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読書感想文2016年5月

読書感想文2016年5月


久々に読書感想文です。


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「島へ免許を取りに行く」
星野博美

40歳を超えた作者が長崎県の五島にある島で合宿免許場で
悪戦苦闘しながら教習を受ける物語です。
この物語の最終目的は「免許を取る」という
明確な目標に向かって進むので、結末は解っているのですが
そのプロセスを楽しむ物語なのです。
目的が簡単に得られては物語にはならない。

若い頃ならばともかく、
歳をとった人ならば
自分の自覚とは別に、反射神経は衰え
記憶力も減退し、
その分意固地になり頑固になる。

こういった自分自身との戦いなんですね。
作者の力量によって読者を飽きさせることなく、
物語に没入させてくれます。

それに、自分自身の教習中の追体験を知らず知らずのうちにしている。
「あ、こういうこともあったなあ」
「うんうん、わかるわかる」
読んでいて思わずニヤリと笑ったり
辛かった思い出も蘇ってきます。

確かに車に乗ると視点、思考回路も変わる。
この変化にまず頭を切り替えなくてはならない。
それをするのが第一歩なんですね。

また、自動車は人間の能力を超えた存在なので
いちいち原理を理解しようとしていては
前に進めないこともある。
「これは、こうなんだ」
と割り切らなくてはいけない。

若い頃はわりあい頭が軟らかいので
すんなり受け入れられますが
頭が固くなってきた年齢だと大変でしょうね。

常に新しいことにチャレンジすることは
脳が活性化されていいことです。
でも、それに踏み出すきっかけや勇気、気力を振り絞るのは
大変なんですけどもね。
作者はそれをやってのけたのはすごい。
わしも見習わなければ。




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「翼はいつまでも」

川上健一
この作者の書く青春小説には、いつも惹きつけられます。
決して若い頃に書いた物語ではないのに
若者の躍動感に満ち溢れています。
いったいどうやってこの気持ちを引き出したんでしょうか?

ビートルズ黎明期の田舎の中学生が主人公です。
このころの先生といったら
自分たちの価値観を子供たちに押し付けるのが仕事なんじゃないかと
思ったくらい上から目線でしたね。
深夜放送を聴くのは不良だ。
ギターをやるのは不良だ。
不純異性交遊はいけない!
大人は自分たちの理解の範疇を超えるのはすべて否定していましたね。

でも中学生は、ちょうど大人からの押し付けに対して
反発を覚えながらも、
しかし自分の無力さも感じているので
自分たちの世界の中で悩んだり反発したり
ささやかな発見に興奮したりしている年代でしたね。

現代のように情報が氾濫していないので
限られた世界のことしか知らない。
それが世界の全てでした。

親に内緒の一人旅っていうのは大冒険ですね。
何もなくても、何もおきなくても得るものも多かった。

不幸(?)なことにわしの父親は中学校の校長でした。
息子たちの上に君臨していましたね。
あれダメこれダメ、何でもダメだった思い出があります。
そのダメだったことを、
大人になってから取り戻した事の何と多かったことか。
でも少年時代に経験しなくては
その瑞々しさは得られないでしょうね。

作者の川上健一氏は、
若い頃体験できたんでしょうか。
いい歳こいたオヤジが
読んでいてワクワクするような、
物語が終わって欲しくない気持ちにさせられたんですから。


天国からの電話

最近読んだ本で特に気になったものです。
ミッチ・アルボム

ミッチ・アルボム著
「天国からの電話」
アメリカのミシガン湖畔のコールドウオーターという小さな小さな町で
ある日数人の人に
死んだ人から電話がかかってきた。
それは愛する姉だったり
アフガンで戦死した息子だったり
解雇した従業員だったり

彼らは
愛するものの声を聞き涙し
癒され
戸惑い
あるいは聞きたくない声に苛立つ

電話は金曜日だけにかかってきた。
しかし、彼らはいつ自分にかかってくるか分らないので
外出もできない。電話を握り締めてひたすら待つ。
あるいはかかってくるのを恐れ、電話を解約する。

教会の礼拝中に奇跡のことを発言したことにより
それは信仰の対象になっていく
なぜならば
「天国の存在」について語られるからだ
「ここでは、苦痛はいっさいないのよ」
「愛だよ、周囲の何もかもが、愛」
「終わりは終わりじゃない」
「怒り、後悔、不安・・ここに着いたとたんに、全てが消え去る」

この小さな町の聖職者たち
カトリックの神父、プロテスタントの牧師
彼らはこの奇跡を
受け入れるべきか、
あるいは狂信者の妄言か、
喧々諤々の議論をする。
なぜうちの教会信者に奇跡は起きなかったのか?
結局自分の教会の信者を増やしたいだけ?
聖職者の間でもドロドロとした思惑が入り乱れる。

コールドウオーターの人々は
自分にも天国から電話がかかってくるかもしれない!
そんなことあるもんか!

マスコミがこの奇跡を報道すると
全米から奇跡の恩寵にすがりたい人々がわんさと集まってくる。
天国と交信できる限られた形式の携帯電話を求めて
町の小さなショップに注文が殺到する。

ここに住めば天国から電話がかかってくる。
居住を希望する人々が集まってくる。

急激に膨らんだ人口のため
違法駐車が溢れ、雪が降っても除雪車は動けない。
商店からは商品が消え
ガソリンスタンドは長蛇の列・・・

天国からの電話を受け取った人の家の周りで
祈りを捧げる集団と、否定する集団との小競り合い

次々起こる事態に
数少ない町の警察官の仕事は飽和状態になる。

やがて金曜日に全米に向けて
死者との交信が中継されることになった。

さて、このあとは読んでのお楽しみ・・・・


しかしですな、
死んだ人の声を聞きたい、もう一度会いたい
というのは過去にこだわる、
とらわれている行為ではないかと思います。
いつまでも死んだ人のことを考えていると
前に進むことができないと思うのです。

人はそんなに強くはないでしょうが
死んだ子の歳を数えると、たまらなく辛い。
辛いと顔に出る、言葉に出る、態度に出る
生き方に出る、人生に影響を与えてきます。

わしは冷たい人間なのかなあ、と思うことがあります。
死んだ人のことにいつまでもとらわれない。
と、いうか悲しくないのです。
いっとき悲しくても2~3日くらいかな?

自分には感情がないのかな?と
考えてしまったこともありました。

40代になって管理職になってから更に
過去のことをくよくよ考えることもやめました。
これって自己改革なんでしょうか。

今の自分には今日と明日しかないのです。
昨日を振り返ってくよくよしていても仕方がない。


お釈迦様は極楽浄土(=天国)については
一切語っていません。
苦しみの多い世の中を、いかによりよく過ごすかの
人生哲学なのです。
極楽の思想は釈迦入滅後、さまざまな宗教と融合する中で発生したものです。
それに、
法華経では仏像を作って拝みなさいと書かれていますが
お釈迦様はそんなこと言っていません。
入滅後500年経って編纂された経典だからです。
ことほどかように
人口に膾炙した状態宗教は形を変えて存在します。

極楽、天国なんて本当にあるの?
でもあったらいいなあ・・・・


キリスト教、仏教が成立した時点では電話はない。
ですから死後の世界との交信には、
イタコの口寄せなんてのがありましたけどもね。

でも、
死んだ人から電話がかかってくる、というのも
夢があっていいのかもしれません。
天国からの電話


この物語は衝撃的結末で幕を閉じます。
天国との交信に興味のある方、
一度読まれて、感想をお聞かせください。

人間歴1回目の人達

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久々に読書感想文です。

「パワースポットには行くな!」はやぶさゆか著

思わず手に取って眺めてしまうようなタイトル
随分と過激な内容に見えるのですが、実はそうではない。

なにも全ての人がパワースポットに行ってはいけないということではなく、
行く時の精神状態です。
強いプラスエネルギーも確かにあるが、
捨てられている悪霊や不運のカケラが充満しているそうです。
体力や精神力が低下している人が行くと、
それらマイナスエネルギーの影響を受ける。

それを言いたいそうです。

多分編集者の意向でこのようなタイトルになったのでは?
と思います。

わしが気になった項目は、
「KYな人は人間歴1回目」です。

仏教の教えでは輪廻転生を繰り返しているので前世の影響を受けることがある、
という考えが前提とされている。
前世の数は「人間歴」となるそうです。

60回くらい人間歴を繰り返してきた人もいるそうです。
そこまでいくと、その後は更に高次元に行くだろうと・・・
確かに菩薩や如来は高次元にいますしね。

では「人間歴1回目」の人とは、前世が人間以外の動物や虫などです。
基本的に常識を知らない。
外国人が日本を初めて訪れた時、常識や言葉、文化を知らないと同じこと。
前は動物だったから人間界の常識を知らない。分からない。
ですから空気を読めなかったり、常識知らずだったりします。

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人間としての蓄積がない、少ない魂なので
一から十まで言ってもらわなければわからない。
人間歴の多い人は「周りの空気を読む」「仕事は自分で探す」「感覚でわかる」
ができるのですが、1回目の人は、そんなの無理です。

何歳になっても人に迷惑をかける。
人間関係を構築できない。
彼ら、わざとしようと思ってしているわけではない。
仕方ないのだ。

「日だまりの彼女」という物語も猫の生まれ代わりだったなあ。
ここでも猫だったので常識がわからない女の子がいた。


このことを職場の同僚に言ったら、同意してくれました。
同じ年の子供でも、
注意したらすぐに理解する子と、
いくら注意しても失敗しなければ理解できない子が居ることを
実感しているからだそうです。

一般に自分たちが精神年齢と言っているものと人間歴は比例している。
20歳なのに、妙に人間ができている人と、
50歳なのに妙に子供っぽい人がいるのも事実です。


医学的には、KYと言われる
広汎性発達障害の発生機序については
脳の発達段階で阻害されてコミュニケーションの部位に障害が出るという
解釈がなされていますが、それも考え方の一つです。
でもわしは、「人間歴が少ない=KY」のほうが納得いきます。

周りに迷惑ばかりかけている人には、
「あいつはまだ人間1回目の前は動物だったんで、仕方ないよ」
と思ってやるほうがいいのかも?

さて自分は人間歴何回目なんかなあ。
少なくとも蛇に食い殺されたカエルだったのはわかる。
蛇のこと考えるだけで冷や汗が出るからだ。
それからお遍路途中で死んだ人かもしれん。
なぜ四国巡礼に行きたくなったかわからんから。

この次は少しでも高い段階に進めるように
修行しておかなくてはならんなあ。

永遠の0

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「永遠の0」 百田尚樹
映画館で泣いたのは何年ぶりだろうか。

先年、小説を読んだときも衝撃だった。
小説が先行していたので映画の内容はどうかと危ぶんだが
小説に勝るほどの情感がわしの心をゆさぶった。

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GCを駆使した戦闘シーンは迫力があった。
しかしそれよりも昔を語る元軍人たちの迫真の演技に涙がこぼれた。
暗い映画館のあちこちからは鼻をすすりあげる音がしていた。
わしも体裁を気にせず涙を拭いた。

特攻で命を落とした学徒兵や少年兵達が
悠久の大義のもと、
国のため、天皇陛下のために死んだのではない、ということは
小学校4年の時に読んだ漫画「紫電改のタカ(ちばてつや)」で主人公が語っていた。
自分の家族を守るために自ら命を投げ出したのだ。
そのときから戦争に対する考えが変わった。
戦争は勇ましい、カッコイイものではない、ということが戦記ものを読めば読むほど
わかってきた。

同時に戦後民主主義を標榜するマスコミや文化人の胡散臭さも鼻についていた。
今の若者は戦争について何一つ教育を受けていない。
それどころか彼らの親である中年の世代も何一つ知らない。
知っていても、自分の国を嫌う事を教えられてきた戦後世代の輩たちから
特攻隊員はテロリストとか、洗脳された者達として教えられている。

死者を冒涜するなかれ!

日本人はいつからそんな情けない民族になってしまったのか。
アメリカの占領政策は日本人を骨抜きにすることと見つけたりか。
自分さえよければいい、という人間が日本のあちこちでのさばっている。

自衛隊絶対反対!のピースボートが世界一周平和の旅の途中、
ソマリア沖付近を航行する際に
自衛隊の護衛艦に「守れ」と依頼した。
ああ、くだらない。

日本人の道徳が復活してほしい。
授業できちんと日本人として、人間としてのあるべき姿を教育してほしい。

戦争で命を落とした人達を語ってくれる世代は今90歳になろうとしている。
わしの88歳の父親も予科練出身だ。
わしの寝技の師範は予備学生出身で90歳
もうすぐいなくなってしまう。

百田尚樹よ、よくぞいまこの物語を書いてくれた。
東宝よ、よくぞ映画にしてくれた。

家に帰って小説をもう一度読んでみて
また涙が流れた。


この文を読んで反論のある人もいるでしょう。
自分が自分で勉強して自分の結論を持ったならばそれでいい。
しかし、「大人」「先生」にこう言われたから、こう教育されたから、
という人はもう一度自分で勉強してみてください。
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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