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霊験について

寺社を訪ねると、そこには

「霊験あらたかな」とか
「○○によく効く」
「御利益がある」
といった評判をよく聞きます。
これは、そのことを信じる、あるいは信じたい
民衆の気持ちが具現化されているのでしょう。

わしの私見ですが
奇跡、喜瑞といったものは、存在すると思います。
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形而上なる精神世界、地球・宇宙の力というものは確かに存在すると思うのですが
形而下では目に見えづらいものなので
人口に膾炙させるためには、
分りやすい表現を使わねばなりません。
仏像がそれにあたります。

お釈迦様は、
苦しみの多いこの世の中をいかに生きるための
哲学を説いたわけです。それが仏教です。
仏像を造って拝みなさいとか、
輪廻転生については説かれていません。

法華経に仏像を作って拝みなさいと書かれてあるのは
釈迦入滅後500年後に編纂されたお経だからです。
方便第二
 若人爲佛故 建立諸形像 刻彫成衆相 皆已成佛道
 或以七寶成 鍮鉐赤白銅 白鑞及鉛錫 鐵木及與泥
 或以膠漆布 嚴飾作佛像 如是諸人等 皆已成佛道

深遠な哲学だけでは
大衆には解りづらいですから、
目に見えるもの、解りやすい現象が必要となってくるのです。

地球は生き物ですから、
地球のエネルギーが噴出している「パワースポット」にいけば、
「気持ちいい」「元気になる」など、
その場のエネルギーの影響を受けます。
そういった場所に神社、寺が建立されていることが多い。
水はパワーの影響を受けやすいそうです。
ですから御霊水や、滝行など水に関連ある事柄が多いのです。
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人によって何も感じない人から、霊的パワーをビシビシ感じる人など
千差万別です。
また、本人の信仰のあるなしで感じる力は倍増したりします。

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わしは霊的なメッセージなどを感じる力はありません。
しかし、力のある人との出会いは結構あります。
家内の親戚にも居ます。
お遍路を続けていくうちに、そのときその場所で
出会うべき人達と出会い、力の顕現を見ます。
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さる札所では、力のある人と一緒に勤行すると、
必ず喜瑞をみることができます。
頭を上に引かれる感覚、鈴の音が聞こえる、灯明が燃えさかる等々・・・
またご本尊さまからのメッセージを媒介してくださる。
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独りでその場所に行っても何も感じないし、起こらない。
今のわしには媒介になる人が必要です。

最近いささか神仏からのメッセージを受け取れるかな?
という境地には至っていますが、まだまだですねええええ。

修行が進むと、より多くの喜瑞を感じられるようになるのでしょうか。
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「仙台四郎」


「福の神」という言葉を聞いたのはいつごろだったかなあ。
商家に障害者がいると、その店は栄えるという。
ただその言葉しか知らなかった。

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「仙台四郎」とは、
江戸末期から明治にかけて、宮城県仙台市に実在した「人神」の名称です。
「人神」とは、没後にその人物を神として祀る信仰形態で、以下の分類があります。

① 祖霊を神格化して発生したもの

 (天照大御神や大国主神など神話の神々)

② 恨みを残して没し、祟りを恐れて鎮めるために祀るもの 

(菅原道真、崇徳天皇、橘逸勢、平将門)

③ 優れた業績を残した者を死後に神として祀り、業績を後世に伝えるもの 

(豊国大明神の豊臣秀吉、東照大権現の徳川家康)

  また、佐倉惣五郎に代表される義民や竹垣三右衛門・岡村十兵衛に代表される
  善政を敷いた代官、
  お遍路関係では、25番津照寺にある一木神社の一木政利などがある。
  さらに仙台四郎に代表される放浪者を生前から福の神として崇める信仰が生じた。

仙台四郎(芳賀四郎)は知的障害があり会話はほとんどできなかったそうですが、
「四郎自身が選んで訪れる店は繁盛する」
との噂が流布し、売上増を企む店が四郎の気を引こうと厚遇したが、
表面だけの店には寄らなかったそうです。

没後の大正期に入ると、仙台市内のある写真館が
「四郎の写真を飾れば商売繁盛のご利益がある」
と謳って写真販売を始めた。

戦後恐慌以降、繰り返し発生する不景気において四郎のブームが度々発生し、
仙台で信仰され、さらには全国的に知られる福の神として定着したそうな。


彼の事を知ったのは、古書店の店先に200円均一で売られていた
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「開運!えんぎ読本」
の招福の人神として紹介されていたのが妙に気になり
彼の事を書いた
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「福の神になった少年」
を捜し求めて仙台四郎について詳しく知った。

四郎のような人間は、智慧という余計なフィルターがないので
人間の本性を敏感に感じ取ることができるのでしょうね。
教養、地位、財産などに起因する見栄や虚勢などは
時として邪魔になったりする。

「しろばか」と呼ばれていた四郎は毎日ニコニコと街を徘徊するのが好きで
ふらりと寄った商家の店先を掃除したそうな。
そんな四郎を邪険にして追い払う店があれば、
「好きにさせておきなさい」とさせ、さらにはお駄賃や食事を食べさせて
あげた店もあった。
こういった店の人に対する姿勢が繁盛に繋がったのでしょうね。

彼は無垢な魂で人の本性を見抜いていたかもしれん。
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今回のコロナ騒動について、
移動規制、外出自粛など我慢が長期間に渡ると
心の余裕をなくした人たちが正論を振りかざし、
更に投稿に対して揚げ足を取ったり非難したり、
尻馬に乗った輩が炎上させていく。
某県では、県外車の排除が行われたりもしている。

まさに、卑しい人間の本性がもろに現われてくる。
そしてそれを無自覚で、自分は正しいんだと開き直る。

四郎がこのありさまを見たらどう言うだろうか。

「ばやん」


ニコニコして一言だけ。

ああ、教えられるなあ。
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クリスマス考

2019クリスマス01
12月に入りクリスマスの季節が近づくと
テレビやラジオ、あるいは街や商店ではクリスマスソングが流れる。
「自分はキリスト教徒ではない」
と思っていても、何故か心が浮き立つ。
これはなんだろう?

子供の頃に刻まれた記憶が呼び覚まされるのでしょう。
小学校低学年のうちは、クリスマスになると父親が子供たちのために
ケーキを買って帰ってくれた。
夕食の時には、暗くした部屋で蝋燭に火を灯したケーキを真ん中において
クリスマスのレコードをかけてくれた。

うきうきと楽しかったなあ。
クリスマスソングとケーキの記憶は楽しい行事として心に深く刻まれました。
2019クリスマス02

子供だったからクリスマスとはなにか?
なんて考えた事もなかった。
バタークリームケーキの上に載っているバラの花とかチョコレート、
何だか分らない赤いゼリーみたいなものを兄弟で取り合いをした。
バタークリームケーキを食べ過ぎると吐く、というが
吐くほど食べてみたいと思ったもんです。

父の転勤、引越しを繰り返すたびにこの行事はなくなってしまった。
「クリスマスのケーキ・・・」というと
「何故そんな事をしなければならん!」一喝された。

中学生になった兄はしたり顔でうなずく。
まだ幼い妹は泣きそうな顔をしているので
二人で駄菓子屋に行って安いショートケーキを買ってきて二人で食べた。
2019クリスマス03

クリスマスは楽しく、苦い思い出が交錯したまま大人になった。

結婚して子供ができると
保育所でクリスマスは賑やかな行事となって華やかに復活しました。
保護者会でサンタコスもやりましたがな。
家ではケーキとローストチキンを作って食べました。

クリスマスプレゼントも悩みながら買いました。
子供たちがサンタさんへのお礼の手紙を書いたというので
航空書簡でフィンランドのサンタさん宛てに出したら
本当に返事が返ってきました。
なので子供たちにとってサンタさんは今も実在します。

長々と書きましたが
何故か心浮き立つ季節です。
そんなのもありかな?

最近観た映画など

令和元年7月
最近観たかった映画とかドラマ、アニメを
amazonプライムで集中的に観た。


きっかけは、わしが定期受診している医院のドクターが
ミリタリーマニアで
診察時間の大半はミリタリーのコアな話です。
たとえば、
「真珠湾攻撃の際の日本海軍の航空魚雷は微分を用いていた」
「AK47の設計・構造上の優れているところ」
「A10の製造にはスツーカエースのルーデルの思想が生かされている」

はは~、・・・すごいなあ。
わしの知識・経験から部分的に相槌を打てるので
多分ドクターも楽しんで話してくださるのでしょう。

また、武道をしていたそうで、武道的身体の活用法についても
たっぷり意見を交換できました。

閑話休題



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「幼女戦記」カルロ・ゼン
これいいよ、と紹介してもらった。
知っていたんですが、表題が妖しすぎるんで敬遠していました。
「まあ読んでみて。アニメもあるから・・・」
というので、まず小説から。

これがまた、マニアックな文体で読みづらい。
筋を追いたいのですが著者のミリタリーに関する知識の開陳が濃密過ぎて
わしには疲れるだけ・・・。
1巻半分読んで放り出した。
なので、アニメにしよう。


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早速観てみた。
これはおもしろい。
架空戦記ながら、第一次大戦と第二次大戦が
ごっちゃになったような世界設定です。
主人公の属するのは「ドイツ帝国」
独裁者はおらず、皇帝の影響もなさそうなので
参謀本部が戦いを指導している。
ふんふん、これならばドイツの力を無駄なく発揮できるかなあ?
シーズン1を一気に観てしまった。今後に期待です。





そのついで、といっては何ですが
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「万引き家族」
カンヌ国際映画祭で、パルム・ドール受賞作というので
かなり話題にあがっていましたが、映画館には足が向かなかった。
天邪鬼なわしは話題作と聞いて行列して見に行く趣味はないのです。

わし、主演のリリーフランキー、好きなんですよねえ。
肩の力の抜けた演技は、こっちまで力が抜けるような気がしてきます。
それに嫁さん役の安藤サクラもいいなあ。
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夕立が降る中での二人が睦み会う場面は昭和の匂いがしてきました。
事が終わった後の方が色っぽかったなあ。

必ずしもハッピーエンドではないのが、カンヌでは評価されたんでしょうね。
アカデミーはアメリカ人のための賞なんで、ハッピーエンドであることが求められる。





映画の画面を見ていたら、
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「ザ・パシフィック」
が目に留まった。
ずいぶん前にネット上で話題になって、戦闘シーンを断片的に見ていた。
おお、ここで一気に観よう。

第1海兵師団の太平洋戦線での戦いのドラマです。
この戦線に共通するのは
熱帯の暑さと湿気
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よくこんなところで極限の戦争が出来たなあ。
昔の日本人は忍耐強い。
もちろん、アメリカ人もよくやった。
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これは水木しげる「総員玉砕せよ!」のテレビ版
このドラマにも湿気がまとわりついていた。

やはり勝者の側の物語なので日本兵はやられ役です。
ああ、頭にくる。
無為無策のように突撃を繰り返す軍隊として描かれている。
これじゃ、虐殺じゃないか。
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バカヤロー!
観終わってもいい気分は残らなかった。

「旭日の艦隊」とか「ジパング」は
こういった気分の悪さを払拭したい心理が大きく作用していると思う。






同じスタッフが製作した
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「バンドオブブラザーズ」
こちらは欧州戦線
101空挺師団の戦いです。

勝手な話ですが、こちらは欧州戦線なので、
思い入れは高くなく、単純に戦争映画として観ていた。
これが日系二世部隊の話ならば、また違っていたかな?
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興味のあったエピソードとしては、バルジの戦いの際に
衛生兵が主人公となっていたこと。
自分も衛生兵をしていたので、身につまされました。
衛生機材が不足しているなか、いかにして応急処置をして命を助けるか。
もちろん、助け切れない命もあった。

いろいろいろいろ考えさせられる物語を一気に観ることができて
この1ヶ月は余暇の時間が有効に使えた気がしました。

「観光バスの行かない・・・埋もれた古寺」釘無堂(大阪府貝塚市)

「観光バスの行かない・・・埋もれた古寺」探訪
令和元年7月2日(火)
釘無堂(大阪府貝塚市)

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電車に乗っていたとき、向かいの座席に座っていた人が
気になる本を読んでいました。
そっと伺い、スマホで早速調べてamazonで速攻注文
古書の部類に入りそうな古さでした。
昭和37年初版です。
芸術新潮に昭和35年から2年間連載されたものだそうで、
わしの生まれた頃に連載されていたんですねえええええ。

「観光バスの行かない・・・」と銘打ってあるのですが
この頃の観光バスの規模ってどううなんでしょうかね?
古寺巡礼がブームになっていたらしい。
そうすると四国バス遍路もこの頃盛んだったのでしょうか??
でもインフラ整備とか情報の流通の様子は今とは違っていたでしょうね。

時は流れ、還暦間近のわしにとってこの本との邂逅は
どんな意味を持つのか?
いやいや、そんな難しい事を考えなくって
気軽に知らなかった寺院を訪れる楽しみを与えてくれた本
そういう立ち位置でいいんでないの?

関西を主とした23寺院が紹介されていますが、
この中には行ったことのある寺院もある。
新西国や西国薬師のお寺もあるからです。

しかし、知らない所も多い。
まず、目に飛び込んできたのは
「水間の涙痕<釘無堂>」
おお、新西国4番札所の水間寺の1km先にこんな所があるのか。

「なんば駅」から南海電鉄で「貝塚駅」まで行き
そこから水間鉄道に乗り換え「水間観音駅」で降りる。
歩くこと10分
水間寺に着く。ここのお参りは帰りにしよう。
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さらに10分歩くと、住宅街の中に静かに佇んでいます。
浄土宗孝恩寺の一堂で、国宝ですって。

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寺伝によると、
聖武天皇発願で、行基により建立された「行基建立四十九院」の一つとされている。
平安時代初頭までに七堂伽藍が揃っていたが、応仁の乱の戦火に巻き込まれ
大半の建物を焼失、その後豊臣秀吉の紀州攻めで観音堂以外のほぼ全ての建物を焼失した。
この際に、仏像を薬師池に沈めて消失を免れた、という逸話がある。
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唯一兵火を逃れ現存する観音堂は「木積の釘無堂」と呼ばれ、
鎌倉時代の密教建築様式を伝える貴重な文化財として国宝の指定を受けている。
なお「釘無堂」とは建築に際し釘を使用していないとの意味であるが、
伝統工法の木組みを用いた社寺建築では、釘を使用しないのは
必ずしもこの堂に限ったことではないが、何故でしょうね。
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確かにしっかりとした建築で、これぞ日本建築という風情です。
門扉は閉じられていて中を窺う事はできないので
「南無阿弥陀仏」を七回唱えました。
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ここは浄土宗だからです。
いきなり訪ねて拝観したい!と言ってみたかったが
あまりに失礼なので、やめにしておきます。

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村人により守られた19体の仏像は収蔵庫に納められていて
拝観申請をしておかなかったので拝む事かなわず・・・
しかし収蔵庫に陳列されている仏像はあまりありがたい気持ちが湧いてこない。
須弥壇や厨子の中に納められこその仏像ではないか、と思う。
野仏はまたその風情はありますがね。

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境内に咲くオレンジ色の花
クロコスミアというのですが、わしの家にも植えたはず。。。
咲いているかなあ??
LINEで家にいる娘に「咲いてる?」と聞いたら「咲いてるよ!」の
返事がありました。

梅雨の真っ盛りにもかかわらず、この辺は雨もなく
湿度は高いが気温はそれほどでもなく
気持ちのいい参拝が出来ました。

帰りに水間寺へお参りに行ったら、本堂では
多くの僧侶が法要を行っていました。
おお、ありがたや。ご利益を頂戴しましょう。

境内にある「聖観音出現の地」でパワーを充電し
足取りも軽く家路につきました・・・のはずが
途中のなんばで入った回転寿司屋さんで
キンキンに冷えたビールを昼間っから頂いてしまい
千鳥足気味で帰りました。

さて、次はどこの「埋もれた古寺」に行こうかな
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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