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天使の羽はないけれども・・・

「前から思ってたけど、きっとおやっさんは私の事を好きなをじゃなくて私を思ってる自分が好きなんだと思う」
こう言われて冷水を浴びせられたような思いをした。
できもしないのに人助けをしてきたつもりの自分への痛烈な非難・・・

今まで自分は、人と関わりすぎて、関わりすぎた挙句破綻してきた。
中学生の頃から、その繰り返し。
関わった人を少なからず傷つけてきた。
残ったのは後悔ばかり。

30半ばになって障害者海外旅行のボランテイアをしたとき、
自分の人間性の限界を知らされた。
障害者のお世話は自分には無理だとわかった。
「してあげている」気持ちがあると、施しになってしまう。
「しなければならない」という義務感は、いつか無理がくる。
「している自分を自覚する」ような偽善的でなく・・・

障害者センターの人たちの、障害者に対して自然に差し伸べられる手を見るにつけ、
彼らの背中に天使の羽が生えているのを見た。

残念ながら自分の背中には何もない。
あるのは中途半端な気持ちに振り回された偽善者の自分

お節介焼きなのだろうか
不幸な人、一生懸命やっている人に
ついお節介を焼いてしまう。
手伝ってしまう。
自分にはその資格はないのにも拘らず・・・。
歳をとってくると過去の失敗から、自分の器をみきわめたうえから、
施しにならないように関わってきたつもりだった。

彼らのお手伝いをしていると不幸にも、自分の能力・性格が過大評価されてしまい、
リーダーに祭り上げられたり、運営を任されたりしたり、
能力を超えて過度に頼られたりしてしまう。

そんなことになるのが嫌ならば
最初から無関係を貫けばよろしいではないか。
しかし知らぬ顔ができない。
因業な事だ。



自分は昔から劣等感に悩まされていた。
運動が人並みにできない。
努力ができない。根性がない。
その結果勉強ができなくて劣等感の塊だった。
でもこれは自分の責任に帰結することだから仕方ない。
運動神経が鈍いのは産まれつき。兄弟みんな鈍い。
しかし両親は抜群で、これもコンプレックスだった。
能力の足らないところを努力で突き破る根性もなかった。

すべて言い訳




社会人になってからは
所属する組織の中でエリート扱いされてしまったが、
決して天狗になることはなかった。なれなかった。
しかし意に反して周囲からの僻み、嫉みをうけて潰されかけた。

前に、前に出ることだけは避け続けて来たが
周囲に背中を押されて前に出されてしまう。期待されてしまう。

自分は期待されるような人間じゃない!


人にお節介するのは、劣等感の裏返しかもしれない。
人を手伝うことで自分自身の存在感を確認しているのかもしれない。
お節介をしているうちは
自分のことで、自分の世界でいっぱいいっぱいになってしまうので
つい押し付けになってしまうのだろう。

ではどうすればいいのか。
最後までやり通せないのならば、最初から何も関わらない方がいいのかもしれない。
知らぬ顔をしているのがいい。
そうやって人生を終わるのもいいのかも。


そうはならなかった。

健康管理や救急の仕事に携わってきたので
沢山の人の命に関わってきた。
自分の手の中で冷たくなっていった友人もいた。

カウンセリングの業務にも関わって来たので
本人の力だけではどうにもならない悩みにも関わってきた。

管理職になり、人事業務にも携わって来ると、そこに人事的側面からの考え、切り口も加わってきた。
更に医療従事者が人事業務をすると、全体を見る視点が少し異なる。
安易な配置転換は、悩みを持つ者の救いにはならないんだ!
自分の心が壊れたこともあった。

自分の望むと望まないに関わらず
「人の悩み」に人一倍関わって来たような気がする。
自分の無力感にさいなまれても、
つい人に関わってしまう。

開いた自分の手の中に納まるくらいの人数が自分の器の限界なんだろうな。
職場と、それ以外を合わせて。
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身障者西海岸ツアー08

9月30日(水)

grandocanyon
 今日はグランドキャニオン・ツアーの日です。行くか行かないかは自由なんですが、ほとんど皆はグランドキャニオンを見に行きたい。行かないのは車椅子のYさんと私だけ。車椅子の人たちはキャンピング・カーで陸路を、その他の人は飛行機で、そしてラスベガスに居残りのわし達のツアーは3組に分かれた。
おっ、ということは、今日はゆっくりと朝寝をさせてもらえるぞ、と期待していたが、そうはいかなかった。
朝5時に部屋の電話が鳴る。陸路組の人員確認の電話だ。そのあと、うとうと眠りかけたらグランドキャニオン行きのドクターKを起こす電話、そして起きれずに寝過ごしたドクターを添乗員のIさんが迎えに来てバタバタ・・慌しく彼らは出かけていった。
結局朝寝の夢破られて、車椅子Yさんの部屋に今日の打ち合わせをしにいくと、彼はスヤスヤ寝ている。

 彼を起こして昼に買い物にいく約束をし、一人でブランチを食べに行く。その後、ホテル内のフォーラムショップ街に行って家族への土産物を買う。思えばこの数時間が一人で買い物ができた唯一の時間だった。フォーラムショップをあちこちうろつき回り、クリスマスソングCDを買った。その後、性懲りもなくカジノに行ったが、ツキがちょっと落ち目だったのでさっさと引き上げることにした。バクチはツキの分かれ目を見極めるのが肝心?

 昼頃に車椅子Yさんを誘いに行く。彼も久しぶりにゆっくりと眠れて疲れがとれたと言っていた。やはり、長期旅行の間には休息日を設けた方が心身共にリフレッシュできるので、こういったツアーでは推奨したいプランですね。

 車椅子を押しながらフォーラムショップを進む。フォーラム内は古代ローマ風にデザインされている。お昼を食べるためにイタリアンレストランに入った。車椅子Yさんに対し、席待ちの順番が健常者よりも早かった。ここでもアメリカの福祉に対する姿勢を肌で感じた。ここで私はチリの利いたメキシカンパスタ、Yさんはエンジェルヘアーパスタを食べたが、やはり量が多い。なんとか全部食べたが、ここで無理して食べたメキシカンは後に災いを及ぼすことになる…。

 このあとYさんとお土産など買うが、年配のYさんは昔の亭主関白さんタイプなので、家族のため気の利いたお土産に何を買ったらいいのかわからない。「香りつきの石鹸セットなんかどうっすか?」「おお、それはいい考えぢゃ。それにしようぞ。」彼はしこたま買い込んでいました。孫達には英語の絵本などを買う。
「いや~、君と楽しい買い物ができた。これからもよろしく頼むよ。」すっかりこの後は彼に頼られっぱなしになりました。

 4時頃部屋に戻ってシャワーを使い、すこしベッドでうとうとしていると6時頃にグランドキャニオン飛行機組のドクターKが帰ってきた。帰ってきて一言、「あ~あ~、疲れた・・」キャンピングカー陸行組は、まだまだ帰ってきそうもない。頼りの主催者Sさんが陸行組なので、ツアー御一行様のトラブル・心配事・雑用全てが英会話堪能なドクターKの所にやってくる。頻繁に部屋の電話が鳴り、ドクターは少々疲れ気味・・。

 ドクターの疲れを癒す(?)ために、またしてもカジノヘ誘う。そこで手話通訳(さ)さんと、ダウンタウン見物に行きたいH親子と合流して5人でダウンタウンのアーケードのショー、フリーモント・ストリート・エクスペリエンスを見物に行くことにした。ダウンタウンはホテルロードの高級大型ホテル群とは雰囲気が少し違い、カジノも庶民的な感じがした。ちなみにここでは日本人観光客の姿は、ほとんど見られない。

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 7時30分に着いたら、アーケードのショーは8時から始まるとの事。待ち時間の間、必然的にあたりのカジノで金を落とすことになる。なるほどうまい手だ。あたりには小規模のカジノが立ち並び、盛んに客引きをやっている。我々一行もその中の一軒に吸い込まれてしまった。そこには昔ながらの大きいコインを使ってガチャンとレバーを引く形式のスロットマシンが並び、場末のパチンコ屋のような風情で、フリードリンクを飲みながらスロットを楽しんでいるうちに8時になったので、店を出て、いよいよショー見物をする。首をあげてアーケードに投影される色鮮やかな画面をテンポのよい音楽と共に楽しむ。音楽にあわせ身体が自然に動いてしまう。時間にして8分くらいだろうか、あっという間に映像ショーは終わった。次のショーは9時からだそうだ。結構人が集まっていたので、わずか8分間の集客率としては大したもので、ダウンタウンの活性化策としては成功であろう。

 その後(さ)さんの希望により、MGMグランドホテルの「ビュッフェ・オズ」に肉とエビのディナーバイキングを5人で食べに行く。ダウンタウンからMGMグランドまでのラスベガスの夜景は将に不夜城の華やかさがあり、昼の景色よりも魅惑的であった。(さ)さんの持っていた「るるぶ」に載っていた「ビュッフェ・オズ」の名前ではMGMグランド内では通じず、「るるぶの記載ミスやんか!」とボヤいていた。(さ)さんはエビがお好きのようで、やっとたどり着いた目的のビュッフェには、想像していたような大きいエビは存在せず、甘エビみたいな小さいエビばかりで、ちょっとがっかりしていたようだが、それでも皿一杯食べていた。さすがにラスベガスのビュッフェ、肉やサラダ、デザート等なかなかハイレベルな内容で皆満足して店を出た。

 MGMグランドからモノレールで帰ろうとしたのだが、駅が分からな,い。あちこち探しまわっているうち、私のお腹の具合が悪くなってきた。最初は我慢できる程度だったのだが、やがて冷や汗がでてきたので、ついに「トイレを探してきます」と言い残してひとり別行動へ。しかし探すと見っからないのが世の常で、冷や汗が脂汗に変わってくる。見知らぬ外国での深夜、RESTROOMの表示を見つけるまでの数分は数時間にも相当した。実はこの腹下りは、昼食べたメキシカン・チリソースのパスタが原因だと判明した。辛すぎる唐辛子を大量に体内に摂取したため、早く体外に排出しようと腸が頑張ってフル回転していたらしい。RESTROOMから出てきたら皆がやってきた。なに食わぬ顔で合流する。

 ようやっと駅を見つけ、緒麗なモノレール・カーに乗り込む。無料だそうだ。さすがはラスベガス、と言いたいところだが、これらは皆カジノの負け金で賄われていると考えると少し感動も薄れる。

 H親子に満足してもらってホテルの部屋に戻り、今夜は早めに寝ようかと話していたら、陸路組が11時頃に帰ってきていて、メンバーのナース(さ)さんが、「ラスベガスの夜景を観たい!」と泣き叫んで怒るので、(さ)さんを慰めるために、(ゆ)さん、ドクターK、それにわしの4人で再び深夜のラスベガスヘヨロヨロと繰り出す。
lasvegasnight
深夜のストリップ・ロードをそぞろ歩き、まるで観光客のするようにライトアップされたホテルの数々をカメラに納める。MGMグランド、ニューヨーク・ニューヨーク、エクスカリバーなどを経てルクソール・ホテルまで歩いて行き、途中ガス・スタンドでミネラルウオーターを買い込み、帰途についた。ホテルの部屋に帰ればまたも午前3時。身体が持つかな?

身障者西海岸ツアー07

9月29日(火)

 昨夜は何時に寝ただろうか。朝8時に枕もとのアラームが鳴り響くので起床、9時に全員で集合して朝食に行く予定なので、起きているのか寝ているのかわからない寝ぼけ眼でドクターKと集合場所に行く。やはりラスベガスのホテルだけあって、朝からカジノの騒音があたりをつつんでいる。アメリカン・スタイルのバイキング朝食はさすがにボリューム満点で、つい皿に取りすぎてカロリー過多になりがちだ。
日本人のお登りさんたちは、何やかわけのわからない食べ物をあれやこれやと取ったものの、食べきれない・・・。でも残すのは勿体無いし、マナー違反なので無理をして食べている。
旅慣れている(?)らしい(?)わしは、適当にスクランブルエッグとかカリカリベーコン、サラダなどを取るが、やはりつい取りすぎてしまう。でもライスがないと寂しいなあ。

 本日は日中は基本的に自由行動なので、私はご婦人方の希望に沿って買い物ツアーを引率を担当する。郊外のアウトレット組とホテルのフォーラムショップ巡り組の二本立てです。私はラスベガス郊外にある「ベルツファクトリー・アウトレット」に行った。ここは、必ずしも安いとはいえないアウトレットだが、色々な店があって、しかもあまり広くないのでちょっとしたショッピングには最適です。そこで約3時間あまりを過ごした。ご婦人方は楽しそうにショッピングをしていたが、わしは特に欲しいものもなく、ブラブラしていると、日本人のハネムーン・カップルに記念撮影を依頼されたり、昔マニラで買った「PHILIPPIN」Tシャツを着ていたために、フィリピン人から「OH!Philippino!」と声をかけられたりもした。
berzfactory

 時間前に集合場所に行くと、まだ買いたりない人や、疲れて椅子に座り込んでいる人もいたが、今夜はホテルのショーを観る予定なので、3時頃にホテルに帰ることにする。まだ時間はたっぷりあるのでホテルのカジノへ行って博打を楽しみに行った。ラスベガス滞在中、ドクターKと私は負けがなかった。偶然ドクターKがよく出る種類のスロットマシンを見つけ、その台にブッ込んだら勝てる事を発見したため、滞在中は常にそのマシンで儲けさせてもらい、ラスベガスの勝ち気分を溝喫できた。しかし、ブラックジャックとかポーカーでは全然勝てなかった。わしにはあまり博才はないのかもしれない。

 今夜はフラミンゴ・ヒルトンホテルでディナーショーである。前回はスーツを持って行かなかったので今回は万全を期して靴から揃えたが、案に相違して正装の人は少なく、かえって私はホテル内の店の従業員と間違われた。< さてショーの前にディナーがでる。縦と横の厚さが同じステーキと大きなポテトで、もはや満腹状態になってしまう。私の後ろの席では「ハイジのパンだ!」という声も聞こえてなかなか楽しそうだ。アメリカンサイズのディナーと格闘した後、いよいよショーが始まる。さすがエンターテイメントの国、アメリカの華やかな楽しいショーなのだが、連日の睡眠不足、旅の疲れ、満腹、そしてワインの酔いの四重奏で、瞼がくっついてくる…。あっという間にショーは終わっていた…。ああショーは面白かった。

 フラミンゴ・ヒルトンホテルから歩いてシーザース・パレスホテルに戻り、ホテルの玄関前でスタッフミーテイングを早々と済ませたのち、カジノヘ直行。おなじみのスロットで一儲けしたあと、軍資金を手にブラックジャックに挑戦した。あっという間に50ドル負けてギブアップする。しかし看護師のナース(ゆ)さんは、順調に勝っていた。結局その勝ち金で飲みに行くことにする。メンバーはドクターK、ナース(ゆ)、手話通訳の(さ)さん、それと私の4人でキツいお酒を夜中の3時頃まで飲んで騒いだ。なんか毎晩こればっかりのような気がする。

身障者西海岸ツアー06

 さていよいよラスベガスへ向けて出発する。空港では国内線使用であったがゲートのチェックは厳
しく、わしはポケットの5セントコインが金属探知機にひっかかり、「ピー」と鳴った!係員が寄っ
てきて地雷探知機のような機械で体中チェックされる。あんまり気分のいいもんじゃないなあ。
 極力ゲート通過の際には金属を排除するのがコツのようだ。しかし体に金属を埋め込んでいる人な
んかはどう説明すれば信用してもらえるのだろうか。あ、ついでにバックルの金具にも反応しました。
 電動車椅子のFさんの愛車はバラバラに分解されて荷物室に・・・バッテリーなんかは爆発物に偽
造されて機内に持ち込まれる恐れがあるそうな。この作業に結構時間を費やした。この辺が普通の旅
行と違うとこでしょうね。
kurumaisu


 ユナイテッド航空は30分遅れでサンフランシスコ空港を後にしてラスベガスヘ。約2時間のフラ
イトの後ラスベガスヘ到着。眼下にはラスベガスの夜景が一面に広がり、幻想的な風景を堪能した。
今回はホテル・シーザースパレスに3泊する予定で、したがって前回忙しかった宿舎の移動はなく、
ゆっくりとホテルライフが楽しめそうだ。チエックインのためにフロントに行くと、仕事の都合で一
人遅れて日本を出発した身障者センター前所長のYさんが、独り待っていた。
 英語の苦手な彼が、一人で異国の飛行機を乗り継ぎ、はるかラスベガスまでたどり着けたものだな
あ、と皆の賞賛をうけていた。この日から彼は海外旅行一人旅の第一人者にされてしまった。

 夜11時に、正面にあるフラミンゴ・ヒルトンホテルの日本食レストラン、「濱田」に皆で歩いて
行き、遅いタ食を摂る。日本を離れてわずかの日数しか経っていないのに、皆日本食を見て目を輝か
せている。大体皆スシテンプラ・トンカツを注文していた。味はまあまあだが、やはり値段は高めに
設定されていた。
flamingo
 わしはテンドンを注文した。シュリンプのテンプラはお馴染みなのだが、ほかに何か訳の解らない
ものがテンプラにされている。どうもキュウリのようだ。しかし不思議とよく合っている。
sushitenpura
 見渡すと皆ほっとしたせいか、宴会になりそうな雰囲気になっている。しかし明日のために早々に
レストランを後にし、ホテルに向かった。フロントから部屋までの長い道程の間中、おなじみのスロ
ットマシンやルーレット、訳も分からないカジノの設傭であふれかえるロビーの雰囲気に圧倒されな
がら御一行様は部屋までぞろぞろと歩いた。

 この晩は、医療スタッフを中心としたミーティングを行い、今後の介助計画や明日の行動予定、分
担について打ち合わせを行った。熱のはいった話し合いをしていると午前3時をまわっている。明日
の集合時間、場所の確認をしたのち各々の部屋に帰ってシャワーを使い、3時30分に就寝した。
caesars
 わしとドクターKはベッドに入っても色々話をしていた。「もう、ねた・・?」「・・・・うん」
「もう・・・ねた・・・・?」「・・・・」「・・・・」おやすみ。

身障者西海岸ツアー05

bart
 艱難辛苦の果て、無事にバークレー行きの「BART」に乗り込む。乗ってしまったら後はもう降りるだけ。窓の外は暗闇ながら見慣れない景色が続く。いつの間にか海底トンネルをくぐって対岸へ着いたようだ。アナウンスを聞き漏らすまいと全身を耳にして乗ること15分、ダウンタウン・バークレー駅(だろうな)に到着する。

 もうここではエレベーターの乗り降りも慣れたもので、いっぱしのサンフランシスコ市氏の気分になっている。
地上に出た。太陽がまぶしい。さて自分達は今どこにいるのだろう。現在地を確認しなければならないが、道にはストリートとアベニューの表示がない。そこでドクターKが原始的な方法で確認した。すなわち、太陽の位置により東西南北の特定を行い、たぶんあっちだろう、ということで目指すバークレー校への道のりを推定した。たぶんそのうち着くでしょう。

barkley
 日本のように整然と整備されていない道路は工事中と見間違うような雑然さだ。このへんがアメリカ的というべきか。盲人のOさんが、デコボコの道路を指して「盲人用のプレートがある!」と嬉しそうに叫んだが、多分それは違うだろう・・・とは言えなかった。

 多分これは大学の外周だろう・・・一行はそこに沿って歩くこと20分、構内正門付近に主催者Sさんの姿を見つけた時、「遂にたどり着いた!」と張りつめていた気持ちがどっと緩み、今度はお腹がすいてきた。時計を見れぱ12時を回っている。ホテルをでてから3時間あまり経っている。しかしこの体験は貴重な体験となった。

 大学構内食堂で超巨大夕一キーサンドイッチで腹を満たした後、Msヤスモトを講師に迎え、約2時間に渡りアメリカにおける障害者の生活について講話を聴く。話の内容は興味深いもので、質疑応答の時間をもう少し多くとってもらえれば、より日米の比較検討ができたのではないかと思った。

 午後3時に次の目的地のラスベガスに向かうために、サンフランシスコ国際空港へ向かうバスのなか、ガイドさん達は皆福祉に関する自らの考えを熱っぼく語っていた。
プロフィール

おきらく道場主

Author:おきらく道場主
柔道弐段剣道弐段腹参段のあやしい絵描きのおやじです。

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