入ると目の前に雪を冠した石鎚山が見えるようになってきた。
あそこのふもとに向かって歩いていけばいいんですが、
まだ10km以上ある。このへんで昼食を食べたいのですが
食べたいと思うと、思ったように店がない・・・。
持っているパンの残りとチョコレート、それに御加持水を頂く。

いつもスマホのナビで位置確認しながら歩くのですが
今回はへんろ地図と首っ引きです。
何しろ道を間違えたくない。

煩悩まみれの歩き遍路は、やがて石根の街にたどり着いた。
ああああああああ
足がもう動かん。

1719 本日のゴール、妙雲寺に到着です。
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元は横峰寺の前札所だそうで、「60番前札旧跡」を称するようになった・・・
う~ん、なんだか経緯が少々複雑みたいです。

それはともかく、もう足が動かん。
膝が痛い痛いと言いながら、今日も30km歩いてしまったがな。
ここの近くに温泉がある。
歩いて行こうにも、そろそろ日が暮れてきた。
よし、タクシーを呼ぼう。
「湯の里小町温泉しこくや」は、ここから1kmくらいの近くにあった。
タクシーの運ちゃんには悪いと思いつつ、ツーメーターくらいで到着
ここの温泉は宿泊施設も兼ねている。
それに道の駅のような感じです。広い売店にはお遍路用品やバス遍路さんが
好きそうなお土産が山ほど売ってある。
多分ここはバス遍路さんんが60番へ至る中継所なんでしょうね。
食堂で久しぶりに温かいうどんとカツ丼のセットを食べ、
温泉でゆったり疲れを癒しましたがな。

そして2000にタクシーで伊予小松駅まで行き、
そこから伊予西条駅まで電車で移動、
2300出発の高速バスで帰りました。

ああ~、疲れた。
なんだか膝の調子が悪いと、疲れた気分が全身に広がってしまうんですね。
身体のバランスって重要ですね。

次回は3月のお彼岸の連休に、60番横峯寺から始まって
65番三角寺ふもとまで歩く予定です。

お遍路さん(その28)54延命寺~56泰山寺

54延命寺~56泰山寺

歩き遍路伊予の国 第3回 2日目

2月21日(金)
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今朝の朝食には当然鯛めしは、つかない。
小型お釜にはご飯が盛られているが、わしにはちょっと足りないかな?
でもお遍路に出るとついてべ過ぎてしまうから、2杯でがまんしておこう。

0713
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伊予北条駅からスタート
通学の学生さんたちで車内は賑わっている。彼らにとってお遍路さんは
日常の風景なので、お遍路装束のわしが座っていても全く気にしていない。
菩提の道場に入っていると、別にこの装束を恥ずかしいとは思わなくなった。

0721
浅海駅に到着。ここから54番延命寺まで、海沿いに18キロあまりを歩く。
今日の瀬戸内は昨日と打って変わって穏やかな表情です。
空も海も風も心地よい。

0841
菊間の町に入ると、鬼瓦の工場が目につくようになる。
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ここは鬼瓦の一大生産地だそうです。工場の前には色々な鬼瓦が並べられて
眼を楽しませてくれる。
テレビ番組の「鉄腕DASH!」で、城嶋リーダーがここにDASH島の舟屋に
飾る鬼瓦を作りにきていたなあ。

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「ぶじカエルお接待処」があり、そこには地元の陶芸家さんたちが作ったお接待が
置いてある。わしもひとつ「ぶじカエル」をいただく。

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やくよけ大師がある遍照院に着く。ここで少し休憩
仁王様の代わりに鬼瓦がにらみを効かせている。お祭りの時にはこの鬼瓦が
街を練り歩くらしい。
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境内には厄除けグッズが数多く売られているが、朝早いので店は開いていない。
ちょっと残念!お寺の隣には厄除けうどんが販売されていたが、我慢しよう。

東予地方は大きな造船所と製油所が目立つ。
海岸沿いの遍路道を歩くと、左は海、右は瓦工場、前は製油所、遠くには造船所
のクレーンが見える。
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風景を楽しみながら更に遍路道を進むと、そこには青木地蔵堂がある。
ここにもお大師さまの御加持水がある。ここの由来は書かれていないなあ。
何に効果があるんだろうね。
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ここにも通夜堂があって、中を覗くと綺麗に掃除されていて、布団もある。
ノートを拝見したら、昨日も女の子が泊まっていたようだ。

大西の町に入ったら海岸線とはお別れして内陸部に入っていく。
このあたりからちょっと気分的に疲れてきましたがな。
膝の調子もさることながら、足の裏も疲れてきた。
地図で示される距離と、道路標識に示された54番延命寺までの距離が合わない。
それに、スマホのナビがどうも狂っているようだ。
現在地を示す点が、大西町沖の海の中を示している。こりゃあかん・・・。
なんか気分的にダウン気味で歩く・・・・。

1302
54番札所 延命寺着
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あああああああ、足が疲れたなあ。
山門脇の駐車場から御詠歌が聞こえてくる。どこかな?と思ったら
黒いワゴン車からだった。中人年夫婦とその母親の3人組車遍路だった。
御詠歌聞きながら車遍路とは優雅ですねえ、と思いながら山門をくぐると
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わしの好きな売店があるよ。
こういった雰囲気は大好きです。
でも、先ほどの3人組のうちの親父は3人分の納経帳と掛け軸を持って納経所へ
直行している。ありゃりゃ・・・。
婦人の親子のみ納経している。それに御詠歌歌っていたかなあ・・・。
そんな俗事に気をとられている自分自身が俗っぽいのか?
車遍路と歩き遍路は、全く別物と考えたほうが気にならないのかもしれませんね。

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松山から今治までの路の途中には遍路墓が数多く見られる。
いずれもきちんと整備されていて、伊予の人達のお遍路に対する
気持ちが感じられる。

さてこのあたりから札所が連続して続くので気分的にも楽かもしれない。
54番からお墓の中を通り過ぎたら今治市街へ入っていく。
相変わらず街中は遍路標識がわかりにくいなあ。
多分あっちの方向だろうと見当をつけて55番南光坊へ向かう。
細い路地を通り抜けたら正面に別宮大山祗神社の裏手に着く。
表に向かうためには、かなり大回りする必要があるので、
塀をまたがせて入らせてもらう。

1430 
55番札所 南光坊着
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ここは今治沖の大三島に鎮座する大山祗神社に付属した寺のひとつ
でしたが、明治の神仏分離で存在意義を失い、社殿に奉安していた
大通智勝如来と脇侍の弥勒菩薩像、観音菩薩像を南光坊薬師堂に遷座し、
別宮大山祇神社と明確に分離したそうです。

南光坊という名前は、江戸幕府開府のときの南光坊天海を連想
させられますが、こことは関係ないかな?

さて今治の街を56番泰山寺に向かって歩く。途中に笑福旅館があって
最初ここに泊まろうかと思って連絡したんですが、経営者の高齢化で
店をたたんでしまいました。残念!
息子さんが海側のほうにホテルを開業しているそうなんですが、遠いしなあ。
そんなんで、今治駅前のホテル福亭を予約しました。
ちょっとそこに寄って荷物を預かってもらい、さんや袋だけの身軽になりました。
やっぱり背中の荷物がないと身も心も軽いなあ。
快調に足は進み

1550
56番札所 泰山寺着
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ここは山門がないお寺で、大きなお屋敷のような造りですね。
本堂脇には大きなおびんづる様がおられます。
今日はちょっとお願いして、膝をさすらせていただきます。
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やはり足は皆がさするらしく、つやつやになっています。
誰もいない納経所では、ワンちゃんが店番をしていました。
インターホンを押して来てもらい、記帳してもらいました。
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「ワンちゃんの写真撮っていいですか?」
「はい、どうぞ」

ここから57番栄福寺までは3.1キロある。歩いていくと、
納経所の開いている時間までには間に合わないが、まあいいか。
行こう行こう。
住宅街を歩いていく。
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途中にこんな道標がありました。
蒼社川の手前に遍路小屋があり、そこで一休み
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遍路地図には、この先の蒼社川の渇水期には河原を歩く遍路道があるそうな。
遍路小屋を掃除に来た人にそのことを聞いてみたら、そんなこと知らんと
言われましたがな。
橋を渡ったら右に曲がり、遍路道に入る。
久しぶりの田圃道を歩く。

1657
57番札所 栄福寺着
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これはかなりきわどい時間ですがな。
お勤めをしてからではもう納経には間に合わん。
明日の朝にしようかね。

ここからタクシーを呼んでホテルまで帰る。
タクシーの運ちゃんは、わしと同年代のお母さんでした。
途中の会話は、お互いの生い立ちについて。
わしと彼女には共通項があって、3人兄弟の真ん中なんです。
いずれも長男の横柄さが鼻について仲がよくないこと。
自分ひとりを頼りにしていきてきたこと等々・・・・
わしが心底同意して彼女の話に相槌をうっていたので、
彼女は気持ちよさそうに機関銃のように喋ってくれました。
そのおかげ?でタクシー代のおつりをちょっぴりお接待してくれました。

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ホテルは素泊まりなので、夕食は駅弁を仕出しているお店に入って
鯛めし定食をいただきました。
二日続けて鯛めしを堪能しましたがな。
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今日も膝が痛いにもかかわらず28.5km歩いてしまいました。

お遍路さん(その27)52太山寺~53円明寺

52太山寺~53円明寺

歩き遍路伊予の国 第3回 1日目

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毎回毎回区切って歩くわしにお大師様は試練を与えてくれますがな。
今回は右膝の痛みです。もともとひざに爆弾を抱えていたんですが、
前回の久万高原のアップダウンでひざの調子が悪くなってしまいました。
湿布と痛み止めをしこたま仕入れておいたんですが、なかなかよくならない。
今回は東予地方の比較的なだらかな行程です。なんとかなるやろう。
でもペースダウンは覚悟しなければならない。

旅館で一緒になった歩き遍路4回目のベテランさんから教わった言葉で、
通しであれ、区切りであれ、歩き遍路をする人は5つの力を備えた人が
成就できるそうですがな。
それは、
気力、体力、財力、家族の協力、そしてお大師様の力です。
なるほどね。わしにとって一番ありがたいのは家族の協力です。
まあ、半ばあきれられているんですがね。
それに家田荘子さんが言っていたのは、
歩き遍路は「お大師様に『お遍路に来てもいいよ』と言われた人が来ている」だそうです。
わしもお大師様から呼ばれたから、来てもいいよ、と言われたからきている。
としよう。

今回行程中、松山のお遍路先輩の方から毎日支援メールを頂きました。
門前の小僧様、どうもありがとうございました。



2月20日(木)
0549松山駅に到着 
いつものごとく、あまり寝ていないような気がするが、気のせいにしておこう。
さすが2月後半ともなると左程寒く感じられないよ。
前回の区切りの道後温泉本館までタクシーで行く。
運ちゃんがお遍路姿のわしに、衛門三郎伝説を聞かせてくれる。
かなり喋り慣れているんでしょう、名調子なので黙って聞いている。
するとですね、大筋の話は同じなんですが、細部が少しずつ違う。
空海を追い払った衛門三郎の息子の一人が翌日川に落ちて亡くなってしまった。
そしてその葬式のときに出した食事にあたって残りの子供たちも次々と亡くなってしまった、
という事です。
なるほど、たぶん食中毒なのか。
長い間に伝承される物語は、伝える人の解釈や考えが織り交ざったり、
聞き間違えが起きたりして
もとの物語から変化していくものなんでしょうね。
衛門三郎が焼山寺ふもとで空海に出会って許しを得て、
衛門三郎再生と書かれた石を握って生まれ変わった段で
ちょうど道後温泉本館に到着しましたがな。

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0617
本館周りには朝風呂を楽しむための浴衣姿の人達が集まりはじめている。
道後温泉と浴衣、それにお遍路さんは風景の一部と化しているか。

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わしの好きな漂白の俳人、種田山頭火が晩年を送った「一草庵」が
松山市内にあるので楽しみにしていました。
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再建された庵は綺麗に整備されており、周囲は公園になっています。
綺麗なトイレもあり、通夜堂にもなりそうな東屋もあります。
もちろん、一草庵の中には泊まることはできませんよ・・・。
南国伊予松山は、もう春の香りがしている。いいなああああ、梅の香りは。
ありがたくトイレをお借りしました。

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松山市内から郊外へと、52番太山寺、53番円明寺と打つ予定です。
今日は木曜日です。それに朝早いので通勤通学の人たちでごった返す中を
一人お遍路さんは歩きます。
一体街中は、遍路標識を見落としやすいですなあ。
気を散らしてしまったり、ボーッとして歩いていたら赤い矢印の遍路標識がない!
たぶんこっちの方角だろうと思い、歩いていくと遍路標識に再び出会えたときの安堵感
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やれやれと道をたどっていくと、あれ?
「いよわけ」駅近くに来てしまった。
スマホのナビを起動させてみると・・・「円明寺」近くにいる・・・。
あれれれれれれれれ?
うう~む。道を間違ってきてしまいました。すると52番太山寺まで、
逆打ちをしなければならん。
そんなことを考えてスマホのナビを見てみるが、どこに円明寺があるん?
どうも誤差があるようだ。ナビ狂っているかも?
ちょうどお店のシャッターを開けていたおかあさんに「53番さんどこ?」と聞いたら
反対方向を指す。細い路地の近道を教えてくれましたがな。そしたらすぐに着いた。

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0849 53番札所円明寺到着 
お遍路さんが打った四国最古の銅板でできた納経札が見つかった寺だそうです。
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大師堂の裏手には「キリシタン灯ろう」がひっそりとある。マリア観音が刻まれているが
長年の風雪で輪郭のみが窺える。
こんなところにも隠れキリシタンがいたんやねえ。
ルイスフロイスがここら近辺に上陸していた関係で、キリシタンが多かったそうです。

さて、ここで考えた。
52番太山寺までどうやって行こうか。約3キロある。歩いて往復すると
今のわしの膝の状況では2時間かかるなあ。今日は少なくとも浅海まで行きたい。
でなければ明日からの行程が厳しくなるからです。
日程が限られた区切り遍路ならではの悩みに直面しました。
よし、片道は歩き、帰りはバスかタクシー・・・・・
小高い山の上の太山寺までは、ゆるやかな登り道が続く。
かえってゆるい登りのほうが歩きやすいのはわしだけでしょうか?

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0940 52番札所太山寺到着
ここは山門から本堂までが長い。それも坂道ですがな。
山門脇にタクシーが止まっている。あ、あれをキープしておこうか・・・と考えた矢先
スーツを着た人が乗り込んでピューッと行ってしまいましたがな。
まあいいや。
沿道の両脇に並ぶ民家は、往時の遍路宿だそうです。
ひたすら坂道を登っていったら、やがて本道に至る石段(今日は長いと感じた)を登る。
納経所は本堂と山門の中間点くらいのところまで参道を下っていく。
本堂は鎌倉時代の建立で、国宝だそうです。ありがたやあああ。
納経を終えて山門まで行ったら、親父遍路の二人連れがちょうど山門をくぐって来た。
一人は錫杖を持っている。先達さんかな?とにかく絵になる二人連れだなあ、
と思い挨拶を交わした。

さて門前にはタクシーはいない。バス停の表示を見ても53番方面の行き先はなさそうだ。
車遍路さんをヒッチハイクしようか。でもさっき通り過ぎていってしまったよなあ。
路傍の石に腰掛けながら昨日の晩に作ってきたお握りを食べながら考える。

しっかたねえなああああ、歩くか。

そう考えると途端に足が重く、膝が痛んでくる。
と、そのとき
わしの横に車がス~ッと停まり、「お遍路さん、接待です!」と
カイロとお菓子が目の前に差し出された。
(お大師さまが現れた!)
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「すいません!53番まで乗せていってもらえませんか!」
おもわず口走ってしまいましたがな。
快く乗せてくれた方は、やはり歩き遍路の経験者だそうで、
お遍路さんを見るとお接待をせずにはおられないようです。
お遍路を始めてから、困ったときとか道を間違えそうになったときとか、
要所要所でお大師様が姿を変えて助けてくださる。ありがたいことです。

無事に53番に到着し、時間のロスもほぼこれで解消されました。
歩き遍路の「つなぐ」にこだわって歩きたいわし。初回はこれにこだわり、
二巡目はもう少し融通をきかせて公共の交通機関とか車のお接待にすがってみようと思う。
住宅や田園が続く中を歩き、粟井海岸に出る。
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あいにく今日は天気晴朗ナレドモ波高シですがな。
白波の立つ瀬戸内海から冷たい風が海から吹いてきて、傘が飛ばされそうになる。
片手で傘を抑えて歩くのも面倒なので傘は脱いで背中にくくりつけることにする。
左は海、右は崖
吹き付ける風を受けながら歩くと、
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番外霊場 粟井坂大師堂に着く。
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道路向かい側に井戸があり、古来粟粒のような水がブツブツといづむところから「粟乃井」と呼ばれ
粟井郷の地名の由来となったそうです。
これは炭酸泉か?お大師由来ではなさそうだ・・・
この頃になると気温もぐんぐん上がってきて
ヤッケを着ていると汗ばむくらいになってきたのでこれもリュックにくくりつけておく。
だいぶ海も穏やかになってきましたがな。
本来の瀬戸内の風光を楽しむことができるようになって来ましたがな。

1400 伊予北条着
今日はここの太田屋旅館さんに宿泊します。
名物鯛めしを出してくれるところです。楽しみ。
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時間的ロスが解消されているので、旅館に荷物を置いて、
さんや袋だけもって浅海(あさなみ)までいくとしようかね。
荷物が背中にないだけで身も心も軽くなるような気分です。
現金なもので、膝の痛みもないよ。
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道沿いの土手には梅と菜の花が咲いている。ああ、春やねえええええ。

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いい気分で腰折峠のふもとにある番外霊場鎌大師に到着
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東屋に置いてあるお接待のみかんをひとついただく。甘い。
ここはテレビドラマ「花へんろ」ゆかりの地らしいんですが、
残念なことにわしは花へんろの物語を見たことがない。帰ったら勉強しよう。

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腰折山の鴻之坂を登りきると、浅海の町と海が見える。
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坂を下りると浅海の町に入り、

1549 本日の終点、JR浅海駅に到着
ここからローカル線に乗って伊予北条駅まで戻る。
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浅海駅の近くには遍路地図には記載されていない大師堂があって、通夜堂になっています。
こういった心地よさそうな通夜堂の記録を取っておいて、そのうち泊まりたいといつも思います。
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さて今夜の夕食は・・・おお、鯛めし。
鯛の兜煮、鯛の刺身、鯛の水炊き・・・鯛づくしや。
うう~んうまい。

本日の同宿者は太山寺山門で出会った二人連れと、もう一人区切りのおやじさん。
先達さんかと思ったら、錫杖は手作りだそうです。
もう歩きで四周回っておられるそうです。
この方々の経験を楽しく拝聴しながら夕食をいただきました。

今日歩いた距離は29.5km
時間が出来たのでチョーシにのって歩きすぎたああああああ
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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